ほろにがバレンタイン 2






「りかちゃんこんにちはー」

約束の土曜日、菊田さんが優莉と一緒に家にきた。
旦那は本日もお仕事で不在。
菊田さんが家に来るがてら、実家に寄って、優莉を連れてきてくれたのだ。

「いらっしゃい」
「まつりちゃんは?」
「ベビーベッドで眠ってるよ」
「さ、優莉ちゃん、お手てを洗ってうがいしてからですよ」

菊田さんに促されて、優莉は素直に頷く。
今日はチョコ作りのはずなのに、ここにくると、優莉は、茉莉と遊びたくてたまらないのだ。

「ちょこ、つくるまえにまつりちゃんをみたい。いい?」
「いいよ」

リビングのベビーベッド柵をキュっと握り、覗き込む。

「まつりちゃーん、ゆうりおねえちゃんだよー。あとであそーぼーねー」

ちっちゃい声でそう囁いてる。
遊ぼうっていうけど、茉莉はまだ三ヶ月だからなあ……。
優莉にとってはリアルミルク飲み人形な感覚なのかもしれない……。
茉莉に挨拶すると優莉は、キティちゃんのピンクのリュックからエプロンを取り出し、バンダナを三角巾にして頭につける。

「りかちゃん、じゅんびできたよー」

キッチンにやってくる優莉に踏み台を進める。
キッチンにとどきやすいように予め用意しておいたのだ。
「こういうの作ろうか、一個一個のヤツ。仕上げに、アラザンやチョコペンで綺麗にデコレーションするの」
完成図とレシピを書いたノートを見せる。

「かわい〜」
「優莉にも作れるからね」
「うん」

優莉が来る前に、ある程度下ごしらえをしておいた。
刻んだチョコを湯煎させる。ゆっくり溶かして混ぜる作業をさせれば、チョコを作ってる気分になるだろう。

「生クリーム入れると、口どけが良くなるから」
「はあい」

チョコを溶かして、生クリームを加える。
あたし特製のチョコクッキーを砕いたものも加えて、ボール状に成形させる。20個ぐらい成形すると、その上からアラザンやチョコペンなどでデコレーションをする。それなりに可愛くなった。

「じゃ、だいたいできたから、よく冷やそう。プレゼントにするからカードとかは書くの? 用意してあるけれど」
「かくー」

可愛いデコトリュフが並んだバットを冷蔵庫にしまい、リビングのテーブルで菊田さんが揃えてくれたラッピング材を選び始める。

「ほんとはね、じゅんぺーくんに、てつだってもらおうかなっておもったんだけど、ゆうり、じゅんぺーくんにもあげるからないしょにしたかったんだ」
「そっか」
「でも、ママからじゅんぺーくんにあげたほうが、じゅんぺーくんはよろこぶよね、でも、ママはきっとあげないだろうから、ゆうりがよういしてあげるの」

姉よ、娘の言葉をよくきいてやれよ。その件に関してはあんたの娘とあたしは同意見だよ。

「それとーあとー、つばさくんとだいちくんにもあげるの」

翼君と大地君は、慧悟の兄の息子たちだ。
あたしと慧悟の結婚前にバーべキューで会って以来、優莉はその双子がお気に入りだった。
おっとりした大地君と元気で活発な翼君……義兄夫婦は女の子の優莉を大変気に入っており親子そろって優莉によくしてくれる。
年末なんかは別荘に招待してくれて、優莉は初めてスキーデビューをした。
莉紗姉が、「あんたが結婚してからお世話になりっぱなしで……」なんて発言はそういうことからもきている。

「ちょくせつわたしたいけど、おうちわかんないし、とおいから……でもさっき、きくたさんがわたしてくれるっていってくれたの」
「そう、菊田さんすみません。お願いしちゃって」
「いいんですよー、きっとお二人ともすごく喜びますよ」
「このまえのスキーたのしかったから、おれいのチョコなの。で、ようちえんのゆうだいくんと、あきひろくんと、つばさくんと、だいちくんと、じゅんぺーくんの、チョコで5にんぶんなの」

……5歳児、なんという気遣い……。
おばちゃん、気立てのいい姪っ子もって幸せだよ。
ジーンと感動していると、茉莉が会話に加わりたいようにほわあと泣きだした。

「あ、まつりちゃんがおきた。ゆうりミルクをあげるよ」
「じゃ、おばちゃんと一緒に、あげようか」
「うん」

菊田さんが素早くキッチンに向かって茉莉のミルクを作ってくれる。
その間に、茉莉のおむつを取り替えて、抱き上げる。
哺乳瓶を見て優莉が手を伸ばす。
あたしは優莉を膝に乗せて、茉莉と優莉をだっこする形でミルクを優莉に手渡すと、優莉はぎこちない仕草で、茉莉にミルクを飲ませる。

「まつりちゃんおっきくなってきたねー」
「そうね」
「来年は優莉さんのあとをくっついてまわりますよ」
「いろいろ悪戯されるよ、優莉」
「だいじょうぶ、まつりちゃんいいこだもん、ゆうりおねえさんだから、いっしょにあそんであげるんだもーん」
「そしていると莉佳さん、もう一人ぐらい産んでもいいんじゃないかしらって思えますね」
「えー?」
「いえ、莉佳さんはずっとお仕事されていたにも関わらず、お子さん慣れしてらっしゃるから……沐浴の仕方も上手だって病院で言われてましたでしょ?」
「ああ、それはこの子がいたからですよ」

あたしは優莉の頭に顎を乗せる。
優莉の赤ちゃんの頃、姉も仕事をしているからあたしも手伝っただけの話。
ミルクもおしめも沐浴も、ひととおり優莉で研修済みってことなのだ。

「産むのはいいけど、産むまでが大変だからなあ……」

出産は楽だったけれど、妊娠期間がいろいろ悪阻できつかった。
菊田さんもそれを思い出して「そうでしたね」と頷く。
そこに、リビングのドアを開けて、現れたのは、旦那だった。

「ただいま」
「……おかえり」
「おかえりなさいませ」
「おじゃましてまーす」
「いらっしゃい、優莉ちゃん」
「こんにちは。あのね、きょうはね、りかちゃんにね、いっしょにちょこをつくってもらったの」
「ああ、バレンタインね」
「そうなの」
「叔父さんの分もくれるの?」
「ごめんなさい」
「叔父さん振られちゃったか」
「ちがうの、ママがね、りかちゃんがきっとあげるから、けいごおじさんにはいいよって。ゆうりがあげたら、りかちゃんがやきもちやくからやめておこうねっていってたの」


姉よ、なんてことを娘に吹き込むんだよ。
それでもって、それを聞いた慧悟は楽しそうに笑う。

「そっかそっか」

あたしは茉莉を抱き上げて、げっぷをさせる。
そのまま茉莉を抱こうとする慧悟から、茉莉を抱え込んで言う。

「手を洗って着替えてきて」
「はいはい」

着替えてきた慧悟が茉莉をあやしている間、あたしと優莉はチョコのラッピングに取り掛かった。
翼君と大地君用のチョコを手に、菊田さんがマンションを去ったあと、あたしは夕食の支度に余念がなかった。