同窓会 −3−
適当なテーブルにつくと、ウェイターがドリンクのオーダーを取る。
会場がほぼ一定の人数に達したところで、マイクを前に立ったのは岩崎厳太郎であった。
が、真咲は顔も上げられず、ひたすら目の前のグラスに視線を当てている。
「それではーだいたいそろったところでーみんなー久しぶりー!」
「ちーす」とか「おおー」なんて返事があちこちから聞こえる。
「ここは二時間までフリードリンク、食べ物も適当に頼んであるので、楽しくやっちゃってください。それでは、待ち切れず飲んじゃった人も。緊張して待ってる人もはいグラス持ってー。カンパーイ」
「カンパーイ!」
姿を見なくてもガンちゃんの変わらない仕切りぶり。
真咲は俯いたまま軽くグラスを上げるだけにとどめたけれど、両隣と正面に座る斉藤は構わず真咲のグラスの縁に自分たちのグラスを当てた。
「で、あんた達は何やってんの?」
ビールのグラスを手に、斉藤が真咲達に尋ねる。
「あたしはー、コレ」
美紀は名刺を渡す。
「某宝飾店の販売員よー普通に、派遣だったんだけどー、来年は社員にならないかーって話があるんだ」
「へー」
「あたしはナース」
友里は言う。
「白衣着ちゃうの? 夜勤とかあんだよね、きつくね?」
「んーでも。ほら、あたし身体弱かったから、よく病院いってたし、病院の雰囲気って割と好きなんだよね。もちろん今じゃ健康体だし、患者持ち上げられますよん」
「スゲー」
美紀がアクセサリー買いにきてねと、真咲に名刺を渡す。
「あんたは?」
斉藤の言葉に真咲は真咲は一気にグラスビールをあおって、テーブルに突っ伏した。
「……」
「真咲ちゃん?」
「どったの鎌田?」
「真咲ちゃん」
「やっぱ、帰る」
「はあ?」
ウェイターが空になった真咲のグラスを下げ、追加オーダーを取る。
「同じので」
突っ伏して微動だにしない真咲に代わって斉藤が自分の分と真咲の分を追加オーダーする。
立ちあがろうとする真咲の腕を強引に引いて、座らせる。
「ドコ行く気よ」
「帰る」
「はあ?」
斉藤が素っ頓狂な声を上げると、上の方から声がかかる。
「ここにいたー真咲ちゃん」
「ちょっとー、飯野君聞いてよ、この子なんかテンション低いんだけどー」
斉藤の言葉に飯野は首をかしげる。
「うん、俺も、もっと元気かと思ってたんだけど……どうしたの? 真咲ちゃん」
「ほら、王子が質問してるんだから答えなよ」
斉藤の言葉に飯野が言う。
「なんだよ、王子って」
「王子は王子、飯野君の見た目とかの印象」
「そんなポヤポヤしてる? 俺」
「いやいや、品がいいなってことよ」
中学時代、斉藤は飯野を好きだったけれど、今はもう違うのだろう。
そりゃ8年も経過してれば、状況も変わる。
この斉藤の状態から察するに、仕事も恋も順調なのかもしれない。
わが身を振り返り、彼氏もいなければ職もない自分はやっぱりここに来るんじゃなかったな―と真咲は思う。
「王子は、今、何やってんの?」
「弁護士」
「マジで? ねえちょっとアンタやっぱあたしと付き合わない?」
斉藤が言うと飯野は苦笑する。
「斉藤さん、弁護士=お金持ちって思われがちだけど、実際違うし、俺、かけ出しだし」
「そうなんだ、でも飯野君ならゆくゆくはがっつり取りそうじゃん。その時フリ―だったら考えてよ」
「やっぱ金ですか? でも金なら俺よりすごいヤツいるって」
飯野がそういうと、視線は真咲の背後に向けた。
が、もちろん俯いたままの真咲にはそれがわからない。
「でも飯野君が弁護士かー瀬田のヤツなら弁護士って、わかるんだけどな」
「瀬田君ね、わかるわかる〜雰囲気そんな感じ〜」
美紀も言う。
そこへ。
「真咲ちゃーん!!」
背後からがしっと大きな手のひらが真咲の肩を捕まえる。
真咲はビクっとして丸めていた背を伸ばす。そして振り返ると、当時のあどけなさを残しつつ、身長の声も大きく変化を遂げた岩崎厳太郎、ガンちゃんが立っていた。
「何ー調子悪いの?」
「……ガンちゃん?」
「そだよ」
「岩崎、背え伸びたよねー、今、何センチ?」
斉藤もガンを間近に見て驚きを隠せない様子だ。
「187ぐらいかな? 俺んち、親父もお袋もでかいから、高校入ったらなんか急激に背が伸びてさー関節とか一時すっげえ痛えのって、……て、真咲ちゃん具合悪い?」
真咲は首を横に振る。
「もう、来て早々から、この調子よー帰る帰るの一点張り、何よーあんた男に振られでもしたの?」
真咲は深く溜息をつく。
まるで深呼吸のように。
みんな中学を卒業してから高校生活を謳歌して、大学行って、社会人になってちゃんとしている。
真咲だって数ヶ月前までは派遣といえど、働いていたから、もし、この同窓会が数ヶ月前だったら、もっとテンションは違っていた。
けれど、これが現実。
「まあ、振られたといえば、振られたわけで」
就職にと真咲が心の中で呟付け加える。
「何、何、どんなヤツと付き合ってたの? この際だからゲロっちゃいなさいよ」
「斉藤、言葉汚い」
「とうとう鎌田の口から恋バナきけるなんてーこんな愉快な、あわわ、楽しいことはないわよっ」
ほんとこの女は口悪いなーと真咲は思う。
でも憎めないのは、真咲が成長したからなのだろう
斉藤のこのテンションに乗じてなら、もう情けなくみっともない現状も、笑い話にしてくれる。開きなおろう。
真咲はそう思った。