Delisiouc! 23
「降矢ー、例のメニューとおったから。クライアントと打ち合わせ明日でいいか?」
大垣主任に声をかけられて、オレは「はい」と答える。
イタリアンの店舗で、新しいドルチェを企画しなければならなくて、尾崎さんとオレが互いに何点か企画を出したのだけれど、それが通ったらしい。
「降矢君レシピ完璧だよねー、イラストも綺麗だしさ」
「そ、そうかな」
尾崎さんは製菓の方が専門、オレの方でもコレ作りたいなーって案がいくつかあった。
発案とかの量は断然尾崎さんが多くて、オレはそこからピックアップしてレシピをつめていく方法を今回とってみた。
ティラミスが非常に美味いイタリアンの個人店舗なんだけど、他にもフルーツを使ったドルチェを出したいらしくてうちの会社へ依頼があったんだ。
「あーあるある、あたし降矢君のイラストみると、美味そうとか思うよー」
「ほんと、よくこっち(開発)に回ってきてくれたよねー」
「そこは、深澤課長に大感謝だな」
大垣主任がそういうと、ドキリとした。
そんでもって、大垣主任はニヤニヤしてる。
開発に来た時の歓迎会でばれてんだよね、大垣主任には。
オレが深澤課長のことを好きだっていうのは……。
「深澤課長といえばー、大丈夫なんですかー?」
「どうなんだろうな。俺は見舞いに行ってないからわからないけど」
薫さんが……深澤課長が入院したのはもうみんな知ってる。
大垣主任はどうなんだよと言う視線をオレにぶつけてくる。
や、や、やばい……どこまで感づいてンだろう。
オレは片想いってだけでも(いや両想いって実感わかないし)オープンにする気はないですから、そういうのやめてくださいよ。
確かにオレは弄られキャラ数十年ですから、何をからかわれても全然OKですけどね、彼女に迷惑かけられないし。
「……」
オレはレシピを見直して書類整理に夢中になっていると視線はみんなオレの方に向いてるし……。
「な……なんで、オレを見んの?」
「えーだってー降矢君課長ラブなんでしょー?」
「はあ?」
な、なんで尾崎さんがそれを知ってるの?
オレは大垣主任に視線を向けるが、大垣主任は自分じゃないよと首を細かく横に振ってるし。
「だってー歓迎会の時ー課長呼んだじゃないですかー」
「そーそー、すっごく嬉しそうだったしー」
「降矢君にしては、お洒落してたしー」
背中に冷たい汗が走るって、こういうことをいうんだ。
オレ、人に注目されるタイプだと思ったことは生まれてこの方ないからさ。
そういう目もないと思ってたんだよ。
だから、学生の時だって、好きな子がいてもクラスの男子にだってバレたことなかったしさ。
「降矢君がー課長ラブなのはーほらー先日アレでもそうだったじゃーん」
「ああ、キッチンスタッフが来なくて代わりに助っ人をかってでたヤツね」
「あれはその気がなくても、なんかときめいちゃうよねー女子としてはさー」
「ねーねー。課長は降矢君の気持ち知ってんのー?」
尾崎さんと小野さんがオレを見る。
ああ、なんかこのデジャブ、アレだ。
倉橋と美緒子ちゃんに詰め寄られるアレと似ている。
なんだって仕事場でも家でもこーなるんだよ。
「課長はワーカーホリック的なところあるからあ、気づいてないんじゃないの?」
「あー降矢君、片想いかあーガンバレー」
オレは机につっぷした。
もうやだ、なんでオレの恋愛事情が同じ部の女子にダダモレなんだ……。
「お見舞い行ったー?」
「尾崎さん小野さん仕事してくださいよっ!」
猛烈な勢いでレシピデータ入力をしながらオレは叫んだ。
電話連絡を受けて、すぐにでもお見舞いに行きたかったんだけど、面会時間が厳守だから行けなくて。ここ数日残業とかで遅くなったりしてやっぱり行けなくて。
