Delisiouc! 27




「お姉ちゃんは、出来過ぎなのよ、頭がよくて優しくて。自分はモテない。女っぽくないから。とかいうけど、本人は無自覚なだけでみんな本当はお姉ちゃんのことをいいなって思ってる」

舞ちゃんは言う。

「年が8歳も離れてると、普通はコンプレックスは抱かないものだと思ってたんだけど。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんはしっかりしてるからって褒めちぎる」
「8歳差ならしっかりしてるのも仕方ないじゃないか」
「あたしの年齢のときお姉ちゃんはもっとしっかりしてたってことです」
キッと睨みつけられる。
「……そ、そう」
「そりゃ、当然ですよね、親は年齢離れて生まれたあたしのことでイッパイイッパイだったんでしょ、お姉ちゃんは自分のことは自分でって、思って、それでしっかりしていっても仕方ない」
「……」
「親はそんなお姉ちゃんを褒めちぎる。お姉ちゃんはますます優等生然として、そしてどこか、あたしたちから一線引くようになった」
「……どういうこと?」
「あたし、お姉ちゃんが親に甘えたところを見たことないもん」
「キミは多分、親にも薫さんにも甘えっぱなしだった?」
「な!」
「図星?」
「ふ、降矢さんて見た目よりキツイですね」
……そうかあ?
「ま、いいです。とにかく、そんなお姉ちゃんは親からも先生からも、優等生で、かならず褒められる。あたしは何にも出来ないねって云われて、何度ムカついたことか」
「舞ちゃんは別に何もできないわけじゃなくて、比較対称が出来過ぎってだけだったのにね」
「そうです!」

……なんだか面白いというか、可愛いね、この子。
はじめ、キツイなあとか思ったけど。
見た目が普通の20代女性だからね。
話をすると、子供みたい。
感情表現が大きくて、薫さんとは間逆。
そういうわかりやすさで愛嬌がある。
親や薫さんが甘やかしたっていうのがわかるな。

「でも、お姉ちゃんみたいに、何もできなくても、親には甘えて、愛されてるなって思ったし、そういうのをお姉ちゃんにも見せてきたの」
「……」
「お姉ちゃんはなんでも持ってるから、いいじゃない? お父さんとお母さんはあたしにくれても……なんて、子供特有の独占欲を主張してたらお姉ちゃんはますます、あたしからも親からも離れていった」
「……」
「後悔しても、遅かった」

だろうなあ。
薫さんだってきっと普通に甘えたかったんだと思う。
そういう主張をすること、そういうことを表情にだしたり仕草に出したりは……したくてもどうやっていいかわからなくて、しなかったんだろう。

「お姉ちゃんは誰にも多分、甘えたり頼ったりなんてしたことない。親に対しても、好きな人に対しても、友達にも、そういうことしてこなくて、どう頼ったり甘えたりしていいかわからなくて、せっかく出来た好きな人も、自分の友達に遠慮して気持ちを伝えてこなかったんですよ」
「わかるよ」
「あゆみさんも、そんなお姉ちゃんが好きなんだろうけど、どっかで気に入らなかったのかもしれない」

アマデウスとサリエリ?
憎くてでも愛しいアマデウス。
そんな感じか?
身近で仲良しで、でも、嫉妬もする。

「降矢さんは? そういうのなしでお姉ちゃんのこと好き?」


そう云われちゃうとなー。
難しいな。
世の中には星の数ほど人間がいて、オレよりもできて、オレよりも薫さんのこと、好きな人っているかもしれない。
でも。

「幸せにしたいなって思うよ」

ニコニコ笑っていつも元気でいて欲しいし、オレはそんな彼女の傍にいたいよ。

「谷村さんは、多分、お姉ちゃんのこと好きだよ」
「……」
「あゆみさんと結婚しちゃったけど」
「……」
「学生の頃の谷村さんはすっごくモテてました」

ああ、そうでしょうね。
オレとは違うってわかりますよ。

「あゆみさんは無茶苦茶でしたよ」
「……」
「だますようにして婚約させちゃったんだから」
「だます?」
「あゆみさんはね、学生時代から、その恋多き女ってヤツだったみたい。お姉ちゃんは言ってた。でも、そうじゃないの。お姉ちゃんのことを気に入ってアプローチしようとする男を掠め取っていたと思う」
「……憶測にしてはアレだね」
「だあって、あゆみさんがいいなーと呟いていた男は。お姉ちゃんに一度はアプローチを試みる男だったんだもん。そういう男が現れる度に、あゆみさんはその男の人が気になるから協力してって云うのよ」
「……」
「相手はおねえちゃんに電話してきてんの、デートに誘ってんの」
「でも薫さんは自分へのアプローチとか思ってないんだよね」
「そうなのよ! あゆみさんのことが気になるから、親友の自分に電話してきてんだなーぐらいにしか思ってないの! だって常にあゆみさんが先手を打つから! 男が先にさっさと告ればいいのに」

