Fly by the invisible wing3




「センパイ達が、屋上で一緒にお昼たべようってさ」

陽菜と雪緒がいるクラスの隣り、1−Eの男子生徒が昼休みに教室に入ってきた。
この生徒もバスケ部員。
新入部員の吉住塔哉。
中等部からバスケ部で、現バスケ部のレギュラー達とはその頃から先輩後輩の関係だ。
無愛想で冷めた感じが、篠塚と同じタイプではある。

「屋上……」
「ずっと待ってたんだから、顔ぐらいだしてやれば?」

雪緒は陽菜を見る。

「クラスメイト1名も一緒でいいなら、駄目なら断る」
「いいんじゃないの? でも、アンタも凝りない人だね。オトモダチなんて表面だけっしょ?」

吉住は陽菜を一瞥する。
雪緒は陽菜を誘って、屋上に向う。
陽菜は吉住の袖を引いて、尋ねた。

「あのさ、訊きたいんだけど」
陽菜は、雪緒に会話が聞こえないように距離を置いて、小声で吉住に話しかける。
「何?」
「なんで葛城さんが女の子と話すの、良く思わないの?」
「……アンタ、バスケ部マネを申請したんでしょ?」
「そうだけど?」
「女子のだいたいがさ、桜庭センパイとか藤咲センパイとか篠塚センパイが目当てなんだよね。中等部の頃からそうだよ、女子バスケ部だって、男子バスケ部と接点があるかもとか思って、入部している女子も多かったぐらいだしね」
それは高等部の現状も変わらない。
「でも、初等部の頃から篠塚センパイと葛城センパイ、桜庭センパイは、一緒のクラブでさ、初等部は大会によって男子女子に別れるけど、だいたいが男女混合でミニバスケなんてザラだったから、ずっとチーム組んでたんだよね」
「だから?」
「だから、そういうずっとチームメイトで、仲も良くて親しいとなれば、センパイ目当ての女子が面白くなくて、葛城センパイに嫌がらせするわけ」

陽菜は桜庭に云われた言葉を思い出す。

「葛城センパイは、当時、仲良くしていた女子バスケのオトモダチにこっぴどく裏切られた」
「……オトモダチ?」
「伊澤っていうんだけど、その人」
「桜庭先輩も……あたしが……伊澤って人みたいにならないよなって、云ってたけど」
「そのとばっちりで、雪緒さんを庇った篠塚先輩は右足負傷」
「……」
「その同時期に雪緒先輩の病気が再発して、それからセンパイ達とは疎遠になった。伊澤って人は篠塚センパイに気があったからね、嫉妬なんじゃない? あんたもそうならないなんて、誰も断言できないし、むしろ、第二の伊澤になりかねないから、桜庭センパイは一番最初に釘さしたんだと思うよ?」
「……」

確かに……陽菜は、最初、篠塚目当てでバスケ部のマネージャーになろうと思った。

昨年、東蓬学園バスケ部に革命を起こしたメンバーの中で、フロントの位置……部長を引きうけた篠塚智嗣は、そのルックスの良さで女子から注目はされるが、彼は他人だけでなく自分にも厳しく、冷ややかな印象を周囲に与える。
そういう冷たい感じがいいという女子の意見(陽菜はこれに含まれる)と、やはり受けつけないという意見もあり、だいたいそう述べる女子は、いつも元気でカッコカワイイと騒がれるアイドル系の桜庭や、おだやかであたりも柔らかく綺麗系の藤咲に注目する。
タイプは様々ではあるが、東蓬学園の男子バスケ部は女子生徒の間では人気を集めているのは事実だ。
とにもかくにも、彼等が女子生徒から注目され人気を集めているのはかわりない。
そんな彼等が、特定の女子に構っている状態を、快く思う女子はまずいないだろう。

「……そんなん自分の努力でなんとかしようと思わないのはおかしいよ」
「は?」
「だってさ、みんなが恋愛感情で葛城さんを好きってわけじゃないんでしょ?」
「篠塚センパイは恋愛感情だろ、あとは知らない」

吉住は一刀両断ズバリと云いきる。

――――うわあ、やっぱそうか、うう、そうじゃないかと思ったけどさ。

あの冷たく硬質な彼が、彼女を抱き上げた時の不安そうな表情も、彼女の頭に手を載せて、軽く撫でた時の眼鏡越しの柔らかな視線も、やはり雪緒に対してだけ向けられるもの。

「嫉妬するより、自分磨いて自分の力でなんとか振り向かせようとかしない?」
「チャレンジャーだな、アンタ……」
「人の気持ちって変わるよ? ずっと同じなんてありえない」
陽菜の言葉に、吉住は考え込む。
「じゃあ、アンタは好きな相手にごめんなさい言われたら、簡単に諦めるタイプ?」
「……」
「簡単にはいかないだろ? 時間かかるだろうし」
「……」
「ちなみに、オレはバスケが好きだから、嫌いにならないし、変わらない気持ちだってある……」

―――恋愛と違うじゃん……

陽菜はそう突っ込もうとしたが、目の前の光景に言葉を失う。



雪緒は、屋上のフェンスに指を絡ませて、篠塚と何か話していた。
やはり、あの時と同じ、篠塚の冷たく硬い彼の表情は、彼女を見る時だけ柔らかく優しい。
だけど……雪緒は?
表情は変わらない……陽菜と接するのとあまり変わらない気がする。
恋する女の子独特の、はにかみとかは表面にでてこない。
かといって事務的なものとも違う。
本当に自然体だ。クラスメートと接するような、自然さ。

