Delisiouc!

「降矢、異動なの!?」
同期の和田が話しかけてくる。
こいつは倉橋ほどではないけれど、まあまあ顔良しで（調子良すぎな面もあるが）後輩の面倒見もよく（特に女子）。オレがいた部署では頭一つ飛びぬけていた男だ。
入社当初の半年ぐらいは何回か一緒に仕事をやったこともあったけれど、オレと比べればプレゼン能力はこいつの方が断然上だし先輩や上司の受けも良かった。
和田から見たらオレなんか、ライバルにもならないしなんとなくだけど「足引っ張るんじゃねーぞ」的な上から目線なオーラが漂ってた。
そんなオレがいきなり異動だっていうから驚いたんだろう。
「うん、いろいろとありがとう」
半分は社交辞令、半分は本音。実際助けられたなって思うこともあったし。
私物を段ボール箱の中に積め込む。
「えーどこの部署だよ、システム？　総務？」
そうだよな、オレのキャラだとそっちだよな。内々の仕事だもんね。
「商品企画」
「はい？」
あーそうだよな。信じられないもんな。
オレがいきなり企画なんてさ。
「マジで!?　なんだよそれ！」
「夜学に通って免許取ったんだよ」
「免許、調理師免許!?」
オレは頷く。
「いつからそんなことやってたんだよ！」
「えっと……入社の半年後……ぐらい」
「かー！　ヤラレタ！」
「？」
「お前、影で地味に努力するタイプだったんだな―――――見なおしたぜ！」
バンっと背中を思いっきり叩かれた。
む、むせた。やめろよ、いきなり。
「もう、いつ辞表だすかと思ってたぜ」
いや、辞表は出す直前まではいったことあるけどな。
「じゃあ」
「あう、ちょ、まて、飲み会やろうぜ、飲み会」
オレは思いっきり怪訝そうな顔をする。
「商品企画の女子とさ〜」
目的そっちか。女子少ないぞ、商品企画。
それより、オレは仕事をやりたいんだよ。
深澤課長はお見合いしただろうし、多分順当にいけば、近々、この会社辞めるんだろうし。もう他に楽しみなんかない。
この会社で他の女子なんて、興味ないし。いや、会社だけじゃないや、もう、全般的に興味なしだし。
「あの、ごめん……オレ、荷物運ぶから」
「あ、そうか、じゃあ、近い内、必ずな」
オレは頷くこともなく、曖昧な表情で、和田から離れた。
苦手なんだよ、飲み会。
ここでも、コミュニケーション能力の低さが露呈されている。
飲んで騒ぐのがもう駄目。
メニュー見るのは好きだけどな。気になるメニューは今度作ってみようって気になる。
倉橋とか折原さんが外食した時は、レストランメニュー、持ちかえれるところは持ちかえってきてもらって、俺、それで作るぐらいだし。
あの２人、食べた食材しっかり覚えてきてくれるから、助かるんだ。



「あー、そういうのもありだけど、また自分でいってみるのもいいぞ」
商品企画に移ったその日の昼休み、オレの上についてくれることになった大垣主任がそう云う。
大垣主任は、28歳で既婚者だ。新婚さんらしい。
挨拶してガチガチだったオレは自分の机に戻ると、がっくりと肩を落としていたら、大垣主任はクスクス笑っていた。
「しかし、アレだな、降矢は本当に口下手なんだな」
「はい」
「彼女とデートして食べに行くとかはしないのか？」
大垣主任。オレのどこを見てそういうかな。
「彼女なんて……」
できないっすよ、もう多分オレは一生独身だ。
「飲み会は、いろいろとメニューの研究にもなるぜ……」
ちなみに、商品企画の人達は、みんな作るのが好きなんで、弁当持参派が半分以上だ。
オレも作って持ってきた、倉橋に持たせたら、すげえ感激してたけど、倉橋は、女子から弁当もらってこいと思う。そしてその弁当の中身をオレに報告しろと思う。
でも、大垣主任はどうやら、奥さんに作ってもらっているらしい。
「メニュー見たり、食べるだけならいいんです」
「？」
「オレのこと……スルーしてくれるならいいけど……そうじゃないときが、苦痛だし」
「お前、何歳？」
「25」
「そうか……その年にしては、幼いというか……」
童顔なのは認める。メンタルな面で幼いと思われいるのも、なんとなくわかる。
彼女は愚か、友達少なそうとか思われてるんだろうな。
「煩いのダメなんですよ、和田とかもそうコミュケーション力あるのに、なぜ察してくれないんだろうって……」
「あーあー第２コンサルの和田か」
「今朝も飲み会に誘われたというか、和田はほら、女子が好きだから、ここの女子目当てみたいで」
「ん―――――里奈ちゃんと茉莉子ちゃんはOKだろうな」
あ、和田狙いなんだ。
「誘ってみれば？」
そう云われて、オレがあからさまにイヤそうな顔をしてみせると、大垣主任はちょっと驚いていた。
「なんでそういう顔をする」
「断られるのがわかってるので」
「は？」
「だって、オレ、キモイから」
「誰が云った」
「……」
いや、誰がもが思ってるだろうことですが。主任。
主任みたいにカッコイイ人は早めに彼女ができて、奥さんもらえたりするんだろうけど、オレはもう、そういうの諦めてるし。
「よし、飲み会をやる」
はい!?
大垣主任は立ちあがる。
「里奈ちゃん。茉莉子ちゃん、飲み会やるぞ」
さっそくこの部の若く独身の綺麗ドコロに遠慮なく声かけをする。
「大垣主任〜、いつですかあ？」
「２人が空いてる日でOKだ。降矢の歓迎会だ」
「いつでもいいですよー」
「あたしもー」
ノリ軽い……。オレが心配することじゃないけれど、彼氏は？　デートは？　そういう約束ないのか？
「よし。じゃあ、今週中だ、あ、金額は男女一律4000前後で、店探せるか」
「はあい。候補あげておきますう。うち主催ならアレですよねーバックあります？」
バックって……経費ってこと？　だよな。
そうか商品開発だから、飲み会でそういうのアリなの？　でも決ってるんだよね。
「人数次第だな」
大垣主任は満足そうに頷いて座る。
「さて、降矢、お前は誰かいるか？　気になる女子社員とかいないのか？」
いるけれど、……誘っても……。きっと来てくれない……。
けど……。

「深澤……課長……」

大垣主任は目を丸くする。
「深澤さん!?」
ギャー、云っちゃったよ！　しかも驚かれてるよ！
「あ、その、課長は……その……」
どうする？　どうする？　オレは必死で言葉を作る。
課長が飲み会になんてそんなのありえないし、でも、せめて課長がこの会社にいるときぐらいは、ちょっとは、会いたい……。
ああ。未練がましいってゆーか、女々しいってゆーか。
オレはホントダメだ。
「コンサル部にいた時に、こっちに向いてるって、アドバイスくれたんで……できれば、その、お礼が云いたいし……」
うん、オレにしては上出来なフォロー、よくやったオレ。
だけど。
うわわ、ダメだ。云ってて、頭に顔に熱が、なんか火照るのがわかる。
「あ、そうなんだ。なんだー、意外な人物の名前が出てきてびっくりだよ。じゃ呼ぼうか。あとは？　お礼とか、そうじゃなくてさ、気になる女子だよ？」
だからそれが深澤課長なんです。とかいったら、大垣主任はまた驚くかな。
オレが首を横に振ると、主任は携帯のメールを打ち始めた。