ENDLESS SONG10
「静サン」
「何?」
「由樹さんのこと、好きじゃないよね?」
「は?」
その後、スタジオで一曲録音してから、PV(プロモーション・ビデオ)打ち合わせの為、車で移動をしているとき、ふいに、奏司が口を開く。
「以前、云ってたよね、ヴォーカル志望で、由樹さんに会ったことがあるって、今回、由樹さんと仕事をを組むのって初めてなんだよね? 由樹さんのこと――――好きなの?」
「は?」
「ずっと、ずっと、由樹さんのこと、好きだったの? だから、気に入らないガキのマネージャーを請け負っても、この仕事がしたかったの?」
「何をいきなり……」
「そんな子どもをあしらうような表情しないで、答えて」
「奏司」
窘めるような静の声に奏司は言葉を詰まらせる。
「だって……心配だから……由樹さん、女性関係は乱れてるじゃん」
「あの顔なら、仕方ないでしょ」
「顔? アンタ、あのテの顔がタイプなの?」
どうしてそういう話しになるのかなと、静は思う。
「……彼には才能あるし、石渡プロデューサーに曲を提供してもらいたい女性シンガーはたくさんいるから、奏司はそういう面が気になるの?」
「だって、さっき、由樹さんが云ってたから『彼女にならないか』って、来るもの拒まず、去る者追わずで、だって、あの人、ヘアメイクにも手をだしてる。静サンもそうなの?」
珍しく声を荒げているので、ハンドルを握りながら、横目で奏司の顔を見る。
なんだか、最初ものすごく大人びて見えていた彼が、子どものようで、考えてみると、まだ未成年なのだから、当然だなと静は想う。
「由樹さんのこと好きなの? 惚れてるの?」
「そう見えるの?」
「……」
「じゃあ、いいでしょう」
「静サン」
「何?」
「好みのオトコのタイプってどういうの?」
「……」
ハンドルを握る静の眉間に皺が寄る。
「参考までに」
「そうね……、特にないわね」
「ないの?」
「恋愛するほど、エネルギーも時間もないし」
「オレは努力次第で、好みのオトコになれそう?」
「不特定多数の女を、夢中にさせるようなオトコに成長して頂戴」
「……」
「ビジネスとして、大前提よ。キミは商品」
PV用のスタジオの駐車場へ、見事な縦列駐車で車を停止させた。
エンジンを切ると、静の手首を奏司は握り締める。
「ビジネスだけ?」
「……奏司……」
「他は? それ以外では考えてくれないの?」
「奏司……」
「オレは、オレは――――静サンが……静が……好きだよ」
「……」
「仕事じゃなくて、マネージャーだからとかじゃなくて」
まっすぐに、その切れ長の瞳に見つめられて、静はドキリとする。
好意は抱かれているだろうとは思っていた。
恋愛感情としての意味が含まれていることも、察していた。
だけど、その『恋愛感情』自体が、彼の錯覚かもしれないのだ。
マネージャーなんて、いつも傍にいて当たり前。担当したタレント、アーティストの好みを熟知して、スムーズにスケジュールがこなせるように、微細なまでに環境を整える。
それをやってもらってるタレントやアーティストは、感謝も好意も抱くだろう。
居心地の良さに、恋愛感情を重ねてしまうことも、若いタレントならあるかもしれない……静はそう思う。
彼が「仕事じゃなくて」というが、一個人の高遠静に魅力がないことは、静自身がよくわかっている。Y‐mgという会社の肩書きがなければ、仕事を抜かせば、なんのとりえも魅力もない。仕事が静を支えていると云っても良い。
「新曲のPVはその調子でお願い」
「は?」
「TVの向こう、画面の向こうに私がいるつもりで」
「……」
「私を好きなんでしょ? 目で口説いて、夢中にさせて」
奏司はがっくりと肩を落とす。
「オレ……やっぱりプロになんて、ならなきゃよかったかも……」
「何故?」
「好きな女に好きっていっても伝わらないなんて、空しい……アンタ全然本気にしてくれてない」
それは無理というものだ。彼は19で静は27歳。
この年齢はオリンピック2回分の時間差があるのだ。
「どこがいいのかしらね」
「?」
「私の」
静は困ったような表情を奏司に向けるが、その眉間に皺が寄っていないのを見て、彼はギュっと彼女の腕を掴んで引き寄せる。
「オバサンだし」
「何いってるの」
「とても本気だなんて……」
そこまで云って、静は黙る。
彼の唇が、額に当たる。
「本気にとってもらえるようなことを、してもいい?」
耳元で囁かれて、背中がゾクッとする。
「奏司」
「オレがふざけてるって……ずっと思ってたでしょ?」
「……」
「残念だけど、オレ本気だから」
奏司はそう呟くと、静の唇に自分の唇を重ねた。
舌先が小さく唇を舐めて軽く歯を押し上げる。
その歯も小さく舐めるようにして、静の舌先を誘う。
無理矢理こじ開けずに、唇を何度も小さく食み、口内の侵入を確認していくようにして……。
頭の中が真っ白になるということはこういうことだろうかと、静は思う。
声も、思考も、停止する。
27という年齢で何もなかったわけじゃない。
どっぷりと音楽漬けでいたられたら、どれだけ幸せだっただろうと、そう思わせてくれる相手と恋愛だってしたこともあれば、キスもそれ以上のことも確かにしてきた。
―――でも、こういうキスって……ない……。
力強いくせにどこか躊躇いがあるような。
そこまで考えると、奏司は唇を離した。
「本気だから、考えてよ」
奏司が静の耳元にそう囁いた。