微妙な距離のふたりに5題 一歩を踏み出す勇気




「で、なんだったの?」
「何が」
「この間は手を離したのに、今日はいいわけ?」
そもそも彼氏でもない男友達と手を繋ぐこと事体、あたしにとっては「ええ? ナニ!?」ってことぐらいなのに、どうしてあんたはそうサラっと云うか。
「いいの、結局どのみち冷やかされるんだから」
「冷やかされたのか?」
「冷やかされてたの、気がつかないかなーもー」
「ほっとけばいいじゃん」
「ええ、そうです。ほっとくことにしたんですー」
だから、今、手を繋いだままなんじゃん。
「それに、いろいろあったんだよ」
「いろいろ?」
「彼女でもないのに、手を繋ぐのってどうよ?」
「……」
吉住が黙りこくってしまったところで、背後から声がかかる。
「だーよーねー」
吉住とあたしの間に桜庭先輩が入って、吉住の手を引き離す。
「例えばさ」
桜庭は今までつないでいた吉住の代わりに、あたしの手を握る。
「これはアリかってことだよね、陽菜ちゃん」
先輩の言葉にあたしは激しく首を縦に振る。
先輩のノリに合わせて、小さな子供同士みたいに、繋いだ手をブラブラと振る。
桜庭先輩と手をつないでも、あんまりドキドキしない。
なんか女の子同士で手を繋いでるみたいなカンジになってくる。
桜庭先輩の手が吉住よりも、作りが繊細なんだろうなとは思う。
桜庭先輩は3Pシューターでロングシュートをガンガン打つタイプ。
長距離のシュートコントロールは抜群。そのコントロールはこの繊細な冷たい手から繰り出される。
そして吉住は身長にみあった無骨な手だ。
「陽菜ちゃん、この間。吉住のヤツになんか云った?」
吉住はこっちを見てる。
でも。桜庭先輩はスタスタとあたしの手を引いて、ちょっと吉住から距離を置いてから、口を開いた。
「何も云ってないです」
「あそー、すっげ、機嫌いいんだよね。この間の練習試合だって、シュートガンガン入ってたし」
「それ見たかった」
「おやおや、陽菜ちゃん、素直じゃないの」
「あたし、バスケのシュートが決るところ、すっごく好きなの」
「まあね、点をとってなんぼのスポーツだしな」
「なんか、鳥みたいで」
桜庭先輩がそれまでふざけて手を振っていたけど、あたしの一言でその動作を止めた。
なんかヘンなこといった?
「だってこう、ゴールへ向って跳ぶのが、まるで鳥がみたいで飛んでるなあって」
「雪緒がね、昔、同じことを云ってたんだ」
あたしはユキさんの姿を捜す。
前に方に、いつも同じ篠塚先輩と一緒に肩を並べて歩いていた。
雪緒さんのシュートするところとかも、カッコイイんだよね、あたしも、ああなりたいなーって思う。
「重力に逆らって、空中を跳ぶのは、まるで鳥のようだ―――――ってね、雪緒、ポエマーだよね」
「そこもいいです」
「陽菜ちゃん、雪緒ラブだね」
「ラブですよ。もう、大好き、カッコイイから」
「吉住は?」
あ、いつものニヤニヤ笑いになってるし。
でも負けないもんね。
「教えませーん」
「あ、素直じゃないね」
「吉住本人に云わないと」
「ん?」
あたしは、桜庭先輩の手をぱっと離す。
「ねえ、先輩」
「うん?」
「ユキさんと篠塚先輩が手を繋いだところって見たことあります?」
桜庭先輩は右の人差し指を頬に当てて、考え込む。
「あるよ、篠塚はああ見えて独占欲強いんだよ」
「嫉妬されちゃうから、ユキさんにちょっかい出せない?」
桜庭先輩は外国映画の俳優みたいに指を立てて舌打ちをする。
「ああいう手合いにちょっかいかけて、楽しむのが好き」
語尾にハートマークがつきそうな一言。
いい趣味ですね、桜庭先輩。
「吉住も?」
「YES!」
ちょっと気の毒? ううん、そうでもないか。
だって、あたしが他の女子に冷やかされている状態とあんまり変わらないもんね。
あたしは桜庭先輩から離れて、吉住の隣りに戻る。
「今のはどうなのよ」
「?」
「桜庭先輩と手を繋いでも全然OK?」
「ダメかな」
「何?」
「オレ限定にして」
ドキンとする。
なんだ、その一言は! それってさ、それってさ。
「なんか、すごい意味深じゃない」
あたしがそういうと、吉住はまた、あたしの手を握る。
「シンプルだよ、オレが、沢渡のことが好きなんだ」
「……」
「好きでもない奴の手なんか、握らない」

――――――今、好きって云われた?

あたしが、ポケっとしていると、吉住は呆れ顔になる。
「オレは桜庭先輩みたいにスキンシップ取るの大好き派でもないだろ、察しろよ」
あたしは、前方に歩いている桜庭先輩を見る。
桜庭先輩は、ユキさんを背後から抱きついて、篠塚先輩にすっごい目で睨まれている。
ただでさえ硬質で冷たい印象が強い篠塚先輩が怒ると怖いよ、それ。
だけど桜庭先輩は引かないんだよね。
ほんと。あーゆーこともやっちゃう人だけど、相手を選ばないのもすご過ぎ。
「うん、吉住は、あーゆことはしないもんね」
吉住もその様子を見て頷く。
「そう、あんな命知らずなことはできない……」
その声は呆れ気味だった。
「で、沢渡はどうなの」
「え? あたし?」
「お前、気のない奴とスキンシップできるほうみたいだから」
「なんで?」
「さっき、桜庭先輩と手を繋いでただろーが」
「ああ、それ」
「……」
「だって、桜庭先輩、男ってカンジしないから」
「それは……桜庭先輩のファンが訊いたら激怒するぞ」
「うん、カッコカワイイって評判だけどさ、あたしは、どっちかっていったら、カッコイイってより、カワイイに見えちゃうのよね、桜庭先輩は」
「……」
「手を繋いでも、緊張感がないの」
だから平気なのよ。
「吉住は緊張するよ。ドキドキする」
「……」
あたしは、初めて自分から、吉住の手を握る。
ずっと、想っていたこと。
勇気を一歩踏み出して、云ってみる。

「あたし、吉住のこと好きだよ」