Extra ピッチャー荻島2




試合でマウンドに立つことはあった。
でも、それはキャッチャーとして、エースに話しかける時だ。

――――ピッチャーは憧れのポジションだもんね。

努力をして、女ながらそのポジションを勝ち取ってきた幼馴染は語る。
――――ヒデちゃんのやりたい気持ちはわかるけど、いっぱい努力しなきゃなれないよ。
――――なるよ、オレ。
――――あたしも、ピッチャーになるもん。
――――オレもなる〜っ!
まだ小学校に上がったばかりの頃の会話。
結局、リトルに入れたのは小学校5年の時だった。
一緒にずっと野球をやってきたけれど、トーキチに叶うところはないような気がしていた。
マスクを被ったトーキチが、軽く投げろと合図を送る。
入れ換わったポジションに違和感を覚えるものの、いつもどおり、キャッチボールと思えばいいと納得する。
ストライクゾーンを大きく外れて、トーキチのミットに収まる。
その一球の様子を見て、内野陣は、

―――ノーコンすぎるぞ……ヒデ……。

勢いがあるのか肩に力入りすぎているのか、多分相手チームのバッターも同様に思っている。

――――トーキチのコントロールがなまじいいだけに……。
――――他のヤツが投げるとその荒さが目につくなあ。
――――三倉は控えなんだが、あれはあれで標準値かあ……。

そんな内野陣の心の声がプレッシャーになったようである。
試合再開でバッターがボックスに入る。
トーキチはサインを出す。
ストレート、ど真ん中。
ヒデはサイン通りに投げる。
が。
ボールはバッターのわき腹に直撃。

「デットボール!」

マウンド上でサーと血の気が引いたヒデは帽子をとって深々と頭を下げる。
トーキチは審判にタイムを云って、マウンドに上がる。

――――やっちまったよ! ヒデのアホ!!
――――バッテリー同志で乱闘とかはねえよな!?
――――お願いだから、試合中止とかは辞めてくれえ。

内野陣も慌ててマウンドに走りだ外するけれど。トーキチは大丈夫だからと手で制する。
ヒデもその仕草に、咽喉が渇くのを憶える。
マスクをかぶっているので表情は近づくまで見えなかった。
てっきり、「てめえ、このノーコンがサイン通り投げろっつったろーが!」ぐらい怒鳴られると思ったが、意外にも、そんな怒っているいような表情でもなかった。

「ヒデ、アンタさ。云ったじゃんよ。キャッチボールでいいから」
「打たれるだろ」
「打たせろ。みんながとってくれる」
「……」
「あんた、みんな信じてないの?」
「それは、ない」
「でしょ?」
「キャッチボールでいいんだな? ほんとにそれでいいんだな?」
「いいんだよ」

――――相手チームの親に文句つけられるよりは、いっそお前は、打たれてろ。

「アンタ最後まで投げていいから」
「いいのか?」
「いいよ、ただしサイン通り投げろ、外と内ど真ん中のストレートだけでいいから。ミットに収まるように投げろ」
「わかった」
「どーしても投げにくいなら、どっかのキャッチャーみたいにキャッチャースチールで投げてもいい、あたしが許す」
その発言に、ヒデは噴き出す。
二人で読み漁った某野球漫画のワンシーンを云ってるのだ。
「ないから! それはないから!」
ヒデが否定すると、トーキチはにやりと笑って、グラブでヒデの胸を軽くたたいて、背を向けた。そして、ちらっとベンチへ視線を投げ、マスクをかぶり、ボックスへと走って行く。
デットボールで出塁した相手チームのランナーに、ファースト岡野がスミマセンとか謝っている。

「プレイ!」

深呼吸をして、ミットを構えるトーキチを見る。
やっぱりど真ん中ストレート。
相手バッターはさっきのデットボールを見ているから、初球はバットを振ることはないだろう。
ヒデのコントロールが悪いと思って、警戒もするはずだ。

――――ヒデ、コントロール悪いって、ウチのメンバーも今のデットボールで思ったかな……。でも、コントロール実は悪くないんだぞ。

牽制球だって上手いんだから、投球事態は悪くない。
もしかしたら、今は、多自分よりもボールスピードはあるんじゃないかとトーキチは思う。

――――去年と比べると、背も伸びてるし。くっそ羨ましい。

女子であるトーキチは望んでも手に入らないモノを、ここにいる、トーキチ以外のメンバーは持っている。

――――あたしもみんなとずっとこうして野球やってたいよ。

期間限定故に、こだわる勝ちへの執着。

――――ヒデに投げさせて……勝ってやる。

トーキチはポジションにつくと、今度もど真ん中のサインを送る。
キャッチボールのスピードでど真ん中なんて打たれるに決まってる。
トーキチの出すサインに思わず首を横に振りそうになるが、マスク越し、そして距離があるにも関わらず、サイン通りに投げろのオーラが見える。
トーキチはみんなを信じろと云った。
――――オレも信じるしかねーよな、トーキチをさ。
サイン通りに投げるべく、ヒデは振りかぶった。