Delisiouc! 24
中学生の頃。
オレは、別に好きでもなんでもなくただ、相手が女子というだけで、挨拶一つ緊張してできなくて、当然そんなんだから、プリント一枚手渡しするだけで緊張してあわあわしちゃって。
そんな態度は男子はもちろんだけど、彼女以外の女子にもバレバレ。
男子は別にそういうオレの態度には何も言わないけれど、女子にはただひたすら気持ち悪がられていたと思う。
見てないと思って影でこっそり、「キモイ」そして正面きって「ちょっと! のび太」とか言われて「のび太」の後に、なんともいえないクスクス笑いが後についてきていた。
そんなオレだったから、もうずっと、女子は怖くて駄目だった。
今、オレの目の前にいる深澤薫さんの妹さんの表情も態度も、その時の女子生徒達を彷彿させるものだった。
「ありえない……」
「……」
「……」
「……」
オレは彼女が何を言いたいのかわかる。
自分の大好きな姉の、彼氏というか付き合っているかもしれない相手が、「オレ」なのが認められないのだ。
まあ、オレが女子なら、そのリアクションはわからないでもない。そしてオレが多分女子だとしても、やっぱり男子からは「ありえない」の対象ではあるだろう。
彼女の言動に美緒子ちゃんも唖然としていたみたいだ。
そうだよな、普通はもう影でこっそり思うだけで表面にはださないだろう。
「……舞。いい加減になさい」
「何よ、だって、信じられない。ありえないし! ずっと実家には音信不通で、連絡があったと思ったら入院で、付き合ってる彼氏は学生でっ!」
若いって思われているのには喜んでいいのか落ち込むべきか……。
スーツ着てるのに学生服に見えるのかオレ……。
「失礼な子ね、薫ちゃん、ほんとにこの子。薫ちゃんの妹なの!? 信じられないっ!! こっちの方がありえないしっ!!」
美緒子ちゃんが腰に手を当てて、妹さんを見下ろす。
モデルだからなあ、女子なのに身長はオレと同じぐらいなんだよなー。
妹さんは美緒子ちゃんを見る。
美緒子ちゃんは、負けてない……てか……当然勝ってるし、怖い。
美人だしスタイルいいし、高身長。
妹さんを頭の先からつま先まで値踏みするように睨み付ける。
「慎司によろめくなら別にとめやしないけどね、誠ちゃんを知りもしないで見下げるなんて、十年早いのよっ」
倉橋によろめくのはいいのか。
でも実際、美緒子ちゃん倉橋に寄ってくる女も、そのルックスで追い払ってますが。
「誠ちゃんはね」
美緒子ちゃんはオレの腕に自分の腕を絡ませる。
「蕩けちゃうぐらい、すっごくおいしんだからっ!」
……料理がね。ってフォローしてくれないと怪しい台詞ですが美緒子ちゃん。
「手放したくなかったけれど、相手が薫ちゃんだから、泣く泣く手を引いたのよ、あ、た、し」
「美緒子、あらぬ誤解を深澤さんに与えてるぞ」
「うるっさいわね、慎司は黙ってなさいっ!」
キッっと倉橋を睨みつける。
いや、うるさくない。誤解されるのだけは勘弁して、ていうかさ。
「美緒子ちゃん」
オレがよびかけると芝居がかったように、俺を見る。
「なあに? 誠ちゃん」
声まで作ってるし。べたべた甘えてるっぽい声で。
これがオレじゃなきゃ、デレデレになるな。
オレは美緒子ちゃんの美貌にも性格にも免疫ついてるから、冷静に言える。
「病院なんだから静かにしようね」
美緒子ちゃんは「チッ」と舌打ちをする。
「わからん子ちゃんに説教してやろーとしてどこが悪いの」
「同じレベル、同じレベルだからお前」
倉橋に突っ込まれて、美緒子ちゃんはプウと頬を膨らます。
「舞もよ。もういいから、お父さんとお母さんにもそう伝えて、あとは自分でなんとかできるから」
「着替えとかは?」
「なんとかなるから、いいの、入院の保証人が必要だから連絡しただけだし」
