HONEYMOON6
家事をこなしている自分が珍しいなと。静は感じる。
奏司が荷物を送って寄越したが、基本的に静自身の私物も少ない方だ。
今住んでいるこのマンション。親戚が海外転勤の為、大型家具をそのまま居抜きで賃貸しているから、それもあるかもしれない。
静の私物は服と、CDとPCと十数冊の蔵書で、20代の女性にしては荷物が少ない方だ。
もちろん生活で仕様する消耗品は別。
が、アクセサリーも服も多分少ない方だろう。
だから掃除はすぐに済む。
洗濯と、買い出しのメモをとっているところに、インターフォンが鳴る。
小さなTVモニタに映った人物を見て、静は少し驚いた。
「レコーディング、早く終ったから、遊びにきちゃった。コレ築地に寄って買ってきた、エビでーす」
「ありがとう」
袋を受け取ると彼女は静を見る。
「……」
静の白い首筋とカットソーから覗いた鎖骨のあたりの内出血が、彼女の視界に入ると、歌恋は眉間に皺を寄せた。
静にこんなことをするのは、一人しか思い浮かばない。
「あのさ、静ちゃん」
「何?」
「あのガキ、今、何やってんの……」
「奏司?」
「他にいないでしょ」
「オフで実習に」
「あいつ、大学生だっけ?」
「そう」
「でも、最近会ったんだ? てか昨日あった?」
ズバリと核心をついてくる。
「……」
「何?」
「いや……その……」
静があらぬ方に視線を投げて、云いづらそうにしている。
世間で注目を浴びるボーカリスト神野奏司はオフをとってて、その恋人であるマネージャーの家に転がり込んで……でもそれは教育実習先の交通の便がいいからなんだけど……と、目の前にいる親友の歌恋にどう話せばいいのか迷いはする。
8歳も年下の恋人と、仕事をオフにしているのをいいことに、愛欲の爛れた生活を送っていると思われても仕方がないからだ。
「いや、ちょっとわけあって、今同居してる」
「ナニ!? とうとう同棲!!」
「期間限定の同居」
「いつの間に! いつからよ?」
「昨日から……」
「それで、それかい!」
ビシっと静の鎖骨を指差す。
カットソーに隠れるか隠れないかギリギリのところにある内出血。
静は素早く掌で隠す。
「あのガキに云っときなさいよ、跡なんかつけるな、大人のマナーでしょ」
耳が痛いと静は思う。
「気をつける」
「静ちゃんに云ってない!」
「……」
原因は自分にないこともないので、静は黙ってしまった。
しかし、この日、歌恋が来訪してくれたことは、静にとって嬉しいことだった。
料理があまり得意ではないのだから、ここは歌恋に手ほどきをしてもらおうと思っている。
食材も手土産にもらったことだし、これで何かを作ろうと静は思う。
「歌恋、あのエビどうやって料理したらいい?」
「……」
静が、このマンションにいてもキッチンにいるのを数えるほどしか見たことのない歌恋は驚くが、それもこれもあの彼のせいなのだと思うと、静を見てちょっとニヤニヤする。
今までとは違う傾向だ。
これまでは仕事とプライベートは切り離す、どちらかといえば、プライベートは投げてきたタイプだから……。
―――――あたしと仕事していた時もそうだったけれど、静はプライベートも仕事も一緒になっている方がいいのかもしれないな。
「それも人によりけりだけどさ」
ヘンなヤツと一緒に仕事して、プライベートも一緒な場合は、絶対、胃に穴あくだろう。
「何が?」
「コッチのことよ、別にあんたの彼氏に難癖つけての言葉じゃないわよ」
「気になる」
「まあまあ」
歌恋は冷蔵庫の食材と自分が買ってきたエビで何か作れるかと考え始めた。
「お料理教室のセンセイするから気にしないで」
「一緒に食べて行って」
「あらあ、あのガキがイヤーな表情するんじゃないの? せっかくのスイートホームに口煩い姑みたいなあたしが乗り込んで」
「そんなことないでしょ」
あの彼がどれだけ静を独占したいのか、静はイマイチわかってない気がするなあと歌恋は思った。
夕方――――奏司が帰宅。
律儀にエントラス、ドア前まできて、再度インターフォンを鳴らし、ドアが開く。
そこには、奏司が考えている人物の姿はない。
ドアを開けたのは、静よりも身長の低い、そして、気の強そうな瞳をした見なれた人物。
「はあい、だーりん。ご飯にするー? お風呂にするー? それとも。あ、た―――――」
その人物が最後まで科白を云う前に、奏司は素早くで玄関ドアを閉じた。
コレ幸いと歌恋はドアを鍵をロックし、御丁寧にチェーンまでつけた。
ドア越しにカチンとドアロックされた音を聞いて、奏司はドアノブを回すがピクリともしない。
「ちょっと! なんでココに歌恋サンがいるの!? 静は!? てか、オレ閉め出ししてどうすんの!」
玄関前でニヤついてる歌恋と、ドアの外で思いっきり拳でノックしている奏司。
その状態を見て静は溜息をつき、ドアチェーンを外しながら、歌恋を見る。
悪びれた様子もなく洒落じゃんよ、静を見る。
「で、どのくらい閉め出しておけば、歌恋は気が済むの?」
静のその言葉が聞こえたらしく、ドアノックの音は強くなり、奏司は「ちょ、冗談やめて!」と叫んでいた。