ENDLESS SONG11




深夜、ようやく自宅に戻って、メイクを落としリビングに足を向ける。
大型TVのリモコンのスイッチをつける。
タワー型の高層マンションの一室。
いくら有名レーベルの社員でも一人暮しの家賃にしては、値段が高すぎる。
実際、静の給料では支払いは無理。
ここは親戚の所有する物件だ。
海外赴任する前、資産運用で購入し、家具も気に入ってるようで。
家具もそのままにするからには貸出しは親戚筋がいいだろうということで、静が実家を出ていたことこもあって、ここに居住することが決定した。
なんだかここで幸運を使い果たしたなと、引っ越してきた当時は思ったものだ。

TVから、奏司の新曲を起用したCMが流れ始めた。
その声は……ボーカリストとして理想とするものだ。
事務所には早くもFANレターが山積み。
オフィシャルFAMクラブの会報も充実してきている。
やはり、ライブはするべきだろう。
そこまで考えて、冷蔵庫の開け、缶ビールを取り出しプルトップを引いた。
一口、口に含む。
ビールの発砲が口の中に広がり、ホップの芳香が鼻に抜ける。
スーツのジャケットを脱いでストッキングも脱ぐ。ひやりとしたフローリングに素足を下ろす。
ひっつめにしている髪を下ろした。
ソファに腰を下ろして、咽喉にビールが流れ落ちていくのを実感すると、身体を横に倒した。

――――本気で考えて……。

彼の切なげな、声が耳に残る。
唇に指を当てると昼間のキスの感触がよみがえる。
あのあと、すぐにビジネスモードに入って行けたのは、自分で自分を褒めてやりたいところだった。打ち合わせを終えて、奏司を自宅に送り届けて、ライブの会場を確保できたか連絡を取り合い、今は午前2時。
明日は休み……、久々のオフだ。身体だってクタクタなのに、奏司のことを考えたくはなかった。
考えたら、この身体が動かなくなりそうで……。
静は目を伏せると、その場でドロのように眠りについた。



ピンポーン……。
しつこいぐらいのドアチャイムで、静は目を醒ました。
ついうっかりソファで眠ってしまったのだ。
カーテンすらも閉め忘れていたのに気がついた。リビングにさんさんと太陽の光が入り込んできている。
インターフォンを手に取ると、小さなモニターに歌恋の顔が映る。
「歌恋……」
ロックを解除すると、モニタに映る歌恋は開いたエントランスのドアの中に進みでた。


「10回は鳴らしたわよ、まあお疲れのようですこと」

玄関ドアを開けるなり、歌恋は云う。

「悪かったわ」
「あたしが勝手にお邪魔したのよん、シャワー浴びてきたら? ララベーカリーの新作も買ってきたし、一緒にブランチでもしようよ、コーヒー煎れとくから」

歌恋の言葉に甘えて、静はバスルームに向った。
髪も身体もさっぱりとさせてから、ダイニングにいくと、キッチンカウンターに、2人分のコーヒーと、ワンプレートにちょっとしたサラダとディニッシュが盛りつけられていた。

「……ありがとう、歌恋……」
「あたっして、実は世話女房タイプだと思わない?」

歌恋は云うと、静はスツールに腰掛ける。

「さー、食べよ、食べよ」
「うん、いただきます」

静の隣りのスツールに座り、歌恋はマグを手にし、静の横顔を見る。

「すっごく疲れてない?」
「……そうかも」
「なんかツアー後の静ちゃんみたい」
「え?」
「ほらあ、最後に一緒にやった全国ツアーの後、オフに入ってさ。あれ3日後だったけど、今みたいにここでぼんやりして、コーヒー飲んでて」
「そんなことも、あったね」
「オトコがキレて別れたんだなって思ったんだけどさ、その時。でも、今朝はなんか違うってゆーか……」

歌恋の感は鋭い。

「少年と何かあったでしょ」
「……」
「何もないわけないでしょ、ホント静はプライベートとビジネスの差が激しくって笑えるわー、あー楽しい、きーきーたーい」
「……」
「メールや電話じゃラチが開かないから、こうしてはせ参じてきたわけよ、なーにー、眉間に皺老けるわよ、アンチエイジングがもてはやされるご時世に、わざと老け顔アピールさせなくてもいいじゃんよ」
「老け顔で結構よ、もういい年だし」
「年齢で甘えられる時に甘えなかったタイプ」
「はいはい、そうですよ」
「うわ、開き直ってるよこの女。さあ、吐け! 何がどうなった! 吐け」
「何も――――――」

ないと云いきってしまうことができなかった。
確かにらしくない。
こんなに疲れているからとはいえ、服も着替えずにソファに寝てしまうなんて。

「口説かれた?」
「……キスされた」

カツーンと歌恋はサラダを掬っていたフォークを皿に落とす。

「やるな、あのガキ」
「……」
「グラッときたっしょ? あれに口説かれて、揺れない女はいないんじゃね?」
「歌恋だったらどうなの」
「いやーくるでしょ、グラっと、当然」
「歌恋?」
「イケメンだし、ルックスOK、才能あり、それがマジで口説くのよ、好みどうこうも多少はあるけど、揺れるね、独身男無し女としては、それが正常」
「……」
「仕事だから、商品だから、恋愛なんてとか思ってるでしょ」
「……」
「タテマエは、で、本音は?」

かなわないなあという表情で、静は歌恋を見る。

「ま……揺れるかな」
「おお!」
「別にキスがどうこうじゃなくてさ……、あの子の場合は最初っから……印象強くてね、アーティストとしてはそれはOKだから、あまり考えないようにしてた」
「……」
「子どもは好きじゃないし」
「そう思われるの、歯痒いみたいよ、少年」
「仲良しね」
「妬ける? 先日のMTTVの収録の時に話してたの」
「……」
「静の声が好きなんだってさ。できれば一緒に歌いたいぐらいだって」
「そう」
「ボーカル志望だなんて、初耳だわよ」

静はコーヒーを思いっきり気管に詰まらせた。