「こっちは心配してるってゆーのに! 知らない! もう、お姉ちゃんのバカ!」
そういうと、妹さんはバッグを持って、病室を出て行ってしまった。
薫さんは深いため息ついて俺を見上げて呟く。
「ごめんね」
「……ううん……」
「こっちが大勢でおしかけて、騒ぎ立てたから……妹さんもちょっとびっくりしてたんだろうし……」
「ほんとに妹〜? 似てないしー。妹が生意気なのはどこのうちも一緒かあ」
「美緒子ちゃんのところも妹いるの?」
「うん」
それは初耳。
「で、具合は……」
「うん……薬がよく効いてるみたいで、手術はしなくても済みそうなの」
「よかった」
「ごめんね……降矢君」
謝ってばかりだな……薫さん。謝らなくていいのに。
「謝らないでいいから、オレのこと、こき使うカンジで、なんでも言って」
「仕事だったら遠慮はしないんだけどね」
「仕事モードでいいから。だって仕事、好きだもんね? 早く仕事に戻るには早く治さないと」
「……うん……」
「あんまり遅いと具合が悪くなるから、オレ達これで帰りますね、またくるから」
「うん」
「そーよ、着替えとか、あたし用意してあげる」
「美緒子ちゃん、ありがとう」
「退院したら、回復祝いしようね。誠ちゃんはあたし達に内緒で、消化器に負担のかからない料理研究中だし」
何故それを知っている?
オレがびっくりして美緒子ちゃんを見ると「知らないと思ったデショー」なんて呟いているし。
「何かあったら電話ください。待ってますから」
「ありがとう……ご」
「ごめんねは言わないで」
遠慮とかしないで。
「妹の件も、ごめん」
「いいよ、慣れてるから」
女子から別にキモイとかダサイとか、そんな言葉言われるのは慣れてるし。
面と向かって言われたことは、ないけれどね。影でこっそり言われてんだろうなーとかは感じてたし。
「あたしら先に降りてるよー」
倉橋の腕を引っ張って美緒子ちゃんが病室を出て行く。
二人がでていったのを確認して、俺はベッドサイドにちょっと座る。
「妹とは年齢が離れてるでしょ、甘やかされてて」
「薫さんも甘やかしたんでしょ」
「……わかるの?」
「なんとなく、そんなふうに見えた」
「すごいなー、わかっちゃうんだ」
「好きな人のことだから」
そういって、誰も見ていないのをいいことに、オレは彼女を抱きしめる。
「ごめん、お風呂入ってないから、くさいかも」
「全然、っていうか薫さんが、オレにギュウされるの駄目?」
「そういうわけじゃ……」
じゃあ。いいよね、ギュウってしても。
「本当に自信ないからさ、オレ。薫さんにふさわしい男じゃないのは、自分でもよくわかってる。妹さんの『ありえない』って言う言葉は間違ってないよ。オレが女だったら、オレより倉橋を選ぶだろうし」
「でも、私は、キミを選ぶよ」
「……」
「キミ自身、キミの良さを気がついてない」
抱きしめているオレの背中に腕を回して彼女はいう。
「優しさとか、素直さとか、男の子にしてはね、そう云う部分が表面に現れてるのわかってないでしょ?」
抱きしめているのが、オレだけじゃない。
そう思うと、さっきの凹み具合からちょっと気持ちが浮上する。
女の人の腕の力なんてオレなんかより断然頼りないけれど、暖かくていい。
「そうなの?」
「無自覚なんだタチ悪いなー。天然だもんね、降矢君」
「だけどなあ、それって美点じゃないかも」
「……なんで?」
「男らしくないでしょ」
「こだわるね」
「……まあ、そりゃやっぱり……」
「でもね、癒し系男子は、貴重なんだよ」
癒し系……うーん。
「素直になれるの、キミと一緒だと」
「幸せ?」
コツンとオレは彼女のおでこに自分の額をあてる。
「うん。幸せ」
ほらね、素直に言えると、彼女は呟く。
「キミの包容力は思ったよりあるんだってば、私をこんなに弱くするぐらいに」
そういった彼女の唇に、自分の唇を重ねた。