微妙な距離のふたりに5題 平行線をたどる日々




好きだと云わないままだと、あたしはずっと吉住とはこのままだよね。
だけど、この方が良いような気がするのよ。

「悪いけど、今全然その気になれないし」

部活後の吉住を狙って、告白してくる女子を何度か見かけたことがあるし、この日もそうだった。
先輩達はいないけど、自主練1時間の許可をもらっている時のことだ。
あたしはバスケボールのカゴの影に隠れていた。
ここで吉住と2人だったら、また吉住のことを好きな女子達に何を言われるかわかったもんじゃない。

「別に、こっちはその時だけの付き合いでも全然構わないの」

相手の女子からとんでもない科白が出てくる。
どういうこと? その時だけの付き合いって、どういうこと?

「なに?」
「だから、吉住君なら、いいなって。その気になったその時だけでもいいの」
「確認するけど」
「うん」
「それ、セフレでOKってこと?」
「そう」

せ、せ、セフレってええええええええ。何それ。待て待て! あたしはチラリとカゴの横から顔を出して、相手の女の子を見る。
普通だよ。相手。イケイケなタイプじゃない。普通だよ。今時それはありなわけ? あたし古いのかしら?

「他、あたってくれ。そういうの気持ち悪いから」

吉住はキッパリと云いきる。

「アンタも、そういうのやめたほうがいいよ。すごい誤解されそうだから」

良く云った! 吉住!! ほっとしたよ。その発言は。

「やったら、赤ちゃんできたから金頂戴いいそう。てか、そうなの?」
「!?」
「告白とかされたことがあるけれど、セフレはねえだろ。すげえリスク満載なのに、そういうのひっかかるヤツいるの?」

よ……吉住……。相手見ようよ、振るえながら告ってんじゃん。
見た目、やりまくってます的な子じゃないでしょうよ。
まあセフレでいいなんて発言は、あたしも良くないとは思うけど、なんかもっとこう、自分を大事にしたほうがいいとか、そういう言葉で相手を諭せないのかな。
まあ、見た目が清純派でもセフレ言い出す相手にはそれぐらいズバっと云いきった方がいいかもしれないとか、吉住は思うのかしら?
でも、身体の関係持ち出してまで、付き合いたいなんて。そんな手段を選ばない子もいるのか。
それだけ吉住が好きなんだ……。
そう思うと、あたしはズキンと心が痛む。
そこまで好きな相手が、彼女でもなんでもない相手と居残り自主練してるのを知ったら、どうよ?
ちょっと前の自分みたいに、ヤキモチを焼くよ。
あたしの場合は、恋敵が素敵な人だったから、諦め半分の境地だったけどさ……。
あたしが、そんなことをぼやぼや考えていたら、パアアンと音が鳴る。
吉住が女子に平手打ちをくらった。
あちゃー。だから、言葉を選べっていうのよーもー要領悪いやっちゃなー。

「すかしてんな、バーカ」

と女子の捨て台詞。あたしは目が点になったね。
えーえー信じられない。それってありなの!? いや、あたしの見る目がイマイチなわけ?
見た目清純派だったのよ。それが、なに? どういうこと!? やっぱり違うの?
女子がその場を走り去っていくまで、その場面に釘漬けだった。
あたしのハトが豆鉄砲くらったような顔を、吉住は呆れ気味に見る。

「沢渡、シュート練習。お留守になってんぞ。誰の為の居残り自主練なワケ?」

なんともなかったように、吉住は云う。
その言葉にはっとして、あたしは、ボールカゴの影から這い出して、シュート練習を再開した。



「痛かった?」
「何が?」
「だからーそのーさっきの平手打ち」
自主練が終ると、いつもみたいに吉住は最寄駅まで送ってくれた。
その道すがら、あたしは尋ねる。
吉住はムッとしたままあたしを一瞥した。
「な、なによ」
「別に」
そんな顔されると、なんだか、あたしが吉住に平手かましたみたいじゃんよ。
「吉住は―――――そのー好きな子とかいないの?」
「いるよ」
「げ!?」
「なんだよ、その蛙の鳴き声みたいな奇声は」
「だって、だって、それじゃあ、どうすんのよ」
「どうすんのって?」
「あたし、誤解されない!? 居残りの自主練につき合わせてさ」
「いいんだよ、オレが勝手にやってるだけなんだから」
「でも」
「お前、上手くなりたいんじゃねーのか」
「なりたい……けど……」
「なんだよ」
「吉住がそれでワリを食うのはちょっと……気が引ける、あたし、吉住に何かして上げられないし」
吉住の好きな子に誤解させていたら、申し訳無いじゃん。
「迷惑かけっぱなしじゃない」
「迷惑じゃない」
「……でも……」
「オレは逆に沢渡がいやがるかなと思った」
「なんで?」
「篠塚先輩のことを、今でも想うなら、迷惑だろう」
「それは―――――……その……」
「だろ?」
吉住は今でもあたしが篠塚先輩のこと好きだって思ってるのかな。
「篠塚先輩はしょうがないし」
「……」
「カッコイイし、憧れるけど、今はもうそれだけだし」

それに、あたし、吉住のこと、気になるし、好きかもしれない……。

「沢渡?」

好かもしれないけれど……あたしの気持ちはまた、届かないかもしれない。
だって、吉住には好きな人がいるんだもの、今そう云ったんだから。
あたしだったらいいな。
吉住の好きな子が、あたしだったらいいなと思うけど。
世の中そんなに上手くはいかない。
ユキさんははっきり云ってしまえばいいよと、云うけれど、このまま平行線をたどってるほうが、気が楽かもしれない。
だって、確実に傍にはいられるんだから。
ハッキリしない立場と曖昧な感情で続けるのこの平行線の日々は、すごく、苛つく。
だけど傷はつかない。

「吉住」
「?」
「ねえ、もしも……」

あたしが好きだといったら、吉住との位置関係はどうなるだろう。
平行線が交わればいいけれど。

「何?」
「……マックに寄ろうって云ったら怒る?」
「おまえ、マジ燃費わりーな」

この関係がこの平行線が壊れたり、離れるのが怖い。
こんなに卑怯で臆病な自分は、自分で大嫌いなのに。
あたしはこの瞬間、本音を云うことはできなかった……。