Extra ラスト・ゲーム 7回表




7回表――――。
リトルリーグでは7回が最終回。

「吉岡! 頑張れ!!」

先頭バッターはレフト吉岡。
澤田が引っ越す前、梅の木ファイターズに在籍していた時のポジションがレフトだ。
自分のポジションの後輩ともなると応援にも熱がはいるというものだ。
そんな応援がいいプレッシャーになったのかどうか。吉岡は初球を打って一塁に進んだ。みんなベンチから身を乗り出して声を出す。
「ナイスバッティング!吉岡!」
「良く打った!」
澤田は興奮気味に声援を送る。
7番の相原がバッターボックスに歩いていき、トーキチもバットを選んでネクストサークルへいこうとする。
「藤吉」
監督からの声に、トーキチは顔を上げる。
その監督の一言にトーキチの表情がスウっと消えた。
表情が消えるというより、身にまとう闘志が失せる……そんな感じだった。
最後の打席だ。熱くならなきゃダメだろう。そんな場面に、「待った」がかかったのだ
「三倉に打たせる。藤吉は下がれ」
トーキチは三倉と監督の顔を交互に見つめ、バットを元の場所に戻す。

「頑張れ、三倉」

トーキチの一言に、三倉は頷いて、バットを選んで、ネクストサークルへと歩き出した。
「三倉が打つのか」

岡野は呟く。そして本来打つはずのトーキチを探す。
ベンチの端っこにトーキチが座って、その横にヒデが座る。
トーキチとヒデが隣り合って座る。
この数年間ずっと当たり前の光景だった。いままで気に留めなかったけれど、改めてこの光景を見ると、この二人、ヒデとトーキチは、他の誰にも入り込めない絆のようなものを感じさせる。



「三倉は――――今日、投げたかったよね」
「まあな」
「わかってるんだけど、今日だけはマウンド譲れないからさ」
「おめーは、いつだって譲らねーだろーよ」
ヒデにそう云われて、トーキチは苦笑する。
「そうだね」
「でも三倉には、ある意味、同情はするな」
ヒデの言葉にトーキチはドキリとする。
それはピッチャーというポジションのことを指しているのだろうと、トーキチはすぐに思った。
野球少年なら、一度は憧れるポジションだ。
トーキチはエースを背負ってから、その場を譲らなかった。
たとえ、物心つく頃から傍にいる、この幼馴染にでさえ。
「身体、弱いのにさ。野球はやりたくて、そんな三倉を見て、三倉のおばちゃんは一生懸命にポジションをピッチャーに据えたくてさ」
「同情はする、でも三倉のそれ許してたら勝負にならない」
スポーツは参加することに意義がある。とよく云われるけれど、みんながそれを納得するわけじゃない。参加するから負け続けてもいいわけじゃない。
勝利があってこそ、参加する。
そしてゲームの勝利は、参加することだけじゃないプラスアルファが必要だ。
そのために、みんな朝早い練習も一生懸命にやる。
トーキチもヒデも岡野も……みんなそうだった。
「……こういうこと云っちゃうから、反感を買うのもわかってる」
「野球に関しては、厳しいからなあトーキチは」
「……」
「その強さが、かっこいいんだけどな」
「……面と向かってそういう発言はさ」
「何?」
「調子づかせるよ、あたしを」
「いやーそれでこそ、キャッチャーだろ、オレ」
ニカっとヒデが屈託なく笑う。
その笑顔につられて、トーキチも表情を和らげる。

――――そう調子づいて、結局マウンドを譲らなかった、ヒデにも。

「ヒデは、野球好きだよね」
「何を今更、大好きだ」
「じゃあもしも……」

トーキチの言葉が、チームメイトたちの声援によってストップした。

「相原! 惜しい!!」
「ドンマイ、相原! 三倉ー! 頑張れ」

「何?」
ヒデが尋ねるけれど、トーキチは帽子をキュっと目深にかぶる。
「やっぱ、後で云うわ、三倉の打席だし。応援しよう」
「なんだよ」
「勝ったら云うよ。今、反省の言葉云っちゃったら、7回裏のテンション下がる」
発言の途中でさえぎられるのは気持ち悪いけれど、反省だとトーキチが云うなら、今聞く必要はないとヒデは納得したようだ。
「おし」

ヒデも立ち上がる。

「よっしゃ、三倉ー! 頑張れ!」



――――カキン。



その音を聞いて、ヒデとトーキチの二人は立ち上がる。

「三倉!」

高々とボールが舞う。センターに向かって。
飛距離はいい。だが、しっかりと捕球された。
アウトだ。
でも、吉岡は二塁へ走り出していたため、慌てて一塁へと引き返す。
センターがセカンドへ送球する。
吉岡が転がりながらベースへたどり着くのと、ファーストのキャッチとその差は数秒。

「セーフ!」

審判が両手を水平に広げる。

「よくやった! 三倉!」
ベンチに戻ってきた三倉をみんなが迎える。
「ナイスラン吉岡! 良く戻れた」
「すごいな、三倉」
「……藤吉」
「良く飛んだよ。ヒデのホームラン並みだったよ三倉」
トーキチのその言葉に、三倉は照れくさそうにはにかんだ。
「これで、心置きなく引退できるなあ、三倉!」
澤田がガシっと三倉の肩を掴む。
「澤田、三倉を道連れにしたいほど、そんなにさびしんぼうなんだ」
トーキチが呟く。
「引っ越すからって、とっとと辞めちゃうからだよ」
岡野が澤田の後ろで呟く。
「いやー、今日、ユニホーム着てこないからじゃねーの」
トーキチの隣にいるヒデも突っ込む。
「なんだよ、なんだよ。お前ら、ひでーな」
「ほら、澤田、いじけてないで、応援してよ、あんたユニホーム着てないんだから、そのために今日きたようなもんでしょ?」
「トーキチ、きっつう……」
「さすが、うちのエース、突っ込みは一味違うね」

トーキチがバッターボックスにいる島田に向かって叫ぶ。
「島田ー! 打てー!」
「ボール良く見ていけ!」
ヒデも声をかける。
横田や今野も声を合わせて応援するが、島田は三球三振に打ち取られた。
周囲のため息をかき消す様に、トーキチが声を上げる。

「ドンマイ! 気持ち切り替えて行こう!」

戻ってきた後輩たちの肩や背をパンパンと軽く叩く。
みんなグラブを持ってグラウンドへと走り出す。
トーキチはその光景をじっと見つめる。
小学校一年からずっと過ごしてきた梅の木グラウンド。
野球が大好きな仲間。
そして。
マスクをつけて、ミットをパンと鳴らすヒデ。



――――これで、最後だ。



「いくぜ、トーキチ」
ヒデの声にトーキチは頷く。
マウンドに立ったトーキチを見て、ヒデが叫ぶ。

「しまっていこうぜ!」

「おう!」

一斉にみんなが返事を返す。

――――ラストイニングだ。

トーキチがそう思うと、審判の「プレイ!」の声が響いた。