Delisiouc! 3




7年前、大学1年の冬。
倉橋は料理に煮詰って、自分の女友達数名を、このマンションに呼んだ。
彼女達に料理を作らせようと考えたらしい。
まあ、今考えればよく半年も倉橋は頑張った。
オレは倉橋の料理できなさを、お米洗剤洗い未遂事件やリンゴとはつみつカレー事件でなんとなく察してはいたので、ヤツの負担にならないように、その倉橋のメシ当番の前日は、下ごしらえとかしてたんだよね。一応。
で、当時、倉橋もそういう状況に気兼ねしていたみたいだった、彼にしてみれば、彼女達に料理を作らせて、オレの負担を減らそうとしてくれたんだとは思う。
彼女達の半分は倉橋のコト、いいなって思ってたんだろう。
オレは玄関先のブーツやパンプスが並んでいるのを驚いて、部屋へ入った。
リビングダイニングと玄関先への廊下のドア越しから声が聞こえる。
「えーでも、広くて良いな〜同居人がいるっていってたけど彼女〜?」
「男だよ、同郷なの」
「ちょっと、お部屋拝見しちゃおー」
「おい、そっちは―――――」
倉橋の制止を訊かずに、1人がオレの部屋のドアを開けた。
彼女がドアを開けた瞬間と、オレがリビングダイニングのドアを開けた瞬間が同じだった。
部屋から覗いたのは足の踏み場がないほどの、本、フィギュア、プラモ、CD&DVD……。
その散らかり具合とグッズの山に、ドアを開けた彼女も、明るく突っ込みを入れることができなかった。
「キモ……」
明かに嫌悪感を抱いた彼女の一言だった。
テーブルの上の鍋がグツグツと音をたてている。オレは静かにそのリビングダイニングのテーブルを横切って、グッズの山の部屋に姿を消した。
ちなみに、その彼女。
実はオレが密かに好意を持っていたということも、倉橋は知っていた。
今回、女子をこのマンションに引き入れ、オレと彼女の距離が近くなるのもいいなと思ってしたことが、裏目にでてしまったのだ。
そんなことしなくても、彼女が好きなのは倉橋だったのに……。



「ひどい……」
折原さんは綺麗な染み一つない頬に手をあてて呟く。
「まあ、7年前のことだし」
「でも、ショックだったんでしょ?」
「――――――過ぎたことだし」
「慎司、サイテー」
「なんだと!? 俺のせいか!?」
「誠ちゃんのショックは計り知れないわ、だってさー」
折原さんはグラス片手に、オレの部屋のドアをガラっと開ける。
あの日の彼女のように。
「見なさいよ、もう、まったくその時の面影ないじゃんよ、てか私物少なすぎ!! 7年も若い男が住んでるような部屋じゃないでしょ!」
「でもまあ、倉橋見てて、モノに執着するようじゃダメだなって思って、なんでもレンタルするようになったお金浮いたかもね」
おかげで、この1年半また夜学に通えたし。
「オタグッズはどうしたの?」
「ネットで売り払って、パソコンを買い換えてそれっきりだな」
「えー、それで現在までコレ?」
「……あ、なんで人の部屋に」
折原さんはずかずかと入り込んでぐるっと見まわす。
「漫画本の一冊もないじゃん」
「コミックレンタルしてるから」
「どうして、女の子のポスターもないよ!」
「邪魔、壁紙の日焼けがでてくるし」
「写真集もないっ!! あ、今度あたしの写真集あげる」
それを持ってどうしろと?
オレのそんな表情を見て彼女は呆れた顔になる。
オレの部屋からリビングダイニングにまた戻ってきて、テーブルにグラスを置くと、オレの両肩に手を乗せる。
「ひどい……、あたし、そんなに魅力ない?」
「……折原さんは、綺麗です、美人です、かわいいです」
折原さんは、チっと舌打ちをした。
「そうじゃなくてさ、あたしみたいな女の子と一発やってみたいとは思わないわけ?」
だから、女の子が口にする科白じゃないっすよ。
「倉橋に言わないのはどうして?」
普通はみんな倉橋にいくだろ、女子が10人いたら10人はオレじゃなく倉橋狙いだろ。
「アレだろ、美緒のは一種の征服欲だろ、降矢みたいな、性欲が薄い男をその気にさせてこそ、女としての自己顕示欲が満足するタイプなんだろ?」
そういう人もいるのか……。
「でも、美緒、降矢の場合は性欲云々よりも、惚れた女がいるからっていうのが理由じゃね?」
「惚れた女がいても、あたしが言い寄って、鼻の下伸ばす男はかなりいるわよ」
ああ、そうかも。
「てか誠ちゃんみたいに、上手くいかない片想いとかしてると、あたしみたいなのが言い寄ったら涎たらして、ソッコーいただきますよ?」
「そうならない誠だから、美緒が力入れて言い寄るわけだ」
「女としてのプライドがあるじゃない」
でもさ、もし、仮定で、オレが折原さんにその気になったら、折原さんはオレなんかポイだろうな。用は目的が達成されれば満足なんだから。
いっくら魅力的でもそれがわかっているんだから、手はでないだろ。
「てか、オレ勉強しなきゃだから、それ飲んだら終いにしてよ。試験近いし」
「試験て?」
「調理師免許だよ」
「誠ちゃん本当にコックさんになんの?」
「仕事で必要だと思ったから――――――……」
「夜学通っても、うちの食生活は充実してる。降矢は合格するだろ」

