ENDLESS SONG12
「何よその話。あたしと5年も一緒にいてさ、プライベートでも結構会ってるほうだと思うのに、そんな会話はなかったじゃない」
「ごほ、げほ」
「どうりで、業界用語良く知ってんなーとか思った。あたしはてっきり、事務ワークから親戚のツテか何かでこっちの業界にはいったもんだと思ってたからね、ずっと」
「ごめん、今更いうことでもないから……」
「打ち上げとか、プライベートとかでもカラオケ誘ってもマイク握らなかったじゃない」
「それは今もそうよ」
「でも、ボーカルやってたんだ、そーゆーことは、あの少年には云うわけだ」
「訊かれたから、答えただけなの」
子どもみたいに拗ねないでよと静は呟く。
「由樹さんに駄目出しされたんだってマジ?」
「あーうん、まーそうね……そこまで云うか? あの子意外とお喋りね」
「情報交換だから大事なカード、きってきたんじゃない? これはコレで高めのカードだけど、今までの静の情報もあたしはそれに見合うだけ渡しちゃったし」
「何よそれ」
「年齢も、誕生日も血液型も、家族構成、スリーサイズ、趣味、好きな映画、オフの過ごし方、今まで付き合ってきたオトコのタイプとかから始まって」
歌恋の言葉に『ちょっとまて、それでほとんどじゃないの?』と目でツッコミを入れる。
「5年間の仕事とかであったこといろいろ」
「……」
「でさあ、あたしから静の話を聞き出してる時、アイドルの時織茉里がアプローチしてきてんのよ、それを、『悪いけど。今、先輩と仕事の話してるから』で冷ややかな一瞥投げてんの。同世代のアイドルから声をかけられて、普通は舞い上がりそうなものなのにね」
静はコクンと頷く。
「いつだったか、別の番組収録の時も、アイドルグループの子達からメルアドもらってたけど、私に渡してきたしね、普通はしまってこっそり付き合いそうなものじゃない」
「……」
「なに、歌恋、ニヤニヤして」
「惚気てるなあ」
「別に惚気てないよ、ヘンな子だなあって思う。私を口説く時点でどんな老け専だよ、って思うね」
「静」
「?」
「アンタ、あの子のこと、好きでしょ?」
「……は?」
「自覚したくないだけでさ、結構本気で好きなんだ、あー、ほら、眉間に皺寄せて怒ってる。図星だからー?」
歌恋の茶化すような声と重なって、携帯電話が鳴る。
「もしもし」
『高遠さん? よかったー、オフなのに、すみません』
「何か?」
『あの、EXTVの吉井プロデューサーから、神野奏司のマネを出せって、物凄い剣幕の電話があって、オフの旨を告げたら、ふざけるなって、怒鳴られて……』
EXTVの吉井プロデューサーという名前に、覚えがない静は一瞬躊躇う。
音楽関係の人間にそんな名前はいないはずだ。
いきなりの人事で決まったのだろうかと思っている。
『ドラマの打ち合わせに顔を出さないとはどういうことだって……』
「は? 何それ、ドラマ? 断ったわ」
藤井にだってその旨を伝えたのに。
『それがー、昨日の夕方、藤井さんが「担当には言い含めておきますから。うちの神野も今売り出しておきたいから、ドラマで使ってください」的な会話がされてて』
「うん、わかった……、ナオちゃん、ご苦労様。連絡ありがとう」
ピっと携帯の電源をOFFにする。
スツールに座る歌恋が眉間に皺を寄せている。
「藤井さんがまた暴走している」
「あの、クソ・オヤジ……」
「どうするかな……」
「ちょっとお、藤井にやらせなさいよ」
「藤井さん、上司だし」
「上司の尻拭いをアンタがやんないの」
「アーティスト的な発言ね」
「せっかくのオフが! 映画観て、買い物して、お茶して、小洒落た飯やで晩御飯たべようっていう予定が!!」
「歌恋……あんたそんなこと考えてたの?」
「考えていたわよ!」
「オトコとやりなさい、そういうの」
「たまに女とやるのが面白いんじゃないの!」
「……そんなもんかな?」
「藤井、あいつ、ほんとやだ」
「予定は実行しましょ、ちょっとまってて」
歌恋がレーベルを変更した理由の一つに藤井の存在がある。
静はそれを知っている。
「少年に、そんなに露出多くしてどうすんのよ、Y―mgはGプロと違ってアイドル扱ってないんだっつの、それぐらいわかれっつの!」
「藤井さん、もともと、そういう芸能プロダクションから再就職してきた人だから」
「マジムカツク、あの親父」
「まあまあ、仕方ないじゃい」
そう言いつつも、藤井の言動に振りまわされるのは流石に嫌気がさす。
静は携帯からEXYVに連絡してドラマセクションの吉井に電話を回してもらう。
「ちょっと、あんたね、どういうことよ、一旦断っておいて、また使えっていってきのが、そっちなんだよ!」
「申しわけございません、連絡が行き届かず、御迷惑をおかけしました」
「どーなってんの、降りるの、降りないの?」
「降ろさせてください、前回もお伝えしたように、うちの神野にドラマはできませんから」
「電話1本で済ませようって、そういう態度も気に入らないんだよ!」
携帯だけど、相手の会話が室内にダダモレである。
これを訊いていた歌恋は眉間に皺寄せる。
「申しわけございません」
「ったくさー、ほんとやめてよ、あんたのところ、こういうの、前にもあったじゃない」
「はい」
「冗談じゃないんだよ、ふざけやがって」
「申しわけございません」
「あとで、藤井さんに連絡いれとくからね!」
怒鳴り声を最後に電話は切れた。
静は溜息をつく。
これでまた後日、藤井に嫌味をいわれるだろう。
だけど……。
―――――芝居なんて無理、歌うことしかできないから……。
あの彼の言葉が耳に残る。
歌うことが、大切。
それが一番で後は何もない。
歌うことで自分の環境が変わっていくのを、多分彼自身も感じ始めている。
そしてそれに、あきらかに戸惑いつつも、出てきた言葉が、『歌うことしかできない』なのだ。
彼の為に、その歌声を守る為に、自分ができる限りのことはしていかなければならないと、静は思った。