数日の残業は倉橋にも知らせているから、今日あたりにもお見舞いに行こうとは決めていた。
が、その微妙な時間に電話がかかってきた。
倉橋から。
「今日はどうなんだよ、帰宅時間」
「9時には戻る。冷凍庫に炊き込みご飯があるよ。オレちょっと病院行くから」
「はあ?」
「病院って何?」
……携帯から倉橋以外の声が聞こえてきた。
美緒子ちゃんだ。一緒なのか。
「あ! 薫ちゃんね! そうなのね!? あたしも行く! 慎司も行くわよね!」
大勢で押しかけたら迷惑だろうが! って大声で叫びたいのを我慢する。
わかってるわかってるさ。だいたいオレが美緒子ちゃんに口で敵うはずがないんだ……。しぶしぶ病院を教えてそこに7時に待ち合わせすることにした。
美緒子ちゃんは小さなブーケを持って病院前に立っていて、並び立っている倉橋もイケメンだから、絵になるカップルがいるなあという状態で行きかう人やエントランス前に並ぶタクシーの運転手の注目を集めていた。
二人とも、本当はオレを外食に誘うつもりだったらしい。
「コレ、ちゃんと薫ちゃんに渡すのよっ!」
手にしてたブーケをオレに差し出す。
「……美緒子ちゃんがあげて。喜ぶから」
「……んー」
「な、なに?」
「余裕を感じるんですけど」
余裕なんてないよ。ただ美緒子ちゃんは元気で明るいから、それを分けてあげるカンジで渡して貰えればいいかなって。
スタッフステーションで病室を教えて貰って、案内されたのは二人部屋だったけど、部屋の外にあるネームプレートは彼女だけだった。
ドアは引き戸式で開放されていてカーテンでスペースを仕切っていた。
「こんばんわー」
美緒子ちゃんがひょいとカーテンの端からベッドへと顔をのぞかせる。
「あら。美緒子ちゃん……きてくれたんだ」
「うん、慎司と誠ちゃんも一緒なのー」
オレもそっとカーテンからベッドへ視線を移す。
彼女は思ったよりも元気そうなんで安心したんだけど……。
それは表情なだけ。
痩せた……この人。
ああ、ごめんなさい、ほんとごめんなさい。こんなに痩せちゃってんのに無理させたんだ。オレ……。
そして、ベッドサイドに立っている女性に気がつく。
年齢は20代……オレか美緒子ちゃんぐらいか……。
「あ、妹の舞」
紹介された妹さんは俺たちに頭を下げる。
そしてやっぱりというべきか、オレにはちょっとだけ視線を向けて、そらして彼女の視線は倉橋にいってる。
美緒子ちゃんはそんな妹さんに、ぶしつけな視線をぶつける。倉橋に気がある女を牽制したいのかなとも思った。なんだかんだいって、倉橋のこと好きなのかなとも。
だからほうっておくことにした。
「課長……大丈夫?」
「うん」
「あ、それ、今度の仕事の資料じゃないですか、駄目だよ。課長が仕事好きなのはわかるけれど、今は休養。元気になってから思いっきり仕事したほうが、効率いいから」
「……でも……忘れそうなんだもの」
「大丈夫、課長は頭いいから忘れない」
彼女ははにかむように笑う。
あー、この笑い方、好きだ。いい。萌える。
そんなことをのんびり思っていたら、奇妙な視線を感じて顔をあげる。
ベッドサイドにいる妹さんが倉橋じゃなくてオレを見ている。
さっきまで倉橋のこと見てたのに……。
「……違う……」
「?」
「絶対、こっちじゃなくてこっちでしょ!?」
妹さんはオレを指差してから倉橋を指差す。
「お姉ちゃん、なんでっ!?」
「舞」
薫さんは妹さんを嗜めるように呼ぶ。
その様子に、美緒子ちゃんは妹さんをじっと見る。
「お姉ちゃんの趣味じゃないわっ!」
趣味じゃない……そ、それはオレのことですか?