リトルリーグ・リトルガール キャッチボール・プレイボール14
「ばっちこーい!」
グラウンドの少年たちの声が響き渡る。
スコアボードは打撃戦だった様子が見て取れる数字の羅列。
最終7回。
墨東エンジェルスのベンチには、休日だからか保護者も何人か応援にきている。
河川敷のグラウンドの為、バックネットのフェンスは簡易なものだ。
土手を背に、親たちはグランウンドの子供達に視線をそそぐ。
その背後に、体格のいい青年が近づいてきても、気がつかない。
気がつくのは、橋を背にしている相手チームのベンチに座る保護者達だが、それが誰なのかはっきりとわかる距離じゃない。
サングラスをしていても、ジーンズにスタジアムジャンパー、野球帽を目深に被っているし、父兄の誰かだろうと思うだけだ。
『思いっきり打っていい』
透子はバッターにそうサインを送る。
透子の背中は、昨日の一件をすっぱりと忘れたような感じすらする。
実際、透子の隣りにいる美香も中谷も、その集中力には脱帽する。
バッターボックスの少年は頷いて、ピッチャーを見据え、ボールを見る。
苦手な内角を責められても、さっき透子から伝えられたアドバイス通りにバッドを振りぬくと、内野ゴロだった。ファーストが捕球に失敗して、二塁に。
ベンチの少年たちは沸きあがる。
「良いぞー! 武史!」
「続け! ノブ!」
透子はまったく同じサインを送る。
中谷はちょっと驚く。
「意外だな、もっと手堅く攻めるかと思った」
中谷に云われて、はっとする。
確かに、今までの自分らしくないなと思う。
「あ、ダメだった?……練習試合だし、最終回だしノーアウト……」
透子がおずおずと言う。すると。
「いいんじゃねーか? 雰囲気いいんだから、ガンガン攻めても」
背後からの声に、中谷と美香と透子はびっくりして振り返る。
そこには、野球帽を目深に被って、サングラスをかけた秀晴が立っていた。
「ヒ……デ……」
「ホラ、監督、指示は?」
秀晴に云われて、透子はバッターの子に指示を送る。
バッターの子は、透子の云う通りにバットを振った。
センターとセカンドのど真ん中にボールが落ちる。
「回れ! 回れ! 武史、もうホーム行け!!」
中谷が叫ぶ。
子供達もメガホンを持って叫ぶ。
三塁を蹴って、頭からスライディングしていく少年、土煙が上がるベースへ返球されるボール。
審判が声をあげる。
「セーフ!」
同点だった状態から、逆転へ。
ベンチの少年たちが立ちあがって、ピョンピョン跳ねる。
透子は秀晴の方に振りかえる。
中谷が、「挨拶にいくぞ」と子供達をベースへ促す。
ベンチにいる親達からは、少し、距離を作って、透子は秀晴の方へ歩き出す。
「……ヒデ」
「昨日は、話にもならなかったからな、ここにきた」
「あたし――――――」
「オレの話は、全然してない」
確かに、秀晴の言葉を遮って、自分だけが話して、自分だけが幕を引いた。
「とりあえず、誕生日、おめでとう。コレを返しに来た」
秀晴は紙袋を透子に渡す。それは昨日、透子が小柴に預けたものだ。
それを秀晴が持ってきたということは……小柴はあの後、秀晴に会ったのだと透子は察した。
そして、自分の気持ちも秀晴には伝わってしまっていることも。
秀晴がサングラスを取ると、思いっきり殴られた痕が残っている。
透子は驚いて叫び出しそうになるのを抑えた。
「今まで、連絡しなかったのは悪かった、謝る。ごめん」
「そんなこと、それよりその……傷」
「これは、別に構わない」
「だって」
「オレはお前を傷つけたし」
「……」
「オレが思っているより、お前がオレのことを想ってくれていたなんて、知らなかったんだ。だからって、お前に対して誠実じゃなかったことは、許されないと思う。謝るよ」
「そんなこと……」
謝る必要はない。
透子自身が、彼に伝えなかっただけなのだから。
「大事なことだろう、赦して欲しい」
「赦すも赦さないもそんな権利ないよ……あたしは今までヒデに―――――きちんと云わなかったし……あたしがヒデのこと……」
「あ、待て、その先は云うな。オレが先に云うから」
ヒデが手で透子の発言を制する。
「トーキチ」
「うん」
「透子」
「……はい」
「オレはずっと、お前が好きで、憧れて、それは今も変わらない」
「……」
「だから、今日は気持ちを全部、云うよ」
まっすぐに、秀晴に見つめられて、透子の心臓はドキリと高鳴る。
「キャッチャーを、やる気はないか?」
「キャッチャー……」
「マスク被って、プロテクターつけてとかじゃないぜ。そういう勘違いよくするからな、釘をさしておく」
「……」
「プライベートで、オレと生涯、バッテリー組んでくれってことだよ。オレの恋女房は、お前しかいない」
「ヒデ……それ……つまり……プロポーズ……?」
「そう」
透子は自分の顔に、頭に、血が上っていくの感じた。
「愛してる。透子。一緒に――――オレとこれから先の人生をやってこう」
「普通は……お付き合い……しましょう……からじゃないの?」
「そういう段階踏んで、ゆっくりやろうとしたけど、失敗したんだよ。だからもう、まだるっこしいことしねえで、結果から申し込むことにした。ちなみに――――――お前が、オレのことを顔も見たくねえって程、嫌うまで、云い続ける。そのスクラップをオレの目の前で処分して、2度と会わない宣言するまで、云い続けるからな」
透子は、自分の目頭を軽く握った指で押さえた。
熱い水滴が落ちる。
「頼むから、泣くな……お前が泣いてるのを小柴さんに見られたら、今度は顔面2発じゃすまねえよ」
秀晴が手を伸ばして、壊れ物を扱うみたいに、透子の頬の涙を拭う。
「コレ以上、離れていたくない。互いが思っていることを、キャッチボールみたいにして――――――伝え合うんだ……」
「バカ……」
「良く云われてる」
「浮気者」
付き合っていたわけでもないのに、この発言はどうかと透子は思うけれど、でも、秀晴がいうのは、こういうことなのだ。気持ちはもう、バレているのだから。
このぐらいのことは、云ってもいい……。
「2度としない」
こうして、返してくれる言葉が、ずっと欲しかった。
そして相手は彼でなければ、意味がない……。
「だから、透子、オレと――――――」
「プライベートでも、ピッチャーがいい」
「……」
「キャッチャーが、ヒデなら……いい」
「透子」
「気持ちを―――――キャッチボールみたいに投げ合って……ずっとずっと……一緒に……」
頬を流れる涙を拭う、秀晴の手を、透子は握り締める。
「一緒にいたい」
透子が小さく呟く。
その瞬間、秀晴は透子を抱きしめた。力強く。
リトル時代。勝ちゲームの時に抱きしめたよりも、その力は強くて、だけど、気持ちは満ち足りていた。
「これから、ずっとキャッチボール、始めるんだね……」
――――――――気持ちを伝え合う、キャッチボールを。
「そうプレイボールだ」
これからの時間を。2人で、始める合図の言葉を彼は云う。
「うん。プレイボールだね」
彼女は泣き笑いで、彼の腕の中で、彼を見上げる。
秀晴も透子も互いを抱きしめ合いながら、笑顔で互いに囁き合う。
長い長い気持ちを、お互いに伝え合うところから、始めていくための言葉を。
――――――――――プレイボール……。
END