Extra ラスト・ゲーム 6回裏
「アウッ」
先頭バッターをショートフライで早々にワンナウト。
「ナイス、ショート」
トーキチが声をかけるとショートの相原は嬉しそうにボールを戻す。
「ナイスピッチ」
相原がボールを投げて云う。
パシっとボールを軽くグラブでキャッチしたトーキチもニヤリと笑顔を見せる。
試合開始こっちからずっとトーキチの表情はいつもよりも硬いものだった。
だが、さっきの6回表の時から後輩たちに対して、努めて笑顔を見せ声をかけていた。
梅の木ファイターズの現6年はヒデとトーキチ、そして三倉と岡野、先月引っ越していった澤田だ。
レギュラーでこのゲームでているはバッテリーの二人とファーストだけだ。
基本的にヒデとトーキチがこの梅の木ファイターズをひっぱってるようなものだ。
というか、トーキチが、女子ということで梅の木ファイターズは、特別なカラーがある。大きな大会にエントリーすると、ピッチャーが女子なので、注目度が違う。
悔しいのかやっかみで「なに、一回戦で負けだろ」なんて陰口叩かれたのを聞いたものなら、トーキチを押さえ込むのはヒデと岡野と澤田だった。
男子三人がかりで抑えないとならないトーキチの負けん気さは、後輩たちには尊敬と畏怖、そしてどこかユニークな印象も抱かせてきた。
――――やっぱ、トーキチさんはすごいや。
先頭バッターはアローズの3番打者だった。
それを初球でショートフライにした。
――――そんでももって、次は4番だ。
この4番を抑えれば、梅の木ファイターズの勝ちは見えると、グラウンドにいる誰もが思った。
正直この試合。互いのチームの4番バッター勝負の展開だった。
アローズもファイターズも4番がどっちも打ち合ってもしくは相手ピッチャーがその4番を抑えての勝負。
――――ここで負けるわけにはいかない。
トーキチは思う。
6回の表、アローズのバッテリー達はヒデを相手に逃げずに勝負をしてきた。
――――そう。ここで逃げを打つのもありだ。
ヒデが敬遠するか? のサインをトーキチに送るが、トーキチは首を横に振った。
もちろん内野陣も、ヒデの出したサインがなんなのか理解している。
トーキチのリアクションにグラウンドにいる梅の木ファイターズのメンバー全員がやっぱりなあと、内心思う。
――――ああ、やっぱ勝負すんのね。
――――まあトーキチさんほど敵前逃亡の四字熟語が似合わない人もいないし。
――――いやーもーこれ、想定の範囲内だし。
――――4番と勝負かあ。
ヒデはバッターに気づかれないように溜息をつく。
――――だよな、勝負だよな、それでこそオレのピッチャーだよ。
外野がヒデのサインで飛距離の予想をつけて、守備位置を微調整する。
――――相手4番もヒデさん並にかっとばすからなあ。
ライトもレフトもセンターも互いを見合わせて頷く。
――――し、お前の持ってる変化球、ぜーんぶ使え。
全部使って、全力で勝負だと。そんな意気込みをグラブの中にパンパンと自分の拳を当てて構える。
初球はカーブ。外いっぱいに曲がる。
カキン!
ボールはライトのラインの外側に流れてファール。
ファーストもライトもドキリとする。
ヒデもそうだが、このアローズの4番も当たるとでかいのが飛び出す。プルヒッターだ。
このライトとレフトへのファールが5回も続くことになる。
ツーストライクになった頃、相手ベンチはこれはいけると踏んで、応援に力が入る。
しかし、守備の連中も、ツーストライクまで追い詰めた、トーキチなら抑えることができるはずだと期待していた。
あと一つでツーアウト。
――――カーブ、チェンジアップ、パームだって投げたぞ。
それをことごとく左右に流された。
一球でも気を抜けば、絶対にホームランだ。
ここは得意のカーブで抑えたいなとトーキチは思う。
まるで、その気持ちを読んでいたように、ヒデがカーブで勝負のサインを送ってよこした。笑顔を堪える。相手に悟られるだろう。
得意の自信のカーブで勝負なんだって、相手にバレちゃうのはちょっとやばい。
深呼吸を一つ。
――――打てるもんなら、
ワインドアップで大きく振りかぶる。
――――打ってみろ!!
トーキチの手から放たれたボールは綺麗な弧を描く。
カキン。
バットは当たりボールは高く浮き上がった。
アローズ側ベンチにいる少年達は身を乗り出して、打球の方向を目で追いかける。
ボールは音と共に浮きはした。
ふわあっと高く浮くが内野を越えることはなかった。
トーキチがマウンドからほんの少し前身する。
グラブを突き出すと、ストンとボールはトーキチのグラブに落ちた。
「ツーアウト!!」
「すげえ!」
「ナイスピッチ! トーキチ!」
ヒデもフライだとわかったのだ、マスクを外して、キャッチャーボックスから立ち上がって前進していた。
「あと一つだ!」
ヒデが叫ぶ。
トーキチもグラウンドに振り返る。
「しまっていこーぜ!」
そのトーキチの一言にグラウンドの少年達は声をそろえて「おう!」と叫んだ。
4番勝負はファイターズに軍配があがった。
このまま一気にスリーアウトでチェンジとおもわれるが、次の5番がヒットを飛ばした。そして6番もセーフティで出塁。
ツーアウト2塁に追い込まれる。
牽制球を投げても、リードは慎重だしアウトは取れそうもない。
バッターをきっていくしかない。
――――あせっちゃダメだ。
せっかく4番と勝負をつけたのに、ここで点を取られたくはないとトーキチは思う。
――――何球目だろう。さっき三倉にスコア見せてもらえばよかった。
二塁、一塁のランナーに視線を走らせて、最後にバッターボックスにいる次の打者を見据える。
見た目、誰もがトーキチは疲れてるなと、わかるが、本人はそんなこと少しも思いつかない。
――――まあ、楽に勝てるゲームよりは、こっちの緊張感があるゲームの方が燃える。
トーキチセットポジションから投げた。
「ストライク!」
ベンチに座ってる三倉が胃を抑える。
「いやだ、もう、見てるこっちの胃が痛い」
澤田はマウンドのトーキチとベンチの三倉を見比べる。
「わかってるよ、俺が控えな理由はそういうところだよ。このプレッシャーわかってねーのは俺の母さんと、トーキチぐらいのもんだろ、女って精神的にタフだよなこういう場面で切れないの」
「トーキチが別格なんだ。オレだってリトル入る前は断然ピッチャー、ピッチャーがかっこいい、ピッチャーやりたいとか思ってたけどさ、実際ピッチャーは頭禿げそうだもんな」
澤田の言葉に三倉は細かく頷く。
「ツーストライク!」
「いいぞ! トーキチ、球走ってるぞ!」
ヒデがトーキチにボールを投げてそう叫ぶ。
疲れてるはずなのに、走りよらないで、トーキチのボールを信じてる。
そして励ます。
そんなヒデの存在があってこそのトーキチなのだ。
「ヒデがいるから、やっぱトーキチなんだよな、他の誰かがキャッチャーだったら、もっと遠慮とかしてるかもな」
「してるかなあ」
「……多分」
そう三倉達が呟いた瞬間、トーキチは相手バッターから三振を奪い、スリーアウトをもぎ取ったのだった。