微妙な距離のふたりに5題 慌てて離した手




吉住に握られた手を、あたしは慌てて離した。
いつものように、部活の帰り道のこと。
何気なく、そんなふうに、握るし、あたし自身もあんまり気に留めていなかったんだけど。
今日の部活中に言われたことが、ふいに思い出された。

「前から訊きたかたんだけど、吉住君とつきあってるの?」
部活中、同じ1年女子から訊かれた。
「ど、ど、どうして?」
「その……だって、手を繋いで帰る時、あったりするじゃん」
ドキンとした。いや、それは確かに……たまにあるんだけど。
「吉住君、好きな子いるって、云ってたけど、陽菜ちゃんじゃないの?」
「いっ!!」
「どうなのよ、実際のところは」
「いや、うちら、女子バス部員は応援するよ、てか、頑張れ」
「だけど、ほんと、吉住君目当ての子はたくさんいるからさー。ハッキリさせた方がいいよね」
「……は……はっきり……て?」
「だから、付き合ってるなら、付き合ってるってさ」
「そーそー。期待しちゃうもんね。吉住君がフリーならさ、彼女になりたい子はけっこういそうだし。1年の中でも、人気あるから」
「だ、だって、吉住は、結構愛想はよくないし」
「えー、さりげなく優しいとこあるじゃん」
「覚えないのかなー?」
う……みんなニヤニヤしてる。
「自主練につきあってくれたり?」
「アイス奢ってくれたり?」
ひー!!
なんでそんなところまでチェックしてるの!?
みんな見ない振りしてただけで、実際は見てたんだ!!
あたしは自分の顔に頭に、血が上って、熱くなるのがわかる。
鏡を見なくてもきっと真っ赤だ。
「ほら、そこ、お喋りしてない。パス練する!」
笛の音と先輩の指示で、その話しは終った……。

それを思い出して、吉住の手を離してしまった。
吉住は、あたしの顔を見て、「そうか」と小さく呟くと、さっさと男子バスケ部の先輩達と肩を並べて、歩いていってしまった。



翌日。
「またケンカでもした?」
ユキさんが声をかけてくれた。
「……ケンカなんて……」
「吉住、朝練、無茶苦茶だったよー。走り込みすぎ。水分でなくなるまで。走ってるんじゃないかってぐらい走ってたよ」
「そうですか……」
「機嫌悪そーだった。篠塚に1ON1で負けた時ぐらいに、機嫌悪い感じ」
吉住、篠塚先輩には、やっぱ敵わないのか……。
ううん、そうじゃない。
その先輩に負けた吉住ってどんだけ機嫌悪いのかな……。
だけど、それって、やっぱり、あたしが手を離したから?
でも、それってへんだよね。
「だって」
「だって?」
「吉住の……手を……離したんです」
「?」
「手を握るから……好きだって、云われてないし、あたしも云ってないのに、手とか、握るのヘンじゃないですか」
そう思ったら、慌てて手を離していた。
女子バスの子達が気がついてるのに、ユキさんが気がついてないわけないよね。
ユキさんは、あたしの手をとった。
「私、陽菜ちゃんのこと好きだし、好きって云うけど、こうやって、あんまり手とか繋がないよ?」
そりゃーユキさんは……。オンナノコだし。
「気持ちを伝えるのは、人それぞれな形があると思う」
「?」
「言葉だったり、何気ないスキンシップだったり。吉住は、どちらかというと後者だよね。意外にも吉住、告白を断ったりするの、四苦八苦してたんだけどさ、最近は決り文句があってさ、『好きな子がいるから』らしいのよ」
「……それは……あたしも訊いたことはありますが……」
それに、断り片が下手なのも知ってる。
先日なんて、平手打ちくらっていたし。
「それは事実なのよ。だからすごく説得力のある言葉だなって、相手の子も思うんじゃないかな」
「それだからです」
好きな子が、いるなら、ダメじゃん。
ああいう風にされると、いいように誤解してしまう。
吉住、あたしのこと好きなのかなって。
「陽菜ちゃんは、意外にも古風なところがあるのよね」
ユキさんが云うの!? そういうこと。
「相手からアプローチして欲しい? 吉住、とっくにアピッてるよ」
「……」
「それが、手を繋いだりってことだと、私は勝手に解釈してました」
ユキさんは、小首を傾げて、あたしの顔を覗きこむ。
「そうなのかな……」
「とにかく、機嫌、直してきてもらえると嬉しいな、本日は他校と練習試合だから」
「吉住出るの?」
「出すんじゃない? 篠塚は考えてそうだけど」
「そ……そうなんだ……」
でもでも、どうしたらいいだろ。そんな機嫌を直すなんて、芸当できない。
なんて話しかければいいの。
SHRが始まるチャイムがあたしを席に追いたてた。



放課後、他校と練習試合を組んでいるなら、女子バスは、公共体育館の方に移動してなきゃいけないのかな。それとも、男バスが他校へいくの?
どうしよう。
「陽菜ちゃーん、今日は中庭専用コート使えるよ」
「え!? じゃあ、男子バスケ部は?」
「あー今日、他校に行くって。練習試合だって?」
「なんか荷物もって正門に向ってたよ」
今朝のユキさんの言葉を思い出す。
吉住は、言葉にしないタイプなのはわかってる、あたしが、声をかけないと、きちんと云わないとダメなのかもしれない。
臆病がってるのは、2度も、失恋したくないからかな。
自動販売機のスポーツドリンクを買って、正門前に集合している男子バスケ部へとあたしは走り出した。

「沢渡?」

正面玄関に吉住がいた。
あたしが上履きのまま、出ようとしたのでびっくりしたらしい。

「吉住、あの」
「?」
「あのね、コレ」

あたしはスポーツドリンクを渡す。
吉住はそれを受け取ってくれた。

「何? これ」
「朝、ユキさんが云ってたの」
「雪緒さんが?」
「練習試合だって」
「うん」
「頑張って」

いやー、違う。そうじゃない。いろいろ誤解を解かないと!
あたしのバカ! 吉住の口下手なの笑えないし責められないよ!
1人でグルグルしてバカじゃん。
吉住があたしのおでこに、ゴツっとペットボトルの底を押しつける。
ひんやりした感触。

「だから、あの―――――」
「うん。サンキューな」

ペットボトルが、おでこから離れた。

「勝ったら、なんか奢れよ。高くつくぞ」
「う、うん」
吉住がびっくりしたような顔をしてる。そうだよね、そこは普通「なんでそうなんのよ」ぐらいの返事なのに、素直に「うん」なんて云えば、びっくりするよね。
「あの、あのね。あたし……」
頑張ってだけじゃないよ。だって吉住や先輩達は頑張るもん。わかってる。
ほら、今だ。云えばいいのに練習があるから試合は見れないのが残念とか、練習終ったら、見に行くとか(終ってる可能性大だけど、気持ちはそうなんだって)それぐらいサラっと云えばいいのにあたしのバカ。

「もう時間だから、行くな」

……また云えなかった。
あたしが、がっくり肩を落として、教室に戻ろうととすると、何人かの女子バスケ部の部員がニヤニヤしてロッカーの影にいた。
見てたの!? 今の。

「いやー、いいもん見ちゃったなー」
「見ました?オクサマ」
「見ましたわ」
「陽菜ちゃんかーわーいーいー」

いやあああ、ひどすぎる! そしてあたし、バカすぎる! いろんな意味で悔しすぎる!
だから。
これから先。
こんな風に、ひやされたとしても吉住と手をつなぐ時は、振りほどくことはしないと決めた。