ENDLESS SONG8




「では、最後に、好きな女性はいる? または理想の女性のタイプは?」
女性誌のライターにそう尋ねられて、奏司は考え込む。
うーんと何回か唸るが、一向に答えない。
奏司は静を見る。
静は、彼が質問に困って助けて欲しいのかどうか一瞬逡巡する。
「そう……眼鏡をかけてて、色が白くて、声がよくて、髪が綺麗で、多分カラーリングしてないのに天然で茶色で、車の運転が上手くて、愛想笑いはないけれど、その分仕事はできて――――」
そこまで奏司がいうと、女性誌のインタビュースタッフ……ライターと編集とカメラマンが奏司の視線を追うように、静を見る。
「スーツとヒールも似合って、ちょと年上?」
「……」
「……」
「……」
女性誌スタッフはそれが奏司流のはぐらかし方なのか、それとも本音なのかを、沈黙をもってジャッジする。
「神野君……答えたくないの?」
「え? オレ本気で答えたつもりですけれど」
「だって、それ、マネージャーさんみたいじゃないですか」
「え、オレのマネージャーのつもりですけれど」
「……」
「……」
「……」
「書いていいんですか?」
「構いませんよ」
奏司はニッコリと笑う。
その笑顔と、無表情のマネージャーの顔を見比べる。
ニッコリ笑顔のルックス最高、新進気鋭のボーカリスト。
そしてそのマネージャーは、そんな彼のインタビューの答えに、照れて叱り飛ばすことも、フォローもいれない。
ライターはカリコリとボールペンの先で髪の生え際を掻いて、ボイスレコーダーをオフにする。
「えーと、コレは事務所ではNGの質問でした?」
ライターは静に問いただす。
「うちはアイドルを売り出す気は無いので、発言は本人にある程度任せてあります」
「……」
「本音なのかフェイクでの発言なのかは、受け取り側のニュアンスで変わることもありますが、彼とのインタビューで今のは本音と感じられましたか?」
「……あー……」
インタビュアーのライターは奏司に視線を移す。
「答えたくない話題ですか?」
奏司は静の顔を見る。
一部の隙もない、白い頬、薄めのルージュを引いた唇に笑みは見えない。
人形のような、無表情だ。
「恋愛感の強い曲のプロモなら答えてもいいけれど……そうじゃないから、ノーコメントってことでお願いシマス」
「ほんと、しっかりしてますねー、ま、ノーコメントってコトで」
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
スタジオに併設されているティーラウンジでのインタビュー。
女性誌のスタッフは早々に引き上げていった。
奏司は椅子に座ったまま、スケジュールを確認している静を見上げる。
「なに?」
「うん、綺麗だなあって思って」
「何が?」
「静さんの顔、どの角度から見てもいいんだけど、やっぱり綺麗だなって」
「それはどうも」
このティーラウンジで、若い女性の視線を集めているこの少年に云われてると、嬉し恥ずかしというよりも、どうにもこうにもむずがゆいという気持ちになる。
「嘘じゃないよ」
「?」
「さっきのインタビューの最後の質問」
薄いレンズ越しの瞳が、ようやく奏司に向けられて、奏司は御機嫌な表情をする。

……なんか……大型犬にものすっごく懐かれてシッポ振られているような錯覚がする……。



これを仕事帰りに入った携帯の相手に伝えた。
携帯電話の相手は大声で笑って否定する。
「猫よ、猫科」
「そんな可愛らしさはないけれど」
「猫科、肉食獣、黒豹よ、犬じゃないわね」
そのイメージは強い。
静は成る程と呟く。
「どうなのよ、アレだけ懐かれれば、どう? くらっとしない?」
「商品にいちいち恋愛感情抱いてたら、ビジネスにならない。おまけに年齢離れすぎ。犯罪だわ」
「堅い、堅いよ、静ちゃん……いまどき、そんなモラルを守っているようなマネージャーなんていないから。グラビアアイドルなんてね、ほとんどが、おいしくいただかれてますわよこのご時世」
「あれは、グラビアアイドルじゃない」
「へーへー」
「ボーカリストだから」
「はいはいはい。いい声してますわよ、シャウトする部分なんか切なくなる〜とか、コーラス参加のお嬢ちゃん達は云ってました。で、あたしの誘いを蹴ってまで、選んだのはそんな彼の声だけなの?」
「……他にはないわね」
「いやー切ないわー、少年完璧片想いじゃーん」
「何が?」
「わかってて恍けてる? わざと? それって新しいプレイ……」
新しいプレイとはなんぞやと静は内心呟く。
『クルス・マリア』のボーカル歌恋の声は、携帯電話越しでも印象強く響く。
「あんなにラブラブなアプローチなのにさー」
「ねえ」
「うん?」
「それって、本当にそう見えるの?」
「え?」
「だから、奏司が……その……」
「あんたを好きだって?」
「この間も本人が云っていたけど、なんか、からかわれているのかもと思って」
「からかう?」
「見るからに口煩そうーなオバンに、ちょっと、冗談を飛ばして反応を見ようというのも最近の若い子の性質の悪い遊びなのか? とか」
「そう見るか?」
「石渡さんのプロデュースだし、やる気が無いように見えてもやっぱり自分を売りたいから、ある程度、発言権を握れるまでは私のことには諾々としているとか?」
そして、売れて発言権を持てば口煩いこの婆を切ると。
と、歌恋に云うと歌恋は盛大な溜息を洩らした。
深呼吸かもしれない。
「本当にそれだったら、アンタこっちにきなさいよ」
「……」
「ソレで済む話でしょ?」
「まあ……そうなんだけどね」
「でも、あれはそうじゃないでしょ、マジでしょ」
「……」
「どこがいいのか訊いてみた?」
歌恋の質問に、先日のインタビューの一件を話した。
ちなみに、その言葉を静は無視しているとも付け加えた。
「あんた、絶対いつかガツンとやられるわよ」
「なんで?」
「あんたはどうなのよ、商品だ犯罪だって、そういうの抜きにしてさ、好み?どうなの?」
「わからない」
携帯電話を挟んで歌恋は思い巡らす。
「あんただって恋愛したことぐらいあるでしょうが」
「あるけれど、年下で、しかもこの年齢差は初めてだからわからない」
「同い年だったらどうよ」
「男で同い年のボーカリスト志望でデビューなら、あたしはこの仕事下りるわね」
「遅咲きの才能は嫌い?」
歌恋は自分のことを含めて尋ねているのだと、静にはわかる。
下積みが長く、女性がデビューするには、いささか年齢が上すぎるという周囲の評判でデビューした歌恋。
「本当に才能があるならば、別にいいのよ無駄に足掻いてデビューにこぎつけるような、そんなゲーノージンはお断りなの」
「……」
「夢をみれるのは、十代までよ」
「随分ね」

―――――私は17で、諦めたから。
               歌恋のように、自分を信じることもできなかったし、
               総てを捨てる覚悟もなかった、ただの甘い子供だった。