Fruit of 3years12




――――思えば、かなり昔から、独りだったのかもしれない。
 
物心ついた頃から母子家庭だった。
父親は死別。
そして母親は看護師。
兄弟はいなくて、なんでも一人でできるようになろうと努めていた。
その時間が家族らしい時間を過ごした日々だった。
母が再婚をするまでが、静にとって家族の記憶。
相手の男性も、静とまったく同じ年の娘を抱えての再婚だった。
が、この再婚にひたすら反対を唱えていたのは相手男性の娘だった。
『あんたは、母さんが、入院していた頃から、父さんとデキてたんでしょ!? サイテー! したり顔であたしにもいい顔して、母さんが病気で亡くなったら、再婚!?』
再婚相手の元妻は、静の母親の勤務する病院の患者で身体が弱く入退院を繰り返していた。
もちろん、再婚相手と静の母親が、知り合った切欠は、この元妻の存在ではあった。
だが、二人の仲が進展したのは元妻が他界した後で、元妻が存命の時は、お互い気持ちはほのかにあったものの、打ち明けずにいたのだが……。
年頃の、彼の娘にはすくなからずショックだったのだろう。
それでも、相手の男性は娘のことはなんとか説得するからと説き伏せて、再婚を果たしたのだが、母に静という連れ子がいると知り、ようやく軟化した再婚話が壊れそうな勢いで反対を唱える。
自己主張が激しい彼女とは正反対の静を、新しい父親は引き合いに出す。
『何よ、静ちゃん、静ちゃんって!』
そしてまた彼女は、静の母親と静にくってかかった。
『父さんを親子揃ってたぶらかしてっ! 出ってよ!』
 
――――家族……。
 
再婚先の娘、静と同い年の義理の妹は、亡くなった自分の母親の写真を持って、静の母親や、静をなじった。
が、静は見てしまったのだ。
なじったあと、気まずそうにしている彼女を。
引き合いに出される静のいないところだけで、静の母親を見つめてることを。
まるで、自分を、自分だけを愛してくれなければ認めないというような……。
自分の存在を誇示するような、そんな激しさで。
そうまでして一緒に暮らすことが、何よりも大事なことなのだろうか?
一人でいる時間が多かった静は、家族というものがいまいちどんなものか理解しきれていなかった。
義理の妹は、母親の看病は完全介護の静の母親が勤める病院にまかせていたのに、自分で母親の世話をしようとはしなかったというのに、家族という存在には固執している。
この世の中で、そんなに家族は大事なのだろうか?
個人として、生きていけないのだろうか?
高校に入った静は、ふと、そうなことを考えめぐらす時間が増えた。
もちろん。この再婚の話があがった時に、静自身は、学校を卒業したら、一人暮らしをしようと思っていた。
しかし、義理の妹のこの態度に辟易していたのも確かで、どうせ、この先一人なら、今、家族から離れてもいいのかもしれないと思い、この言葉を口にした。

