Delisiouc! 28
「姉妹のコンプレックスねえ、出来のいいのと比較されるのは確かに嫌だけどさ」
美緒子ちゃんが、茶碗蒸しをかき込みながら云う。
「わかるよー、あたしも妹が出来がよすぎて、やんなっちゃうから。妹にちやほやする両親に嫌気がさして東京出てきたようなもんだし」
「そうなの?」
「自分は敵わないとか、コンプレックスは確かにあるけど、相手にも自分がコンプレックスやプレッシャーは与えてるんだし、気にすることはないんだけどね」
「……」
「顔だけの女とか、頭空っぽとか云われちゃったこともあるけどね。顔だけなら上等じゃんよ、あたしコレで金を稼いでるんだもん。家族に頼らずとも。プライドありますよ」
「……」
「まあ血が繋がってないってところもあるんだけどね。家族は家族としてあたしはあたし、いいじゃん、気にすることないのに。薫ちゃんもそうでしょ」
かつて倉橋が、美緒子ちゃんの家族関係は複雑だって云っていたけどそうだったのかあ。
「……そう……」
「妹はほっとけば?」
「そんな」
「薫ちゃんと付き合いたいんであって、妹と付き合うわけじゃなし」
「そうだけど、結婚は別でしょ?」
オレがそういうと、美緒子ちゃんは器官に茶碗蒸しを詰まらせる。
麦茶を差し出すと、美緒子ちゃんはそれを飲み干す。
「け、結婚?」
「結婚」
「結っ婚……?」
「いーんじゃね?」
そう云ったのは倉橋だった。
風呂から出てきた倉橋に冷えたグラスと発泡酒のカンを渡す。
プルトップを引いて、グラスになみなみと黄金色と白い泡の液体を流し込む。
「な、な、な、何を云うの? 慎司正気なの?」
「何が? 結婚だろ? いいんじゃね?」
「もう、信じられない! 誠ちゃんのご飯が食べられなくなるのよ!?」
「……なんで?」
「え?」
「別に降矢が結婚しても飯は作って貰えばいいんじゃね? オレと降矢の部屋に美緒子が突撃隣の晩御飯するのと、降矢と薫さんの部屋に突撃隣の晩御飯するのと、どこに差があるんだ? あんまり変化はなくね?」
「……」
オレはあまりの発言に言葉を出すことができなかった。
「……」
美緒子ちゃんは倉橋とオレを交互に見つめる。
「……それもそうね」
「な?」
な? じゃね―――――!!
どーしてそーなるんじゃー!!
そこでなぜ「それもそうね」になるんだー!?
「ヨネスケだって男夫婦の家庭に突撃かけてないもんね」
「だろ?」
「男夫婦ってなんじゃー?」
「え? だって、正式に結婚してないだけで事実婚っしょ?」
倉橋! 違うだろ!! それは違うだろ!!事実婚ってなんだ?
「セックスレスのな。降矢がうんて云えばそっちだって満足させてやんのにな」
シレっと云いやがりました。
満足て何が?ナニを!?
てか倫理的にも、どーよ? それ!
「やったこたあねーけど、何とかなるだろ」
「ならねえよっ!」
バンとテーブル叩く。
「ほんと、俺はお買い得だと思うのよ、飯は作らないけど、稼ぐし、オトコマエだし、あっちも上手いって評価あるから降矢も満足させてやれると思うンだけど」
「あっちって、どっちだ!?」
オレの突っ込みに、「あっちはえっちでしょ」と、美緒子ちゃんが、倉橋のグラスを掠め取って、一口飲んで、冷静に呟く。
「男夫婦の家庭に突撃隣の晩御飯をしかけるのと、普通の夫婦の家庭におじゃまするのと変わんないだろ?」
「そーよねー。ココから引っ越すのかー、どーせ誠ちゃんじゃ、一挙にスイートホーム買う甲斐性はないだろうから、せいぜいここぐらいの間取りでしょ、そーいや今年更新じゃん? いいじゃんみんなでお引越し〜!!」
「結婚てゆーからには、相手にOKはもらってんだろうな降矢」
俺は顔を上げる。
「いくら男女で法律上問題なくても、双方の合意がなけりゃ結婚できないんだぞ、役所で婚姻届もらって、勝手に出したら犯罪なんだぞ」
双方の合意。
……そうなんだよね。
そうなんだよ、結婚したいんだけど、相手にそういう話もしたけど、正確にYESと、もらっていないんだよね。
てゆーかさ、未だ信じられないのは、彼女がオレを彼氏と認識してくれてるってことなんだよ。
問題がそこからだからなあ。
オレ自身がここで詰まってんだから、結婚って云ってもなー。
薫さんは、彼氏は欲しいけど、夫はいらない人なのかな?
「誠ちゃんまだ、25なんだからさーいきなり結婚じゃなくてもいいんじゃない? 結婚ってさーさっきも誠ちゃん自身が言ってたじゃんよ。あのわからんちんの妹ちゃんのことさ。結婚はね、相手側の家族とも面通しがあるから。結婚するってことは、さ、相手の家の冠婚葬祭にも関わって行くんだよ」
そうだよ。
でも恋愛だけ楽しめばいいじゃんとかそういうタイプじゃないから。オレ。
恋愛のもう一段上が結婚。
恋愛のゴールが結婚なら、いいじゃん、そこに到達するまでうだうだしなくたってさ。
結婚しようよ、もうしちゃおうよ。
相手にしっかりOKもらおうよ。
それでいいじゃん。
「全部ひっくるめて、好きなんだよ」
美緒子ちゃんと倉橋はぽかんと口をあける。
大事にしたいんだ。
大切にしたいんだ。
今まで女の子をいいなあと思っても、アプローチとか、そんなことしたことなかった。
好きでも見てるだけだった。
何かしてあげたくても想ってるだけだった
だけど、今は、手を伸ばして、助けてもいいんだ。
オレなんかが助けにならないだろうけど。
困ってるなら、悩んでるなら、傍にいて、訊いてあげることぐらいはできる。
料理を作るのは普通の男よりは、上手いから、食欲わかなくたって元気がでるようにおいしいご飯をつくるよ。
元気がないと、笑顔はけして浮かばない。
笑顔でいてほしいんだ。
だって、好きだから。
こんなに好きなのに、相手はすごく遠くて、オレになんか一生捕まえられないって、そう思ってたのに。
それがもう、目の前なんだから。
手を伸ばせば届く範囲なんだから。
この片想いが終わったら、ううん、このチャンス逃したら、オレの性格からして残りの人生、恋愛なんて二度とできないかもしれないし。
―――――一生分の恋愛感情を、好きな気持ちを、彼女にあげる。
そのつもりなんだけどな。