8話 初めての友達とドキドキ




翌日、ガンちゃんも光一も真咲も、菊池さんも、各自分担していた荷物を持っての登校になった。
飯野君はお母さんの病院に行ったり、桃菜ちゃんのお世話があるから、昨日の買出しには不参加だったけれど、今日の放課後は、桃菜ちゃんのお迎えをしてからまた学校に戻ってくるハードスケジュールだ。
各自の大荷物は、登校すると家庭科準備室に保管。
休み時間のたびに、真咲は保健室へ足を運んだ。
しかし、5分休みよりもやっぱり昼休みが一番時間が取れる。
さっさと給食を平らげると、即行で菊池さんのいる会議室へ走っていった。

「デザイン画の数字を頼りに、サイズ2種類作ったんだ。デザイン画にサイズが書いてあったでしょ? 大きな体格の子もいるみたいだから……」
妖精と蝶々の型をピラっと、菊池さんは見せてくれた。
「愛衣ちゃんすごーい、あ、愛衣ちゃんて呼んでいい?」
「う、うん……」
愛衣ちゃんは褒められて、顔を真っ赤にしてる。
名前呼びされて嬉しいという気持ちもあるけれど、そこは真咲にはまだわからない。
「あと着ぐるみも、サイズ二種類作った」
「えーとじゃあ、あたし、何すればいい?」
「生地を裁断してみて」

「えっ……」

生地の裁断……。
鋏を入れた入れたら、やり直しはきかないのだ。
そんな真咲の緊張が伝わったらしく、愛衣ちゃんは両手を振る。

「あ、いきなり型紙どおりに切るんじゃなくて。とりあえず1人分の量だけ切っていこうと思うの。サイズに合わせて型紙どおりから微調整しないとブカブカになったりきつかったりするし」

真咲の肩の力が抜けた。
愛衣ちゃんは、縦に長い会議室のテーブルに生地を広げて、竹定規で1メートルごとにチャコペンで印を付けたかと思うと、スーっと紙に線を引くように、生地に線を走らせる。
真咲が切りやすいようにする為の直線を生地に引いてくれたのだ。
愛衣ちゃんは、昨日あの大荷物を持って、家に帰って、なおかつ、型紙を作ってきている。
生地の直線の裁断でためらっていては何もならない。
ゴクリと生唾を飲み込んで、ピンクと黄色のサテン生地を前に、真咲は緊張する。
真剣な愛衣ちゃんの姿を見て、真咲もジョキっとサテン生地に鋏を入れる。
最初はおぼつかないジョキンジョキンといった鋏の扱いが、段々と、生地の下から刃を滑らせてシャーっと音を立てていけるようになった。

「真咲ちゃん、上手い、上手い」
「愛衣ちゃん」
「あ、ご、ごめん、あの、ま、真咲ちゃんって呼んでいい?」

愛衣ちゃんが躊躇いながら尋ねる。

「いいよ! もちろんだよ!」

真咲が答えると、愛衣ちゃんは嬉しそうな顔をした。

――――そうよね。愛衣ちゃん、中学校に入ってすぐにクラスの女子に総スカンくらったんだもんね……。

入学当時はどきどきしながらも、新しい友達が出来るかな? なんて思い巡らしていたに違いないのに、待っていたのは女子からのシカトとかイジメだったのだから……。

――――もしかして、あたし、愛衣ちゃんが中学に入ってからの初めての友達っ?


「おお! 愛衣ちゃん真咲ちゃん、さっそくやってんな!!」
「ガンちゃん!」
「あ〜鎌田さんやってる〜」
大田さんとビーズ同好会の2人が顔を覗かせる。
「あたしたちなにすればいい?」
「じゃ、こっちのピンク、同じように1人分ずつ切って」
「わかった〜」
「おやゆび姫なんだって〜?」
「そう、ピンクのサテンはお花の妖精で、黄色がちょうちょうなんだ。白のサテンが姫」
「姫〜いいねえ〜姫」
「ウェディングドレスみたいだね」
「ツバメもすごいよ。王子よりもカッコイイよ、マントが」
デザイン画をちょろっと見た美紀が云う。
「すげ〜! ガッ○ャマンみたいだ〜」
往年のアニメーションのタイトルを挙げる。
王子のマントは色はゴージャスな金色だけれど、シンプルな形なのだ。
ツバメの役のマントは逆に色がシンプルに黒だけど、マントの裾のデザインが鳥の羽のイメージでギザギザになっている。
「ほんとだ〜! カッチョイイ!!」
デザイン画を一通り見てから、彼女達は長いピンクの生地を1人分に裁断始めた。
「オレ等は?」
ガンちゃんと光一と飯野君が尋ねる。
「えーとモグラとカエルを1人ずつに分けて切って……あとツバメの分も」
ピラっと愛衣ちゃんが型紙を渡す。
「みんな終ったら生地裏にコレを載せて、チャコペンでなぞって」
「OK」
「サイズは二種類だから、大きいのと小さいのあるから」
「おっしゃ」
会議室で鋏の音と、他愛ない雑談と、お昼のクラシック放送が流れたが、結局1人分の生地を裁断したところで昼休み終了のチャイムが鳴った。