「雪緒!」

陽菜と吉住の背後から、桜庭の声がする。
陽菜と吉住は驚いて振りかえり、桜庭を通すスペースを空けた。
桜庭の後に、藤咲、筧、大野、村瀬がぞろぞろと続く。
「おお。吉住、彼女連れかあ?」
村瀬の言葉に、吉住は即、否定する。
「まさか、雪緒さんのオトモダチ」
「葛城、元気かあ?」
「痩せちまってまあ」
あっという間に篠塚から引き離されるように、バスケ部のメンバーに取り囲まれる。
雪緒は儚げな笑顔をみんなに向けて、みんなの言葉に耳を傾けてる。
「悪かったのは心臓なんだろ? なんでそんなに痩せるんだよ」
「……神経が繊細だから?」
雪緒がシレっと云うと、一際長身の筧が切り返す。
「繊細なのは心臓で、神経は鉄パイプだろ?」
「云いたい放題ね、キミたち」
「あー腹へった、飯食おうよ」
「もってきたぞ、お重なんだぜ」
村瀬が大きな風呂敷包を掲げて見せる。
村瀬の実家は、都内に2店舗飲食店を経営している。
いずれも創作和食の店だ。
めったなことでは甘えないけれど、今日は旧友と昼食を食べるので、特別にと板長と父親にお願いしてきたらしい。
「村瀬、おま、板場の健さんにマジで頼んだかよ」
「頼めって云ったのは桜庭だろー」
「云ったよ、だって雪緒ガリガリになってんだもん! ムラさんのところのご飯でコブタにしてやる」
「お前体重、何キロぐらい落ちたんだよ」
「……本当に、キミ達は私を女の子と思ってないね」
年頃の乙女の体重を訊くとは何事だと、憤慨する。
雪緒を取り囲んでいた桜庭と村瀬と大野の3人は、コックリと首を縦に振る。
雪緒は眉間に皺を寄せた。
「雪緒、そんなに眉間に皺を寄せると、どっかのダレかみたいになるよ」
藤咲が雪緒に声をかける。
雪緒はその言葉で、陽菜の姿を捜す。
屋上のドアの近くに陽菜はいて、吉住と一緒に雪緒を見ていた陽菜に気がつくと、雪緒は陽菜に手招きする。

「どれだけセンパイ達にとって、雪緒さんが特別なのか……なんとなく判ったと思うけど、どうする?」
「どうにもこうにも……」
「……」
「あたしだって、葛城さんと友達になりたいから、傍にいようと思ったの。葛城さんがバスケ部の先輩達と親しいから話しかけたわけじゃないもん。そんなもの知らなかったしね、あんたや先輩達が嫌な顔しても、あたしは葛城さんと一緒にいる。てかさ、あんたも含めて先輩達こそ、葛城さんの邪魔じゃないの」
「は?」
「バスケ部が葛城さんに近づかなければいいのよ。葛城さんがバスケ部と距離を置きたがってるのは、あたしにだってわかる。わかんないのは先輩達でしょ? どれだけ自分達が女子に人気があるかなんて自覚してないじゃん。先輩たちが特別に扱うことで、葛城さんが他の女子のやっかみ受けるって予測できるなら彼女をほっとけばいいじゃない。しかも過去に葛城さんに酷いコトしたとかいう人がいたっていうなら、何も同じ轍を踏まなくてもいいでしょ?」
「……」
「あたしみたいに葛城さんに近づく女子は、全員、バスケ部の先輩目当て、打算ありで近づいてくるって決めつけるわけ? 彼女に近づく女子を排除していけば彼女は安全なの?」
吉住を睨み上げる。
陽菜の一気の捲し立てに、吉住は怯む。
「彼女の交友関係は、あんたや先輩達の管理下なんだ? 馬鹿馬鹿しい」
そう吐き捨てるように言い放ち、階段の手摺を掴むと勢い良く、駆け下りていく。
雪緒はその様子を見て、自分を囲むバスケ部のメンバーを退けて、吉住に歩みよる。

「吉住……陽菜ちゃんに何を云ったの?」
「第二の伊澤になりかねないから釘を刺したんすよ」

雪緒の儚げな容貌は変わらないのに、その瞳ある光は、力強い。

「連れ戻してきて」
女子にしてはやや低めの声が、柔らかくでも力強く響く。
「……」
「クラスメイトと一緒なら、いいよと、私は最初に云ったと思うけど?」
雪緒は吉住を見上げて云う。
桜庭が吉住の肩をポンと叩く。
「吉住、行ってこい」
「な、ひでえ! 桜庭先輩達も、一緒になってあいつを非難したんだろ?」
「雪緒がいいならいいの」
「うん、雪緒基準でOK」
藤咲はにっこりと笑顔で云う。
先輩達の顔を見て、吉住は「信じられねぇ……」と呟く。
「ほらほら、早くしないと、ムラさんのお重、食べ損ねるよ」
「10分以内に連れ戻せ、1分ごとにシャトルランを増やすぜ」
吉住はコレ以上はないぐらいの身軽さで、階段を駆け下りていく。
そんな吉住の後姿を見送ってから、雪緒はみんなを促して、屋上ランチの準備を始めた。