ENDLESS SONG9




「もう、やろうよ、ライブ」

テーブルにつくなり、美貌のプロデューサーはそう云った。

「最初はね、もっとメディアでガンガン知名度上げてからライブやろうと思っていたんだけど、奏司、予想以上にメディアの露出が多いから。サードシングルの売上も予想以上だし、アルバム2枚目も、曲も半分はできてるし、……ドラマでしょーCMでしょー」

石渡由樹が会議室の中央の座席に座って語る。
細くて長い綺麗な指を折って見せる。

「由樹さんが、ライブやりたいだけじゃないっすか?」

スタッフの言葉に、性別の判別が難しい美貌のプロデューサーはニヤリと笑う。
なまじ顔が綺麗なだけあって、含蓄のある唇だけの笑みは、迫力がある。
というか腹黒さが際立つ。

「やるなら、都内のライブハウスから始めましょう、1000人前後の集客ができるところから」
「えー、期待の大型新人なのに、しょぼーい」

スタッフの発言を「しょぼーい」で一蹴する。
スタッフはその発言に腹を立てるわけでもなく、黙殺した。

「単発ライブでいいから、ちょっと観て見たいんだよね」
「……」
「奏司もいい加減スタジオで歌うより、でかい場所で歌いたくない?」
「歌いたい」

由樹の言葉に、奏司は躊躇いなくスルっと発言する。
その発言に胃を抑えているのが、石渡由樹のマネージャー、高原だ。
高原は静に視線を送る。
静は傍にあるミネラルウォーターのペットボトルから一口水分を補給する。
パラパラとシステム手帳と、A5サイズのノートパソコンを開いて、スケジュールを確認する。

「石渡さん、奏司は秋口までスケジュールを埋めています、また11月以降は、どこもアルバムラッシュですから会場を抑えにくいのでは? とりあえず来年の春のライブを目途に、2年後にツアーという運びが順当だと思われます」
「ま、スタンダードな売り方はそんなカンジだけどね。Y‐mgでごり押しできる会場あるでしょ、そこでいいから。奏司の場合は、鮮度が大事だと思うし」
「……」
「あ、静ちゃん、なんか云われたんだー、藤井サンあたりにー」

藤井とは、静の上司である。
売れると見た所属アーティストの管理に口煩く、実際、彼の権限で、担当マネージャーの変更を言い渡されたアーティストもいる。
『クルス・マリア』の歌恋が怪我をした時も、静は自分は担当を外されると思っていたし、実際に彼からそんなことを臭わせる科白も直接耳にしたことがある。

「……」
「何云われたの? 奏司の売り方変えろって?」

藤井は奏司を気に入ってるのだ。
彼のビジュアルに商品として販売価値を見出している。
目の前の石渡も、多少それはあるけれど、楽曲に関して、奏司という素材を気に入ってるのだ。
静は奏司を見る。
奏司は手元の資料を見ながら、鼻歌を歌っている。

――――高遠、神野にドラマのオファーが来ている。

藤井から、いつかはその言葉がくると思っていたが、こんなに早くくるとは思っていなかった。
奏司自身、ボーカリストとして明確な指針を持っているかどうか、今だに判別つかない。
ここで、この話しを受けていいものか躊躇った。

「藤井サンもねー、売り方がガツガツしてるからなー」
「石渡さん、人のこと言えませんよ」

高原がツッコミを入れる。
マネージャーとして若い方だが、やり手と評価の高い静の沈黙が……石渡の予想が当たらずとも遠からずといった具合なのだと認識した。

「静ちゃん」

静は石渡に声をかけられて、ノートPCから目を離して、彼を見る。

「奏司のことをもっと考えてあげて、マネなんだから」
「……考えてます」
「藤井サンはなんだって?」
「奏司にドラマのオファーが来てると……」
「……」
「……」
「……」

会議室にいる全員が沈黙した。

「断って」

沈黙を破ったのは奏司の一言だった。

「芝居なんかできないから、駄目っていって」
「……」
「歌うことしか出来ないないから、断って」

―――――歌うことしか、出来ないから……。

事務所的には、もっと積極的姿勢を見せてくれた方が嬉しいだろうと、静は思う。
若いんだから、自らそうやって露出していくことの方が、自然だ。

「静サン、オレ歌いたいんだ」
「……」
「ストレス溜まってるの、ライブやらないで別の仕事するなら、オレは夜中にどこかのライブハウスに乱入してライブジャックしかねない」

由樹はニヤニヤしながら、静と奏司のやりとりを見ていた。
この美貌のプロヂューサーは、同じ新人アーティストや、業界人、スタッフ等の、不特定多数の女性からアピールされ、またそれを拒まない、また気に入った女性とはマスコミに騒がれるのも有名だ。
が、同性の新人にここまで目をかけるのは珍しい。

「わかった」
「静ちゃん?」

高原が慌てて静を見る。

「高原さん、やりましょう。ついでに、来年度の全国ツアーの日程も決めて、会場を抑えましょ」
「静ちゃんは即決だねえ、いいねえ、仕事速くて、彼女にならない?」
「駄目」

奏司が間髪入れずに発言する。

「由樹さんでも、駄目」

静は溜息をつく。
本気で云っているはずがないのに、どうして、こんなにムキになるんだろうと静は思う。

「てか、それ、セクハラ」
「あらら」
「冗談なのに半分マジ入ってるし」
「いや、男としては、そこはチャンスでしょう」
「だから駄目」
「奏司、静ちゃんのことお気に入りなんだ?」

由樹はニヤニヤしながら奏司を見ている。
この余裕ぶりが、奏司を刺激するらしい。
いつもの奏司が纏う空気とは違う。
いつものなら、何に対しても、関心の薄さが静を戸惑わせるのに、今は毛を逆立てた猫のようだ。
先日、歌恋が電話で奏司を猫と言ったけれど、これはなるほどそうだなと、静は思う。
奏司と由樹を無視して、静は高原と仕事を進め始めた。