『母さん……私、施設に入ろうかと思う』

静のその提案に、母だけではなく義父も反対を唱えた。
子供の自立なんて、もっと先でいい。義務教育が終ったからって、まだ未成年じゃないかと……。口にこそ出さなかったけれど、世間体というのも気にしていたのだろう。
『綾子ちゃんは、本当は、義父さんだけじゃなくて、母さんにも、愛されたいんだと思う、甘えたいのを、ああいう態度で表現するんだわ』
例えどんな態度にしろ、ああいう自己主張をする人間を見て、驚いた。
自分にはできない。
気に入る気に入らないの問題なら、自分が我慢すればいい、大人になったら出て行くのだから。
なのに、彼女は違う。
自分のテリトリーは守りたいらしい。
なら、大人になるまでまたなくてもいい。
『だからって、そんなことをしたら、またあの子は文句を言うだろう、せっかく家族になったんだから……』
『母さんを受け入れてもらう方が、先だと思うの』
『先も後もないだろう』
『私がいると、甘えられないのよ』
『静!』
『母さんの再婚を反対はしない。家族を作るのは、すばらしいことだと思う……ただ……』
――――こんな思いをしてまで手に入れなければならないのなら、別に一人でもいい。
母親の不在は慣れている。運動会もお遊戯会も、参加はあったけど、でもそれは幼稚園で1回小学生で1回、中学生の時はなかった。
小学生高学年には、風邪を引くと自分で看護師の母に頼らず保冷剤とレトルトおかゆを買って、風邪薬を飲んだ。
そうやってきた。
一人でも変わらなかったのだ。
静の意見は最初反対されていたけれど、義父の姉がこの状態を知り、提案を出す。
『いいんじゃないの? 綾子と初音さんの関係をいい状態にもってくには。荒っぽいけれど。でもさ、静ちゃんだっけ? あんたはそれでいいの? 自分自身で家族を切り捨てるようなもんよ? 自分の進路も、何もかも、思うようにはいかなくなる覚悟はあるの?』
彼女の言葉に、静は頷いた。
『言葉少ないけど、綾子よりも根性座ってるかもね。こんな提案を言い出すところが特に。施設じゃなく。いいわ。アンタ、ウチで預かってあげる』
『姉さん!』
『いっとくけど、アンタの面倒は見ないわよ、自分のことは自分でしなさいよ? 学校の進路相談なんて、あたし適当だし、それでいい?』
『構いません』
『病気したって、看病なんて出来ないわよ、あたし、仕事持ってるし』
『構いません』
『うっは、即答、じゃあおいで。気に入ったわ。静』 
静に手を差し伸べた彼女の手首からシャラっと鳴った。
再婚した高遠家はそれなりに資産家で、気まぐれのように静を引き取ったのは、再婚した義父の姉、高遠紅美子だった。
彼女は、国内だけではなくアジアにも店舗を持つエステティックサロンを経営していた。
当然、名前から押して知るように、独身。
高校卒業するまで、奇妙な同居生活が続き、大学に入る頃は、紅美子の事業もさらに手広くなっていた。
「静、今度K区に建つマンション買うことにしたわ。あんた、そこで一人暮らししてみる?」
「……いいんですか?」
「うん、ちょっと海外にいくことになりそからさ、ここはここで残すけれど、そっちはまあ、資産運用で購入したいのよ」
隠し事も、何も、彼女にはなかった。
学校と仕事に関して、なんの関心も互いに持たず、そして、時間が合うときは、静なりに彼女の家事を手伝い、彼女は彼女でまた気まぐれに静を外食やショッピングに誘った。
年が離れているのに、なぜ、こんなにしっくりくるのだろうと、静は不思議だった。
母とは違う。
優しさや暖かさとかは感じないのに……。
ずいぶんと年の離れた友人のような彼女。
彼女は、静の世話こそしないものの、支援はかなりしてくれたように思う。
静もそんな彼女に好感を持った
 
「心配する身近な人間の存在。家族の存在と引き換えに、自分の自由、自分の世界を手に入れてると思ってたんだけど」
その言葉はまさに、静の今を云われてるような気がした。
もともと、一人で生活していくことが、
だから、引き合った、ウマが合ったのだ。
大家族から核家族に。
その核家族から個人に。
今の世の中はそれでも生きていけるし、そういう人間が増えつつあるように思った。
「思いがけなく、あんたとの生活は楽しかったわ。手間もかからなかったし。で、歌手になるの?」
静は目を見開いて、紅美子を見る。
「やーね、進路どうこうなんて、あたしが口をさしはさむわけないじゃんよーあんた奨学金で大学いってるんだし、恭平も、良心の呵責があって、アンタに送金してるじゃない?」
「必要以外には手をつけてませんよ」
「……わかってるわよ、綾子が文句言うにきまってるんだから。まー実の姪っ子ながら、あきれるわね」
「似てますよ」
「何ですって?」
「気の強いところが」
「云ったわね」
「でも、嫌いじゃないんです、そう云う人」



独身を謳歌する高遠紅美子との生活は、その後の静の人生に大きな影響を落としたのだった。