ENDLESS SONG4
開場3時間前、駐車場に車を止めて、アスファルトにヒールを響かせて歩く。
スタッフの方にいくと、ツアー途中まで同行していたために、静をみかけると、スタッフがよってくる。
「吉田さんからきいてます、こっちです」
前もって連絡していたので、スタッフの1人が案内しようとするが、もう3年も一緒にツアーを回ってきたのだ。
それにツアー初回の東京公演はココから始まった。
スタッフに大丈夫だからと言い、奏司を連れて、リハが行われている会場に入った。
日本武道館……。
東京のほぼ中央、北の丸公園内に、1964年、東京オリンピックの1会場施設として造られた。
収容人員は14201人。
武道館という字だけを見れば、スポーツの会場というイメージは堅い。
が、ここは1965年に初めてコンサートに利用されて以来、コンサートホールとしても有名だ。
今でこそ東京ドームでのライブがミュージシャン達の一つの目標にもなってはいるが、まず有名なところで1966年のビートルズ来日ライブ。そして1971年と翌年にレッド・チェッペリンがライブを行っている。
そんな歴史的な背景もあり、彼等に憧れるミュージシャン達などは、この日本武道館に思い入れを深く抱いてたり、一つの指標だったりする。
『クルス・マリア』のボーカル歌恋もここでのライブを子供の頃から夢見てたクチだ。
それをことあるごとに、静にこぼしていたし、それに……。
「絶対に武道館ライブやるまでは、死んでも死にきれない」
昨年、中野サンプラザでのライブで歌恋は、アンコール時にステージから落ち、右足骨折した。
その右足を引きずりながらステージに戻って、FANにそう宣言したのは、音楽雑誌やTVの小さなワイドショーでも取り上げられた。
その数ヶ月後に出したCDが、映画とのタイアップで売れ、名実共に日本のTOPアーティストの仲間入りを果たしたのである。
静はリハが行われている場所まで迷うことなく進んでいくと、会話が聞こえてきた。
「で、そこで照明が落ちる」
「はい」
「またステージから会場に転がるなよ」
「転がらないっつーの……あ……」
歌恋は静の姿を見ると走り寄る。
「静!」
がしいっと静の首にすがりつくように抱きつく。
静がその衝撃によろけるが、背後にいる奏司が支えていた。
というより、抱きすくめている。
歌恋は最近まで自分のマネージャー兼友人だったで静を、背後から抱きしめている奏司を見上げた。
そして一目でわかったらしい。
新しく彼が、仕事を組む子だということ。
「この子と仕事を?」
静から離れて、奏司を頭の先からつま先まで、不躾に視線を上下させる。
今時の子にしては珍しい濡れたような黒い髪、ちょっと吊り上がりぎみな瞳が、冷たくてキツイ印象を与えるが、ボーカルというビジュアルにはもってこいであろう。
が……。
が……。
――――――なんっか……睨んでる? この子……。
歌恋もあからさまに、不躾な視線を投げているけれど、奏司自身も、歌恋を睨みつけるように、見ている。
「奏司」
「……」
「ご挨拶は?」
「オハヨウゴザイマス」
ムッとしたままの機械的な口調でそう呟く。
静は溜息をつく。
―――――これはまた……ずいぶんと懐かれたものね。
歌恋は静と奏司を交互に見る。
それは歌恋の背後にいたギターリストの有坂も同様に思ったらしい。
そして有坂の中で静の評価は「猛獣使い?」と決定したようだ。
高遠静はアクの強そうな人間に好かれる……この歌恋にしてもそうだ。
勿論同性だし1歳差なのでそんなにぶつかることはなかったけれど……。
「いいコにしてるんじゃなないの?」
薄いレンズ越しに軽く睨むように見上げられて、奏司は一瞬考え込むような顔をして、歌恋に笑いかける。が、静を抱きすくめたままだ。
「はじめまして、神野奏司です」
その笑顔を見て、歌恋もまた一瞬考え込む。
この一瞬の中で様々なことを頭の中で巡らせている。
静の一言で、こうやって態度を変えてくる彼のことを。
――――――……なんっか、わかりやすいってゆーか……。
「奏司、手を離しなさい」
「だって静サン倒れそうだったから」
「もう倒れないでしょ、鬱陶しいの」
雪の女王の異名はその声と切り離すような話し方からも由来している。
――――――あああ、それでもって静らしいってゆーか……容赦ないってゆーか……。
「神野君ね……、『クルス・マリア』の歌恋よ」
「……」
「あたし、静のこと、すっごく気に入ってたの。一緒に仕事するのに最高のマネージャーだし。キミが静を気に入らなければあたし達と一緒に移籍して欲しかったぐらいなの」
「それは、残念でした。オレもすごーく気に入ってるから」
「そのようね、でも静はどうなのかしらね」
有坂は聞き耳を立てながら、触らぬ神にたたり無しをきめこんで、他のスタッフと打ち合わせを続ける。
が、スタッフはもう、歌恋と静と新人のやり取りに興味津々で、目が離せないようだ。
「静は、キミを気に入ってくれてるのかしらね?」
「当然デショ」
歌恋の挑戦的な発言に、奏司は間髪入れずに答える。
「子供相手に何をムキになってんの、リハを続けなさい」
静はまた冷ややかに言い放つが、歌恋は慣れている。
それに、奏司を『子供』と云った瞬間の、奏司の表情を見て、気が済んだのだろう。
ギターの有坂は、静と歌恋に背を向けたまま、ホッと溜息をついていた。