「うがあああ、ちょうどノッてきたところで授業だよ!」
「でも、すごいよ! 人数分切れてるよ!!」
「ほんとだー」
ちなみに蝶々はチャコペン終了だった。

生地をまた綺麗に畳んで、紙袋にしまう。

「また家庭科準備室に戻してくるよ」

真咲が紙袋を抱える。
もちろん1人じゃ持ちきれないのでガンちゃんも抱えている。

「じゃ、放課後は家庭科室に集合な!」
「おう!」
「放課後はもっと人数ふやしてこようぜ」
「だな」



真咲はガンちゃんと一緒に家庭科準備室に荷物を戻しに行く。
なんとはなしに、ガンちゃんの後ろをついて歩く。

「真咲ちゃんさ」
「な、ナニ?」
「愛衣ちゃんのこと、マメに声かけしてあげてんだね」
「え?」
「今日、五分休みに時とか、保健室へ行ってたみたいじゃん」
「う、うん」
「いいヤツだよなー」

――――いや、ガンちゃんに比べれば全然ですから!!

「そ、それを云うなら、ガンちゃんもそうじゃん」
「うん、光ちゃんがさー『鎌田は本来しっかり者だから、菊池の面倒見ると思う』って云ってたし、中澤先生からも云われたんだろ?」
「あー、まー、確かに、中澤先生からは云われたんだけどさ……愛衣ちゃん可愛いし、嫌われる要素とかあんまないじゃん、大人しいし……」

強いて云えばその大人しさが、イジメをしていた連中を図に乗せるのかもしれないとは思っている。
あとは……。

「美人だし」

ヤキモチなんだろうな……と思う。
あの飯野君と並んでお似合いだもの。
さっきだって、一緒に、姫と王子の衣装を裁断していた。

「だよな!」

ガンちゃんの相槌に、真咲はドキンとする。
愛衣ちゃんは可愛いし美人だ。
ガンちゃんは、最初っから愛衣ちゃんを名前呼びだった。

――――ガンちゃん……もしかして、愛衣ちゃんのこと……好きなのかな?

鼻歌まじりでご機嫌のガンちゃんの後ろ姿を見て、ふと、そう思った。

――――いやいや、ガンちゃんはきっと誰にでもそうだし。

――――てか、なんで、ガンちゃんの好きな人とか気にしてんの?

好きなんじゃないの? と、一昨日の夜、母親に云われた言葉が頭の中に浮かぶ。

――――そんなんじゃないしっ!

真咲がブルブルと頭を横に振ってるとガンちゃんが振り返って、キョトンとした顔をしている。

「どうしたの? 真咲ちゃん」
「いや、ナニ、前髪が……顔にかかって……」
「コレ?」

ガンちゃんが、真咲の頬にかかる一筋の髪を指で払いのける。

「払いのけたぞ」

――――っ! なっ……今、なん……。

今普通に、何気なくやった仕草だ。
女の子が両手塞がってて、髪が邪魔だと云ったから、払いのけただけだ。
だけど。

――――けどっ! やばい、今のはヤバイって!!

ガンちゃんは別に、真咲のことを好きだとか、そんなんじゃないのはわかる。
きっと誰にも同じことをするだろう。
だけど、それをされた真咲の心臓はバクバクバクバクと、激しい。

「あ、あ、ありがと……」
「どーいたしまして」

ガンちゃんのくったくない笑顔を見て、真咲の心臓はバクバクバクと頭の中にまで響いてくるようだった……。