Extra ピッチャー荻島3




「ストライク!」
キャッチボールのスピードで投げたストレートど真ん中を、バッターは見送った。
多分さっきのデットボールを警戒して、どんなボールが投げられようと、打つなと相手チームの監督から指示があったのだろう。
それなのに、試合で初めて投げて決まったストライクに、ヒデはちょっと感激しているみたいだ。

――――表情に出過ぎだって。じゃあ、気持ちよくストライクが決まったところで、もう少しコントロールを見てみるか。

外枠に大きくミットを構えて、ストレートを投げろとサインを送る。
さっきの様子見で、ヒデの急速なら打てると踏んで、次は振るかもしれない。ヒデはトーキチのサイン通りに、外枠にストレートを投げる。
バッターはそれを思いっ切り振ってストライク。
ミートしても、そうそう遠くに飛びそうもないと踏んで、トーキチはもう一度真ん中に投げてよこす様にサインを送る。

――――ヒデの性格だと、ストライクが立て続けに決まって、調子こいて、もう少し、球速が上がるハズ。

ど真ん中に投げさせても、そんなに大きくはあがらないだろうというトーキチの読みがあたって、打たれたはしたものの、ピッチャー正面。
うまくキャッチしてファーストに送球し、ファーストも二塁へ送球。
さっきのデッドボールが効いているのか、ランナーの脚は二塁でさせた。
これでツーアウト。

「いいぞー、ヒデ、ナイスピッチ」
「打たせてけー」

野手陣の声にヒデも「ツーアウトー」と声を上げる。

――――さて、どうするか。一球外してみるか。

ストライクゾーンを大きく外した高めの外側に、ミットを構える。
ヒデのコントロール、本当はいいハズだとトーキチは構えて思う。
ずっと一緒にキャッチボールをやってきた。
ヒデがリトルに入る前。
ごねて、ピッチャー気分で投げたいって云った時もあり、トーキチがキャッチのマネごとをして投げ合ったこともある。
ピッチャーのコントロールは重要だと、トーキチが口酸っぱくヒデにうんちく垂れたことはヒデだって憶えているはずだ。
相手が振るかどうか。
とりあえず、一球は外す。
バッターは高めの大外のボールを振ってきた。
バットの先端に当たり、ラインの外側に転がってファール。

――――はー今のを振るのかー。あんまりボールを見てないんだな―。

トーキチはマスク越しにバッターを見上げる。

――――いいぞ、ヒデ。最速で投げてこい。

トーキチのサインを見てヒデは思いっ切り振りかぶる。
投げたストレートはバスンとトーキチのミットに収まる。
相手はまたも大ぶり。
ツーストライク。
バッターが構えた瞬間、ヒデはまた、同じ場所へ投げる。
サインが出た瞬間に、ワインドアップでど真ん中ストレートを投げる。

「ストライク! スリーアウトチェンジ!!」

審判の声に、ヒデがぱあっと表情を明るくする。

「ナイスピッチ! よく投げたヒデ!!」
「よくやった!!」

内野陣にグラブでパンと背中を軽く叩かれて、ベンチへ戻る。
そして、ベンチに戻ると、ヒデはトーキチを見る。
「何?」
「オレ、ちゃんと投げれてる?」
「スリーアウトとったっしょ」
「だけど〜そーじゃなくってさー」
「打順、ネクスト」
「おう!」
トーキチが云うと、バッドを手に走って行く。
その後ろ姿を見て、トーキチは溜息をつく。
「藤吉」
監督に呼ばれて、マスク以外の防具はしたまま、監督の隣に座る。
「どうだった?」
「……監督はどう見たんですか」
「お前、ほんと、生意気だなー」
拳でグリグリと頭を小突かれる。
「監督、あたし、卒団するまで、マウンドは譲りませんよ」
「……」
「女子で野球なんて、今の時期だけで大人になってまでできるわけがないんだから、意地は通させてもらいます」
「わかったよ、俺もお前には甘いんだ」
「ですよね」
「辞めろって云っても辞めないだろうしな」
「卒団したら、辞めるんだから、ちょっとぐらい我儘云ってもいいでしょう」「わかってるよ。けど、ちょっと聞いておきてえんだよ」
「何ですか」
「ヒデのピッチングさ。お前、どう思った?」
「普通」
「普通かよ」
「今は、普通ですよ」
――――今は、普通。でも……。
バッターはフォアボールを選んで出塁。
ノーアウト一塁。
そこに、梅の木ファイターズの主砲、荻島秀晴がバッターボックスに入る。
後姿で、表情は見えないが、トーキチには手に取るようにわかる。
ヒデはこのゲーム、楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。
憧れのマウンドに登って、抑えて、そして次はバッティングだ。

「監督がヒデをピッチャーにしたい気持ちはわからなくないですけれど」

相手チームのピッチャーが投げる。
初球を思いっ切りミートして、カキンという金属バッドの快音と共に、ボールはレフト方向へ。
野手の頭を軽々超えていく。

「ヒデ!」
「よく打った!!」

一塁ランナーがホームへ。
ヒデが片手でガッツポーズをしながらベースを蹴る。
監督とトーキチはその様子を見つめる。
高々としたホームラン。
監督とトーキチの会話なんてもう選手たちは聞いてない。
ベンチから出て、ホームを踏んだヒデをハイタッチで出迎える。
その様子を見ていた監督とトーキチに気づいて、ヒデはトーキチが上げた手の平をパンと叩く。

――――コイツにマウンドを任せたら、誰がウチのチームの打点をあげるんですか?

トーキチの視線がそう云っているので、監督はわかったみなまでいうなというふうにトーキチの肩をポンポンと叩いた。