いやあ、オレは勢いで告白しちゃったけど、でも、勢いでもつかない限り、薫さんには告白できないな。
過去の、薫さん狙いの人たちだって、そうだろう。
男って意外と繊細だぞ。つうかオレだけか? この気の小ささは。

「谷村さんもそのパターンだった。あゆみさんは、どうやって谷村さんをその気にさせたのか知らないけど、でも既成事実ができましたっていってお姉ちゃんにあきらめさせたんだから」
「……既成事実」
「子供ができたみたいって、云ったのよ」
「……つまり谷村氏とあゆみさんはそういう関係になったと」
「谷村さんは否定しなかったんだって。でもそんなの嘘っぱちだったんだから。猛スピードで双方の親に会って、結納してから、体調を崩してただけで、子供はできてなかったって言ったらしいわ」

ひでえ。
ちょっと谷村氏に同情。
計算高い女性に漬け込まれて押し切られて、そんでもって退路を立たれたってとこか。
あの女性、そんなっことやっちゃった人なんだ。
……そうなると、やぱりいつぞやの薫さんのことはアレだよな。
谷村氏にしてみたら、本当は欲しかった女性が一瞬でも手には入れば、どうにかして繋ぎとめておきたいもんなー。
てっきり遊びかなんかだと思っていたけど、浮気心じゃなく、その場かぎりの言葉じゃなくて、事実そういう過去があればなー。
やけぼっくいに火というか……。
……気持ちはわかる。
わかるけど、薫さんは譲りません。



結局、オレは薫さんの病室に戻って、顔を見せてから、家に戻った。
夕食の支度をしていると、倉橋が休日出勤から帰宅。
ダイニングテーブルの上にならぶのは、ホッケ焼きにほうれん草のおひたしと茶碗蒸し。お味噌汁はなめこと豆腐。先日のすこし余ったサトイモとイカの煮物も出しておいたら、倉橋はうっとりとした顔をする。
「いいなあ、コレ」
「そうか。風呂も沸いているけど、どうする?」
「おま、ホント完璧だよな、これでエッチもつけばマジ結婚するわ、俺」
「……倉橋、日本じゃ、男同士は結婚できねえんだよ。しかもオレ等の間にラブはねーし」
「そう、俺の一方的な片想い」
「片想いねえ」
オレがしみじみ呟くと、倉橋は目の前の食事と、風呂とビールとどれにしようか目移りしていた。
「先に風呂入ってこい、グラスもひやしといてやる」
オレがそういうと、倉橋鼻歌まじりに浴室へと歩き出した。
そしてリビングのドアから美緒子ちゃんが顔を覗かせる。
「突撃となりの晩御飯〜!」
「……」
「今日は和食〜!!!!」
「……」
「どったの? 元気ないね誠ちゃん。この美緒子ちゃんが聞いてあげよう。てか、薫ちゃんに振られたら、云いなさい、全身で慰めてやるから」
全身でって……。
「全力でだろ。たく。その日本語はどうかと思う」
オレは溜息まじりに呟く。
美緒子ちゃんは手づかみで胡瓜の浅漬けをつまむ。
ポリポリという音がダイニングに広がる。
勝手知ったる他人の台所。
冷蔵庫から発砲酒を取り出して、彼女はプルトップを引いた。
パシュっというその音と同時に、オレは呟いていた。

「過去の恋愛って引きずるもんかね」

美緒子ちゃんは咽喉を鳴らして発砲酒を流し込む。
ぷっっはあと親父のような奇声をあげて美緒子ちゃんは云う。

「誠ちゃんだって、振られたときに引きずったみたいじゃん、自分のオタクな生活を変えるほどに。でも、今はどうなのさ」
「……」
「ちゃんと、新しい恋愛しようとしてるじゃん。そういうことでしょ」

そう云われちゃうと、そうなんだけどさ……。