Delisiouc! 7




25にもなって、こんな高校生みたいな気持ちになるとは思わなかった。
今、オレの隣りに座っている人は、年上で、綺麗で、仕事もできる。
「オレみたいな男に、好かれたら、相手きっと迷惑ですよ」
深澤課長は、箸を受け皿に置いてオレの言葉を聞いてくれる。
こんな女性は、他にいないと思う。
「降矢君を見てると、昔の私を思い出すな」
「……」
「恋愛は全然ダメだった。女性としては華がないタイプだったしね、他にアピールすることもなくて仕事だけしてきた―――――」
そんなの想像できない。
「で、仕事で評価され始めると。若い女性社員からは、反感を買うわけだ、ちょっと注意したぐらいでね」
「……なんでも、持ってるように見えるから……」
「?」
「課長はなんでも持ってるように見えて、羨ましいって思ってる」
「やーね、仕事以外は何もないのに」
ドキンとした。そんな、課長は本当にオレと同じなのかな。
仕事しかないなんて、見えないよ。
取引先の店のオーナーとかコックが課長贔屓で、仕事のアドバイスは課長からじゃなきゃ、繋がらないとか訊いたことある。
確かにそれは仕事絡みだけどさ。きっともっと個人的に言い寄ってるヤツだってきっといる。
「若くて、綺麗でカワイイ、この単語があれば無敵なのよ、女子社員は」
「課長もそうです」
「?」
「無敵だなって」
課長はスーツのポケットをパタパタと掌で押し当てる。
何してるの? 
「何もでないよ」
お世辞と受け取られたのかな。
お世辞なんか言えるほど、オレは器用じゃない。
「すごく褒められて嬉しいけれど」
ああ、そんなお世辞なんかじゃなくて。本当のことを云ってるんだけどな。伝わらないもんだな。
でも、こんな風に、傍で会話できるだけでも今日はすごく嬉しい。
出来れば、今日だけじゃなくて、これからもこんな機会があればいいな。
その為には。やっぱり仕事だろ。この人に認めてもらえるように。

「じゃ、一緒に仕事してください」

課長をもっと知りたいです。

「どーよ、深澤課長、降矢のこの可愛さは」
ガシイっと大垣主任がオレの肩を叩く。
「あら、随分と気に入ったのね、大垣君」
大垣主任、もしかして、老酒で酔っ払ったか!?
「真面目だし、可愛いし、これが女なら口説くだろー」

はいいいいい!?

これを横で聞いていた女子社員がキャーと言う。
いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! そういう発言は誤解を招きますから!
「や、でも、オレ、男なんで」
「引っ込み思案なところが、女子っぽいんだよ」
そうなの!? もしかして、オレが今までキモイって云われ続けたのはそこ!? 
オネエ系に見えてキモイってこと!? そこを無自覚で、通してきたからキモイの?
今までそうとは思わなかったけど、そうなの!?
これを隣にいる課長に尋ねていいものか?
もしも尋ねて、間髪いれずに、そうねと頷かれたら、オレは立ち直れない。
けれど、この場を持たせるためには云ってみる? 云っちゃうか? そうじゃないと収拾つないだろ。

「そんなに、オレはオネエ系ですかね」

ううう。深澤課長、なんでそんなに可愛く笑うですか―――――!?
超ヤバイだろ心拍数が臨界点突破しそうな勢いなんですが!!

「降矢君は、可愛いね」

今ね、もうね、胸に矢が刺さってます。キュン死する。
オレの頭の中はかなりイカレ気味だろう。
こんな風に笑ってくれるなら、もういっそオネエ系でもいいです。
「あーでもー、降矢さんはーオネエ系じゃなくてー乙女系?」
「それだ!!」
尾崎さんと小野さんがキャーと両手を組んで叫ぶ。
乙女系……。
「絶対乙女だよねー!」
そっか、オレには男らしさは皆無か。
いっそその路線で突き抜けたキャラを演出したら、キモイは作られたものだと周囲が納得するだろうか? いやしかし、それはマジでオレがそっち系と認定されてしまうだろう。
いいよ、もう、オネエだろうが乙女だろうが。
「まあ、料理人は総じてキャラクターが濃いから」
深澤課長が云う。
「普通の会社員タイプの男性とはキャラ違うでしょ。個性的だしね」
「でも、気が荒そーなヤツが多いじゃないっすか、降矢は異質」
あーまーそう見えるか。
オレも夜学に通ってると、もうコワモテの兄さんとかも結構いて、最初はびびったけど。
中身は結構いい人なんだよ。そういう人って。
腕がものを言う世界だからなあ、料理人は。
普通のサラリーマン的な性格の人間はあまりいないもん。
「こういう仕事をしていると、ほんと、何もわかってないくせにしゃしゃり出てくるなとか、云われるし」
和田は云われるな。見るからに営業マン的な語り口は店舗オーナーには好感持たれても、厨房スタッフには反感買いそうだもんな。
「でも、課長ならやり込めちゃいますよね」
和田が云う。
いや、そうだろうけどさ。
和田の言葉訊くと、さっき課長の言った言葉がなんだか切なくなるな。

―――――――女性として華はなく、恋愛ごとは全然ダメで、仕事だけしてきた。

課長もオレと同じぐらいの時は、恋愛したんだろうか。
オレは課長の横顔を見る。
笑顔が、泣きそうな気がするのは、オレの気のせいだろうか。
オレの隣りに座る彼女は、何もかもを持っているように見えるのに、どうしてそんなに泣き出しそうな表情で笑うんだろう。
オレがこの人に会って、この人をずっと見ていて気になっていること。
……もしかしたら、和田みたいなタイプに気持ちが惹かれたりしたんだろうか?
てか和田が好き!? なことはないとは思うけれど。
でも、今は恋人もいる雰囲気は……ないよな。(見合い断るぐらいだし)
お見合いだって、仕事を辞めるというなら断るって、先方に云っちゃうぐらいだもんな。
そうやって仕事を優先して、現在のポジションを手に入れた。
今の彼女を見る限り、彼女の過去を想像できない。

―――――降矢君は昔の私に似ている。

自信がなくて、恋が叶わなくて。そんな日々があったのだろうか。オレみたいに。
オレが男として周りに認められてないと同じように、この人が女性として認めてもらえなかったなんて。信じられないけれど。
でも、似ているなら。
オレはこの人みたいに、仕事で認められるようになれるかな。

「オレも頑張って、いい仕事しよう」
「よく云った! 降矢、飲め」

だから、大垣主任、背中をバンと叩くのはちょっと勘弁してください。
オレがむせると、みんな笑う。隣りに座ってる深澤課長も。
今度は、取り繕った笑顔じゃない。それを見て、オレはほっとする。
いいさ。誤魔化すための笑顔じゃないなら。おかしいなと思って笑う笑顔なら。
どんな道化もオレは厭わないよ。
キモイでも、オネエでも、乙女でも、構わない―――――……。
だけどオレが仕事で頑張って、あなたに認めて貰えたら。
その時は告白してもいいですよね?
好きだって告白しても、多分きっとオレの気持ちは届かないってわかってるけれど。

片想いの資格をオレに下さい。