同窓会 −2−
そして当日。
なかば本気で結婚相手ゲットの合コンという思想に浸かった母に無理やり買わされたワンピースと普通のスーツを並べ、結局、普通のスーツで出ることにした。
金曜日の夜だし、仕事帰りにOLやサラリーマンなんて人が大多数に決まっている。
何か思いっ切り勘違いしてねー? と失笑されると思ったので、スーツにすることにしたのだ。
真咲は同窓会のハガキを手にする。
このハガキ、往復ハガキだったのだが、返信はがきは結局出さなかった。
返信ハガキを出さなかった時点で、やっぱり同窓会にはいかないよと母親に言えばよかったのだが、ワンピース買って、結局行かないなんてどういうことよ!? と無言の圧力に耐えかねた真咲。
本日、会場へと向かう。足取りは重い。
やっぱりやめようかなーとUターンをした矢先、友里と美紀にばったり出くわしてしまった。
「まーさーきーちゃーん!」
「お久さしぶりー!」
「よかったー、うちらだけだったら、ちょっとだけ飲んでカラオケ行こうって思ってたんだよー!」
二人にがっちりと腕を掴まれて、帰宅するという選択はここでなくなってしまった。
が、友里と美紀の「つまんなかったら、すぐカラオケへGO!」の言葉が若干、真咲の重たい気持ちを軽くする。
それにすぐにUターンして家に帰宅したら、また母に怒られそうではある。
「さ、行こ行こ!」
二人に連行されて、会場入り口まで辿り着くと、飯野が立っていた。
「青木さんに、木村さん、真咲ちゃんも!」
相変わらずのイケメンぶりである。
というか10年経って、ますます男っぽくなって背も高くなって、カッコイイ飯野に、美紀も友里もキャーと小さく声を上げる。
飯野も普通に会社帰りですって感じのスーツだった。
が、モテ系のスーツ姿はまた格別……。
「連絡なかったから、来てくれないかと思ってたんだよ、真咲ちゃん」
飯野の言葉に、美紀と友里が両サイドから真咲に視線を走らせる。
自分達は名字敬称なのに、真咲には「真咲ちゃん」である。
これがガンちゃんなら、二人も納得だが、相手はこのイケメン飯野なのだ。
年頃の乙女としては気になるところだろう。
ひやかしとわずかな嫉妬の視線を感じて真咲はいたたまれなくなる。
「み、みんないなかったら、帰ろうかって……思ってて……だから返信はがきは出さなかったの……だから、あたしちょっと声だけかけて帰ろうかと……」
もうカラオケもどうでもよくなってきた。
やっぱここは帰る口実を見つけてさっと帰ろう……。真咲はそう思った。
が。
「えー、何言ってるの、水臭いな。別にそんなの気にしないで、人数多い方が楽しいから、入って入って、俺も後で行くから」
「えー飯野君は?」
美紀が少しばかり甘えたような声できいた。
「一応案内係、だからもうちょっとここにいるんだ。ガンと光一はもう着てるよ」
「そ、そうなんだ……」
「じゃあね」
爽やかに手を振られて会場に押しやられ、これで退路は断たれてしまった。
「飯野君〜っ! 当時もカッコ良かったけど、今でもカッコイイよねー!!」
美紀が小さく囁く。
「ほんと、ほんと、成長するたびにカッコよくなってない〜?」
友里も頷きながら相槌を打つ。
「その飯野君から『真咲ちゃん』呼びされた真咲ちゃん〜ウラヤマシー」
「……か、代われるものなら、代わってやりたい……」
「?」
「テンション低くなーい?」
「低いよ、とっても」
いかにもOLでーすって感じの二人とプ―太郎の自分とじゃ、イケメンに名前呼びされても、卑屈さに輪をかけるばかりだ。
「一体どうしちゃったの? 真咲ちゃん」
「え……まあ……その……」
ゴニョゴニョと口ごもると、バッシーンと背中を思いっ切り叩かれる。
「いったー、何?」
振りかえると、かなり盛り髪のメイクばっちりの女性が立っている。
一瞬誰だろうと首をかしげる。
「背筋伸ばすー!」
その声は紛れもなく、聞き覚えのある声。
「斉藤っ!?」
「まったくあんた何歳? 中学校から変わってないのって問題じゃない?」
いやあ、アンタが変わり過ぎでしょ。なんていつもの真咲ならツッコミをいれるところだが、その変貌ぶりにはただただ口をぽかんと開けて見つめるばかり。
「その髪、そのメイク、女子力ゼロじゃんよ!」
「そんなアナタはレベルアップされているようで」
「プロですからー」
そういって、彼女は真咲に名刺を渡す。
その指先はしっかりと何重にも塗り施されたネイルアート。
名刺には綺麗なセンスのいい会社のロゴ。
肩書きにはヘアスタイリストの文字。
「ヘアスタイリストなのに、その爪」
「これは、つけづめ。退勤間際にやってもらったの」
「……な、なるほどね」
高校時代、愛衣ちゃん経由で斉藤は高校を中退したという話を聞いていた。
斉藤も真咲もそんなに成績はいいほうじゃなかったけれど、入学して一ヶ月後に退学届を出したという話は、当時はちょっとしたショッキングなニュースだった。
今の本人を前にすると、自分の道をしっかりと歩いてきた結果なのだろう。
店の名前だって、女性雑誌に掲載される美容院の店舗名だ。
愛衣ちゃんがデザイナーとして大成し、彼女をライバル視していた斉藤も自分の得意分野で頑張ってるというわけだ。
その名刺を思わず握りつぶしたくなるのを必死で堪える。
「まったくもーうちの店に来なさいよ、ちょっとは見られるようにはしてやれるんだからさ」
「……はは……」
真咲の乾いた笑いに、斉藤は眉間に皺を寄せる。
そして真咲を挟んだ美紀と友里に話を振る。
「こいつ、どうしたの?」
「斉藤さんもそー思うー?」
「テンション低いのよー真咲ちゃん」
「飯野君を前にしても逃げ体制」
斉藤の右頬がピクリとひきつる。
「あんた、女子力枯れてない?」
「女子力の問題じゃないのよ」
真咲は深々と溜息をついた。