ENDLESS SONG5




約1時間半のLIVEに、場内は熱気に包まれていた。
二階のスタンドまでも、満員御礼。
勾配のきついスタンドから乗り出すようにアンコールを送るFANの姿。
ウェーブや拍手でのコール。
照明が少し落とされた暗い会場内に響く。
歌恋はペットボトルのミネラルウォーターを一口だけ含んで飲み干す。
ホントは浴びるように飲みたいのを、アンコールが終って退けるまで我慢している。
その様子を静はじっと見つづける。

彼女達が作り上げた曲と詩。
そしてライブパフォーマンス。
会場を沸かして、自分の世界に引きずり込むそれは表現者しかできないことだ。

――――キミの声じゃだめだね。

10年も前に云われた言葉。
たくさんの音楽、たくさんの歌声を聴いてきて、自分の中に足りないものは、表現していこうという力なのだ。
ただ上手いだけじゃ売れない……。
聴く人に、何かを与える力が歌声に含まれていなければ、いけないのだ。
それは歌恋を見ていればよくわかる。
だから……彼が云っていた言葉は正しい。

――――私の声は……届かない……誰にも……。

静は自分の横に立って、ステージをじっと見ている奏司の横顔を見つめる。

――――このコの声は……多分この会場にいる人数を沸かすことができるだろう……。

静の視線に気がついて、奏司は静の顔を見る。

「キミもいつか、ここに立つよ」
「なんだか……予言者みたいだね」

予言ではない。確信しているのだ。
この少年には間違い無く、その力がある。
彼のレコーディングで、誰にも言わなかったし、誰も気がついていないけれど、静は泣いた。
泣き出した瞬間、これはまずい態勢をどうやって立て直そうかと女子トイレに篭って5分は考えていた。
泣き出した顔を必死に冷やしてメイクを直して、ミキサー室に戻っていったら、スタッフが「体調悪いんですか?」と声をかけたので否定せずにその日を過ごした。
その日をを思い出して、静はこめかみに指を当てる。
アンコールのイントロが流れ出した瞬間、奏司は静に云った。

「どうして、静さんは……歌わないの?」



会場のFANの歓声が沸きあがる。
歌恋の「今日はどうもありがとう! 楽しかったかーい?」のMCが入る。
静はステージ上にいる歌恋の方に視線を戻して、奏司の質問には答えなかった。
アンコールが終って、歌恋はステージ脇に走り込んで、静の腕に自分の腕をからませ、
スタッフと一緒に会場を出て行く。

「ねーねー、これから打ち上げ、一緒にきてよ」
「未成年をコレ以上、連れ歩くわけにいかないのよ」
静に云われて、歌恋は静の横にいる奏司に視線を投げる。
ガタイだけなら、未成年とはいえないが、静はそういうところには厳しい。それも知っている。
「……あ、そっか……残念だわ。これからもう、なかなか会えないんだよ」
「そうね、メールでも頂戴」
「ラジャ」
歌恋は、ピっと指を額にかざして敬礼ポーズをつくる。
「そこのキミ、静ちゃんが気に入らなければ、いつでも云ってね、あたしが引取るから」
「100年後でよければ、御連絡します」
「かっわいくなあーい。静、いつでも見限ってOKだよ」
「……」
静の沈黙と、その薄いガラスレンズ越しの無機質な表情を見て、静が、彼を見限って……これからすぐに、近い未来に、彼のマネージャーをやめて自分のところにきてくれそうな可能性は、どうやらものすごく低いようだと、納得した。

――――なによ、気に入ってるンじゃないの。

確かにルックスはいいけれど、静がそれだけでこんなお子様を選ぶわけはないから、きっと彼には静を動かすだけの何かがあるのだろうと歌恋は思う。
その歌恋の思いは、奏司の1stシングルが公開、発売された瞬間、確信に変わるのだが、それはもう少し先の話だ。
駐車場でメールを送るねーと、静に叫んで、歌恋はワゴンに乗り込んでいった。



「賑やかな人……」
歌恋と別れて、奏司を車に乗せると、助手席に座った彼は呟く。
「MCが上手いとLIVEの幅も広がるでしょう、中にはMCなんかおざなりにして、曲だけを本当に数こなすタイプもいるけれどね」
「あー……確かに……インディーズでもそういう人はいた。歌とかはやっぱりメジャーと違って良く云えば個性的、悪く言えば下手ってゆーか……でもMCは上手くて固定FANをがっちり持ってるタイプとかでも、オレはそういうの、あんまり好きじゃない」
「……」
「さっきの……『クルス・マリア』の」
「歌恋?」
「なんか態度ムカツクけど」
「ギョーカイの先輩にムカツクはないんじゃない?」
奏司はちょっと唇を尖らせる。
「ゴメンネ、ヤキモチ。静サンにベッタリだし」
素直な謝罪に静は僅かに微笑する。
その笑いを横で見ていた奏司はちょっと嬉しそうな表情になるが、ハンドルを握って運転に集中している静は気がつかなかった。
「あの人のライブ、ぶっちゃけ、よかった。好きだよ、ああいうの、客もノリノリだし。あの人、ホントに歌うの好きなんだね」
「そうね、歌恋じゃなきゃ、私は会社をやめていたかもしれないわね。キミは……」
「奏司」
「奏司は、バンドを組んでいたんじゃなかったの?」
「組んでないよ。助っ人だよ、個人で歌ってたの……曲とか作るの、楽器がないと駄目だし、オレの家に楽器はなかったし……バイトして貯めた金で、買おうかとも思ったけど、練習する場所もないし、家で思いっきりは弾けないし、かといって、スタジオとかに篭りっきりにもいかないし……」
「……」
「でも、オレ、声があるからいいじゃんって云われて……あ、それもそうだなって思って。だから誘ってくれればコーラスでも引き受けてきた」

音楽をするには少し自由のきかない環境。
それは彼の家族構成からきている。
10年前―――――高速道路の玉突き事故で、両親共に無くし、叔父に引取られて育った。
普通の両親健在の家に比べると、趣味の一つをするにも、遠慮が先に立つのだろう。
多分、奏司のことだから、ギターやシンセサイザーにだって興味があったに違いない。
だが、どれも子どもの趣味にしては金がかかる。
静はハンドルを握りながら、そんなことを考えてみる。

「で、静サンはどうして歌わないの?」