微妙な距離のふたりに5題 好きかも、しれない




「よかったね、仲直りして」
ユキさんがにっこりと笑う。
「……べ、別に……ケンカしてたってわけじゃないもん」
あたし、素直じゃないわ。ユキさんに対してまでこれじゃあ……。
ユキさんはあたしの顔をじっと見つめる。
「ユキさんは……篠塚先輩とケンカするの?」
「ケンカねえ」
篠塚先輩とユキさんは、多分、今は付き合ってるんだよね? てか、そこを聞くべき?
「どうかな」
「ユキさんは、その、篠塚先輩のこと―――――好き?」
こっそりと訊いてみる。
ユキさんがちょっと暗い顔をした。
桜庭先輩の云っていた大喧嘩ってやつとは違う。
ユキさんは篠塚先輩のことを訊かれるたびに、いつも、こんな表情をする。
あたしだったら、ものすごく照れまくってしまって、周囲にはモロバレになるのに、ユキさんは違う。ポーズなのかなと最初は思ったんだけど、どうも違う。
ただわかるのは、ユキさんが篠塚先輩のことを思う気持ちよりも、篠塚先輩がユキさんを思う気持ちの方が強いような気がする。
でもあたしは―――――多分、逆だ。

吉住のことが、好きかも、しれない。

もうやだな、あたしって気が多いのかしら? なんて思っちゃうよ。
入学当初はあんなに篠塚先輩のこと見てたくせに、今は吉住を目で追ってるなんてさ。
でもでも、吉住はどうなのよ? あいつなんとかなんないの?
あたしのこと、ちょっとは好きなの? どうなの? 好きじゃないの?
だってさ、こっちは気持ちがあるわけ。
好きな人に、話しかけられたりさ、一緒に帰り道に何か奢ってくれたり、それに、それに……手を繋いで帰ったりするの、すっごくドキドキするのよ。
そういうことがあるってことは多分、嫌われてはいないとは思うんだ。あたしだって、嫌いな人とそんなことはしないもんね。
あたしに気を持たせるようなことをするんだから、吉住も、あたしのことを好き?
でもでも、恋愛感情じゃなくて、友情の、お友達で好きなの? 
あたし思うのよ、お友達で好きなら、そんな期待させるようなことしないでって……。

「あのね、ユキさん」
「うん?」
「あのね……」
ああ。どうしよう、云おうかな、ユキさんは呆れないかな?

「あたしもしかして、吉住のこと、好きかも、しれない……」

云っちゃった……。ユキさんは、呆れてる? この前まで篠塚先輩のこと好きだったもん。呆れてる? ユキさんは笑わずに、呆れずに、訊いてくれていた。
「うん。そうかなとは薄々は」
落ちついた声で答えてくれた。
「吉住は何気に篠塚とタイプ的には似てるしね」
そうなんだよね、似てるよね。
「でも、吉住は優しいしね」
「優しい!?」
「うん」
「篠塚先輩は!?」
「――――――どうかな」
「優しくないの!?」
「女子に対する態度が、優しくないでしょう、ケンもホロロ」
「ユキさんには優しいじゃん」
それでいいじゃん。吉住も多分そんな感じ。
「……まあ、優しいよね」
惚気かなっと思ったら違うみたいだ。
「それが好きだから優しいんだとは思うよ、確かに」
「不満そう」
贅沢だなあ。
「不満よ、多分」
「……」
「バカにされてる感じがする。その優しさは恋愛じゃなくて、同情みたいで」
「吉住はあたしのことをバカにしてる?」
「可愛くて仕方ないって感じがする」
「じゃあ、篠塚先輩だってそうだよ、ユキさんがすごく大事なの。見てて切ないぐらいだもん」
「切ない?」
「ユキさんとの距離が、前よりは近づいたのに、でも遠いみたいで」
「そうかな」
「そうです」
「ありがとう、よく覚えておくわ」
よしよし。
「でも、陽菜ちゃんが相談してる立場じゃなかった?」
そうでした。
「吉住も、篠塚と同じで、嫌いな女子に帰り道アイス奢ったり、手をつないだりはしないよ」
「それは……わかるんだけど……」
「桜庭とは違うから、桜庭は誰にでも、アレだから」
「それも、わかります」
桜庭先輩ごめん、でも本当のことだもん。
中庭のバスケコートで、桜庭先輩と吉住が何人かとミニゲームをしている。
それで目が追っちゃうのはやっぱり吉住なんだよね。
「でもさー、現状って、居心地いいっていうか……」
好きって告白しても、相手はやっぱりそんな気はなかったなんて云われたら、あたし、1年内に2度も失恋するってことじゃない? それってどうよ? 2人も恋愛対象がいて良かったじゃないなんて、云われるかもだけど。
「好きっていって、今のままの関係が壊れるの、正直辛いの」
臆病かな。あたし。
「うん。相手のことがあるからね、相手の気持ちが自分と同じだなんて、そんなこと奇跡みたいなものだし」
そう云うってことは、ユキさんは、篠塚先輩のことはちゃんと好きなんだよね。
「身近に奇跡を感じることができるのが、片想いから両想いになるまでの恋愛の醍醐味かな」
ユキさんはそういうの感じたのかな。
ふうっと、ユキさんが溜息をつく。
「いいなあ、そういうの」
「なんで!? ユキさんはそうじゃないの?」
云ってる本人がなんでそんなに羨ましがるの!? えー? わっかんないよ!
「どうでしょう」
ニヤニヤっと、何か企んでるような笑い。あっ! ダマされた! 惚気だな? これは惚気だ!
「羨ましいなら、ちょっと頑張ってみればいいよ」
「うううう」
「唸ってないで、吉住に、云えばいいのよ」
企むような笑いから、柔らかい笑顔に変化する。
しかも、そういう表情の変化が、すごく印象深い。
やられた。この人、本当に食えないよ! もう! 篠塚先輩に同情しちゃうよ! あたしが男だったら見惚れるよ。男じゃなくても今一瞬見惚れちゃったよ。
「なんて云えばいいのよー……」
「え? 今、陽菜ちゃんが私に云ったことをそのまま」
想像しただけで、息が詰まりそうだ。
この一言を、彼に云うの?



―――――――好きかも、しれない。