ムスッとしながら、奏司はダイニングのテーブルにつく。
閉め出されたのをまだ拗ねている様子だ。
静がすぐに鍵をあけてあげたのだが、不満そうな顔をしてすねていたのが、可愛くて、少し笑ってしまったのがよくなかったらしい。
歌恋はそんな2人の様子を見て、ニヤニヤしている。
「なんで歌恋さんがいるの?」
「なんで、アンタが、ココにいるの」
「結婚したから」
いけしゃしゃあと云ってのけてみる奏司を歌恋はこのガキ……と呟く。
「ふてくされない、食べてみてよ、歌恋が作ったのよ、このエビチリ」
奏司はいただきますと呟いて、レンゲでエビチリをひとすくいして口に運ぶ。
「うまぃ……」
「でしょう? 歌恋は私と違って料理上手だよ、こら、バランスよく食べて、小学校の給食でもそうやってんの?」
「えー、何これ、何これ、なんでこんなに上手いの? 歌恋サンどうしてコレで嫁に行けないの?」
「……最後の一言は余計よ僕チャン」
歌恋が奏司の言葉に頬を引きつらせる。
「あ!」
「何?」
「でも、女同士じゃ、結婚できないから、静は諦めてね」
「こーのーがーきー」
閉め出した一件をコレで相殺したらしく、奏司は小学校であったこと……児童達との授業にちょっと緊張したとか、昼休みに遊びに誘われるとか、いろいろと報告する。
「楽しそうじゃない。子供同士だから? てか、なんで僕チャンは教育学部よ?」
「死んだ親父が教師だったんで」
「……」
「どんなことしてたのかなって思って、教育学部を選んでみた」
「歌うことは?
プロになろうとは思わなかった?」
「歌うことは好きだけど、ソレで食っていけたら夢みたいだ……と思ってたな。オレ、事故で生き残って、運をそこで使い果たしたと思ったから、堅実な職業がいいかなとは思って、でも、何がやりたいとは全然はっきりとした目的意識はなくて、じゃあ、オヤジ教師だったらしいから、それやろうかって……まさか大学合格してからこのチャンスがクルとは思わなかった」
「静。ファンが泣くから、今のは絶対雑誌インタビューの乗せないように」
「何故?」
静が食後のお茶を煎れて、歌恋と奏司に湯のみを渡す。
「生まれついてのボーカリスト神野奏司が、実は結構堅実でリアリストなんてイメージ崩れる」
「オレはアイドルじゃないから、イメージは崩れてもいいよ。コレがオレだし。もちろん音楽は好きだよ、今すごく充実してるし」
「恋人もいるし?」
「YES」
「僕チャンは、静のどこが気に入ったの? 年上だし、ポーカーフェイスだし、家事は駄目だし」
「どこといわれてもなあ……第一印象が綺麗な人だなーって、完璧に見えて全然そうじゃなくて、大人なんだけど可愛いい、あと云ってもいいなら……」
そこまで云うと、静がジロリと奏司を睨む。
「本人が駄目だって」
歌恋は静と奏司を見比べる。
「……ま、いいか」
ガタンと歌恋が椅子から立ちあがる。
「お邪魔様、帰るわ」
「帰るの? 泊まってけば?」
奏司の発言に歌恋は目を丸くする。
「女友達同士で話したいこともあるんじゃない? オレはリビングで寝てもいいし」
歌恋と静を取り合うのは、ポーズなのだ。
本気で思ってないのがこの発言でわかる。
もちろん静が好きだし独占したいのは本当だろうけれど……。
「そうしたいけど、明日はマネが迎えにくるから帰るわ、また遊びにくる」
「下まで送るわ」
静が云うと、奏司はシンクに食器を運んで洗い始めた。
なんとなく、同居三日目で生活リズムが確立しているなと、静は感じた。
玄関を出ると、歌恋はニヤニヤと笑う。
「すごいね、アイツ」
「何が?」
「神野奏司」
「それは前から知ってるでしょ」
「いや、なんてゆーか、ハタチそこそこのオトコの感覚じゃないね」
「そう―――――……かもしれない」
だから8歳差の年齢があっても、こうしてやっているのかもしれない。
「普通は男って、子供じゃん」
「あーうん」
「何歳になっても子供みたいな野郎は良く見るんだけど、ああいうの、少ないよね、あいつ、今までどんな女と付き合ってきたのかしらね」
「……歌恋もそう思う?」
「思わないでか。何だ聞いてないの?」
「プライベートだから」
「でも、アイツはあんたの昔のオトコのこと気にしてたよ」
「終ったことだし、理解してるでしょ」
「うーん……理解ね……まあ、あいつ凄く理性的とは思うけどさー」
「……」
「そうなった過程は気になるところ」
「ごめんね」
「?」
「一応、アレは私の管理下ですから」
それが彼女なりの惚気だと歌恋は理解する。
「……静がそこまでいうオトコは初めてじゃないのかしらね」
「あ、お帰り」
自宅に戻ると、風呂に入ろうとした奏司が声をかける。
「うん、下でタクシー掴まえてね」
「意外そう顔してたよね」
「するでしょ。泊まっていけばなんていうから」
「そうかな」
普段、静にべったりな奏司を知っている歌恋だから、奏司は、実はこんなに距離感を測る男だとは思いもしなかったのだろう。
奏司は静の腕を引き寄せて、ギュっと抱きしめた。
「じゃ、遠慮無く、静を独占しよう。ね、一緒にお風呂はいろ?」
静が呆れたような顔をしても、彼はニッコリ笑って、彼女の唇にキスをした
。