Delisiouc! 5




「えー、じゃあ、明日は誠ちゃん帰ってこないの?」
折原さんが言う。
「うん。だから、明日の晩御飯はごめん」
「それはいいよ、俺も会社で飲み会があればそっちにいくし。それより課長はどうなったの」
そんな……訊くなよ……。
「わかんない」
「何?」
折原さんが言う。なんか怖い……。
「と、とりあえず、まだ、会社を辞めるとか話は訊いてない」
オレの情報収拾能力が、人より劣っているからかもしれないけれど。
見合いするっていう話を聞いてから1週間経過したんだけど、課長が辞めるとかいう話は耳に入ってこないんだよね。
「明日、きっちり聞いて来い、せっかく先輩がお膳立てしてくれたんだろ?」
それはそうだけど……そんな、無茶苦茶な。
「そうじゃないと、次へ進むに進めないだろ!」
……次に進む……。
どうやって?
「お前、相手が見合いするって聞いてアレだけ、落ち込んだんだろーが! お前が、1人じゃなくて、俺等の前で、そのリアクションをするってことはさ、俺等がお前にとって、まあ近い存在だっていうのもアリだけど、助けが必要なんだろ!」
「……」
「うーん、そうよねー、誠ちゃんは意外とそういうところは男っぽいってゆーか、1人で堪えるところがあるもんね」
「……」
なんか、ちょっと2人でオレを分析するのは止めてくれよ。
あ! 折原さんまた勝手に人の部屋に入るし!!
勝手にスーツ見立てるし!!
「ねー、慎司これ、このスーツいいよね」
「それだ」
「シャツはコレでーネクタイはコレ」
「うん、いいんじゃね、気張りすぎず、でも、ちょいお洒落。カラーシャツ少ないんだよ、降矢。だから野暮ったく見える」
「そーなのコックさんらしくて白もいいけどね、やっぱり若者らしさは出したいし、ストライプもなーバランス悪いとダサく見える」
ええ!? あんたら、いきなりオレの明日の服のコーディネイトっすか!?
そんなことしても、駄目だよ、オレ、上手く喋れないし!!
てか、それキミ達よーくわかってるよね!? 
「なんてゆーかな、誠ちゃんは童顔だからかわいさ、アピールよね」
「ああ、相手が年上なら尚更その路線はいいだろう」
「ま、ま。待って、なんでそんな……」
折原さんと倉橋はオレをジロリと見る。
「降矢、相手はお前の仕事の指針を示してくれて、なおかつお前の好きな人だ、お前が少しでもいい状態を見せるのは、ちっとも恥ずかしいことでも、キモクもない!」
えー。
「彼女のおかげで、やる気がでたんだろ! 夜学に1年半通って、頑張ったんだろ!? 見た目もちょっとは成長しましたをアピるのはOKだろう! だってそれが彼女の力なんだから、それは彼女を褒め称えるも同じだろ。口下手なんだから、そういうところでなんとかしろ」
「誠ちゃんはさー、空気読めっていうよりも、読みすぎ? 多少外しても怖くないよ。大丈夫。素直になればいいだけの話しなの」
なんだよ……2人して……。
嬉しいけれど、オレみたいなヤツが頑張っても、嘲笑されるだけだろ。
「いいよ……オレなんか……」
折原さんと倉橋はバンッ! とテーブルを叩いてオレを見て叫ぶ。

