HAPPY END は 二度 訪れる 3
「江波沙穂子さんから、お電話いただいてます。貴方が重倉を買い取った。貴方の会社です」
――――好きにすればいい。あの男と同じように。おじいさまの会社への理想も何もかも、誰一人持つ者はいない。おじいさまがいればこその『シゲクラ』は、もうないのだから。
「わたしには、何の関係もありません」
「何故? 珠貴は僕が買い取った会社の優秀なスタッフだよ?」
「……」
――――今、なんと云ったの? わたしがこの男の会社のスタッフ? この外人、頭の中は大丈夫?
珠貴が、目の前にいるアルフォンスに対して、無関心から、あからさまな胡散臭いものを見る視線に変わったのを彼は見逃さなかった。
無関心よりも、なんらかのリアクションがなければ、交渉の突破口は開けない。まして、彼女はまだ、この墓に眠る故人に、想いを残しすぎている。
それが悪いとは思わないけれど。
でも。それでは困ると、アルフォンスは思う。
また、珠貴は胡乱な外人を思いっきり正面から見据えてしまい、心の中で舌打ちする。無視を決め込みたかったのに!
だいたい珠貴の抱えているバラの花を見て、それを珠貴に似合うというあたり、見え透いたお世辞、オーバーな社交辞令だなと思う。
が、相手はうん? と、珠貴の顔を覗き込む。
その綺麗なブルーアイズに視線が奪われる。
消してアジアには存在しない瞳の色。
――――日本語が流暢なんで、この顔を見なければ、相手が外人だとは気がつかないところだったわ。
……外人なら例え子供だろうと女性に対しては、多少の社交辞令は云うものだと、珠貴は納得する。
珠貴を綺麗で可愛いなんていうのは「おじいさま」だけ。
身びいきがなければ、云われないだろう形容詞だ。
あの男も去り際に云い放った「お前みたいなガキは女じゃねえ」と。
薄い胸も、きつい切れ長の瞳も、女性らしいとは言い難い。
そういう判断を下す男が、多分この世の中では多数派。
少し甘い言葉を囁いても、それは、真実じゃない。
珠貴の機嫌を良くして円滑に会話を進めようとする手段に過ぎない。
「まあまあ、まってよ。せっかく会えたんだから、お茶でもいかが?」
「……」
「おいしいケーキもつけるよ」
「亡くなった母から『お菓子をあげるから、一緒においでと誘われてもついていってはいけない』とそう云われてるので、失礼」
墓前にバラを捧げて、アルフォンスの横を通り過ぎようとすると、アルフォンスは珠貴の腕を掴む。
――――細っ! 折れそうなぐらい細い腕。リナみたいだ。
珠貴の細い腕は、めったに帰らない自分を、病室で待っていてくれた彼女を思い出させた。
しかし、アルフォンスの青い瞳をまっすぐに、にらむように見据える珠貴の目の輝きは、ものすごく力強い。
亡くなった彼女にはないものだ。
多分、この墓の下に眠る、『シゲクラ』の元オーナーを彷彿させる。
「人の話を無視するよう、キミのお母様はそう教えたのかな?」
「……」
「墓に紅白の花は目立つな。『オメデタイ』みたいじゃないか」
「……」
「この花は、珠貴が持って」
墓前に捧げたはずのバラの花を、アルフォンスが手渡す。
そして、自分のユリを墓前に供えて、手を合わせる。
洋風の墓石だったからだろうか、しっかりと手を組んでから十字を切った。
「はい、お待たせー、さあ、キミの雇用条件に対して話を詰めよう」
「……」
祖父に備えたはずのバラの花を手渡されて、軽い怒りが湧いた。
確かに自分の金で買った花ではない。勤め先から売れ残りを渡されたものだ。しかし、もう少しで散るはずだが、捨てるには忍びないし、自分よりも祖父に捧げようと思っていたのに……。
この外人が買った花の方が、商品としては素晴らしいのは認めるけれど。
なぜか、自分の気持ちを踏みにじられたような気がした。
あまりにむかついたので、このバラを備え付けられてるゴミ箱にほおり込もうとすら思ったほどだ。
でも、ぐっと堪える。
そんな癇癪を起しても、自分の評価が下げられるだけだ。
そして、自分の評価は亡くなった祖父への評価だ。
たった6年。そしてもうこの世にはいないけれど、自分の浅はかな行動で、かけがえのない家族への心象は悪くはしたくない。、
なんにせよ、この外人とは話したくはないなと思った。
そうは思うものの、吸い込まれそうな青い瞳から視線は外せなかった。
お茶をどう? などと云われれば、そこらへんにある喫茶店と思いきや、ホテルのティールームにつれてこられた時、珠貴は、「ああやっぱり、そう云うレベルの人なんだな」と思った。
あの男と同じだ。
嘘で自分に近づいた男。
頭の先から頭の先まで贅沢をまとった男。
あの男よりも、この目の前の男の方が、金がかかってそうだなと思うのは、金髪だからだろうか。
それとも。
頭の隅に残る経済誌の記事。この男の資産の数字を記した記事のせいか。
――――両方ね。
「……話って何です?」
「だから、キミを雇う話」
「無理です。現在アルバイトでも勤めてる先があります」
「ミズ・江波から訊いたよ。生花店でアルバイト。わからないな。キミがアクセクしてアルバイトしなければならないのは何故? 『おじいさま』がキミに会社を残してくれたんじゃないの?」
「前のCEOに詳細を訊いてみては?」
「えーと、キミが若いので、代わりに後見人として会社の経営責任を譲り受けたと訊いてる」
「じゃ、そうなんでしょ」
「キミは学生の時、会社にもかかわってるのに、役員待遇で迎え入れられてもおかしくなかったんじゃないのかい?」
「前のCEOが嫌がったの」
「そこがわからないんだ、ミズ江波も口を貝にしてるよ」
両手を広げ肩をすくめるアルフォンスのリアクションは、まるで映画出てくる俳優のしぐさそのもので、珠貴は不覚にも笑い出しそうになった。
それにしても……。
「日本語、上手ですね。『口を貝にしてる』なんて日本人も使わない人がいるわ」
「本当?」
笑うと実年齢よりも若々しく見える。
女性には好感だが、ビジネス界では甘く見られないだろうか?
いま彼が着ているのがスーツでなければ、留学生にだって間違われそうだ。
外人は一様に老け顔だという認識を改めなければならないと、珠貴は思った。
「で、どうして?」
「……よくある話ですよ」
「?」
「褒められ慣れていない子供が舞い上がって、失敗しただけの話」