そうなんだ。
オレはこの1年半は夜学で専門学校に通っていた。
勤務先がフードコンサルタント会社。
入社当初コンサル部に馴染めなくて……辞めようか考えていた。
ほら、オレこの性格だし、人前で営業指針をアドバイスなんて、先輩の原稿読み上げるだけでも、もう、テンパッてた。
そんな時、声をかけてくれたのが、課長だった。

―――――スキルアップする気があるのなら、異動も考えてくれるわ。

商品企画部には、調理師免許があれば、すんなり異動できるっていうし。
どっちかっていったら、オレはそっちの方がよかった。
料理作るのは子供の頃から好きだったし。

―――――けど、夜学に通えるもんですか?

―――――やる気があればできるでしょ、直属の上司に相談してみたら?

相談するところから、始めなさいといわれた。
それはもっともなことで。オレはおっかなびっくり直属の上司に相談を持ち込んだ。
商品企画に異動したい。夜学に通って調理師免許を取りたいと。
上司は意外にも大歓迎だった。
新人の社員の言葉なんて切って捨てられると思っていたから、拍子抜けしたぐらいだ。
オレは胸ポケットにしまい込んでいた辞表を出さずにすんだ。

元々、本当は中学卒業したら、専門学校に行きたかったんだ。
でも親や先生も高校へ行けって薦めた。
オレみたいに引っ込み思案で、オタクで、コミュニケーション下手なヤツを早くに社会に出すのに不安があったんじゃないかな。その気持ちはわからなくもないし。
回り道したけれど、今回のような機会に恵まれることは、そうそうない。オレは大学受験と同じぐらい頑張ってみた。



「えー、じゃあ、もしかしたら、会社やめてもお店屋さんできるの?」
「資金があればね。でも経営は難しいだろ、好きなものを作るだけってわけにはいかない。売って生計たてないとね」
仕事柄、そういう人にたくさん会う。
みんな夢をもって調理師になったんだけど、現実の壁にぶち当たるのだ。
「そっか、頑張って、誠ちゃん。そしてあたしにまた美味しいご飯作って〜」
「……」
折原さんに背後から首に抱きつかれる。
……コレか!!
確かに今ドキリとした!
世間一般の男子の気持ちがほんの一瞬、判った気がした。