「オレなんかって云うなー!」

そんな2人っでハモらなくても。
「そんなに自信がないなら、つけやる!」
折原さんっ!! ちょっとまて!! なに!? ナニ!? 何っ!?
オレのシャツたくし上げてナニをするっ!? どこ触ろうとしてんの!?
「みーおー。一応俺の視界に入る範囲ではやめろ」
倉橋!! 視界に入らない範囲でもそこは止めるべきだ!!
「交ざりたくなるから?」
ギャー!!
ナニをおっしゃるのー!? 綺麗でカワイイ二十代の乙女の科白じゃない!!
「いや、降矢が気の毒だ……」
リビングの隅に脱出してブルブルしてるオレを見て、倉橋は言う。
「なによう、慎司にバックバージンとられるより、マシよ。誠ちゃん。あたし相手に、そんなびびることないじゃん」
バックバージンっ!? 倉橋、そんなこと考えてないよな!? ナニそんな意味深な視線投げてくるの?
勘弁してえええ。
綺麗な妖精のままでいい!!
「いつまでも、ウダウダしてると、マジ襲うよ! それがイヤだったら、課長にあたって砕けなさい!」
世間一般の男は、むしろ、折原さんみたいな女性に襲われるのは、ナニこのパラダイス!? になるんだろう。
でも、オレはやっぱりどこかヘンなんだろうか。
彼女のことを思うと、こんなに美味しいだろうシチュエーションに激しい拒否反応が出るんだから……。



結局、昨夜の折原さんと倉橋のコーディネートを実践することになった。
別に、モテたいなって云う気持ちは、とっくの昔になくなってる。
でも、深澤課長には、やっぱりお礼はいいたいし、その場合はやっぱりいつもよりは、きちんとしていたい。
キチンとするといい意味での緊張感がでるよな。
仕事が結構前向きになれる。
倉橋が服に気を配る理由がわかった気がした。
自分の得意分野に移ったからかもしれないれど、初めてだから、軽めの仕事量を振ってくれている主任に、仕事をこなしてみせるとOKが出た。
終業時間が短いなって、ここにきてから思う。
やっぱり、あの時、後先考えないで辞めるとかしなくて良かった。
好きだとか、憧れてるとか、そういう気持ち抜きでお礼はいいたい。
仕事を終えると、主任と一緒に連れられて入ったのは、お洒落系居酒屋だった。
中華というか飲茶ベースなんだな、店舗の内装とか見てそう思う。
飲茶か……餡と皮のバランスだよな、皮も柔ら弾力によって食感が違ってくるし。
持ちかえり様のパンフメニューを一部抜きとって目を通す。
「あー、まっじめー」
「降矢さん、今。絶対仕事モードでメニュー見てた」
同じ部署になった尾崎里奈さんと小野茉莉子さんが、オレにそう云う。
なんだ、仕事モードって、わかるのかな。
オレはお酒のメニューの方に視線を移す。
すでに、予約席にはコンサル部の人間が数人いて、オレ達を見ると、和田が手招きした。
「小野さん、尾崎さん、こっちこっち」
さっそく和田は彼女達を自分のところに呼び寄せる。
別に手招きされてるからではなくて、空いている席がそこからだったので、彼女達は座っていく。オレはドキリとした。

彼女だ……。

後姿を見ただけでわかる。
大垣主任がさっさと座る。
多分、オレが課長にお礼を言いやすいように、課長の隣りの席をオレに空けてくれたんだと思う。
全員が揃うと、飲み物が行き渡り、和田が「お疲れ様でしたー!」と乾杯の音頭をとる。
部長クラスがいないから、無礼講だと大垣主任の言葉に、和田のテンションはあがっている。

「おめでとう」

ほんの少し、低くて、でもどこか甘い声で、そう云われた。
周りが騒がしくても、彼女の声だけは特別な響きがする。

「あ、ありがとうございます。深澤課長のおかげです」

うん。オレにしてはどもらずに、すんなり云えた。

「私は、何もしてないわ」
「だって、課長が―――――辞めるのはいつでもできるから、会社でやりたいことがあれば、上に云えって……後押ししてくださったから」

冷たい感じがするよねと、女子社員がよく囁くその表情が、ほんの少し崩れて、笑ってる。
オレが大好きな笑顔。
もう、笑顔が見れないのかと思うと、切ないなあ。

「でも、それは、降矢君の頑張りがあったからよ。これから、よろしくね。いい仕事をしましょう」

…………仕事をしましょうって。
辞めないんですか!?
オレの中で尋ねたいことがぐるぐると渦巻き始めた。