極上マリッジ 29






結婚式まで普通は半年ぐらい時間を要する。
その準備期間で一番時間をとるのが、招待状を出して出席する人数を確認する作業。普通は招待状を出して返信までの期間って約一ヶ月は必要らしい。
でも、今回は式まで時間がないので短い期間で出欠を確認しなきゃならなくて、友人と、現在自分の経営下の社員と、親戚に留めてごくごく内輪で……それで絞っても招待客は60名。慧悟は会社の社長だから、もっと人数増やすべきなんだろうけど、会社関連も内輪でいいって、慧悟は判断したとか。
それが決まると、出される料理とか、引き出物とか衣装とかを細かく決めた。

そう衣装。
ウェディングドレス。
お義母様の仕事関連で、マタニティ用のウェディングドレスを用意してもらった。
おなかを保護するためエンパイアラインのドレスなのかなって思ったんだけど、最近は、Aラインやプリンセスラインのマタニティ用のウェディングドレスもあって、普通のウェディングドレスとデザインはそんなに変わらないのにはちょっとびっくり。

で、衣装選びは莉紗姉も義母様も一緒になって選んでくれた。
ビスチェ部分は左の胸元から花びらモチーフのレースが斜めに施されて、バックは胸やウェスト部分を調節できるシャーリングになってて、スカート部分は、アシンメトリーなギャザードレープ。ドレープの端にもビスチェのフロント部分は小さなレースがほどこされていて、チュール生地がふんわりとしたプリンセスデザイン。
流れるような花びらのモチーフを施したチュールレースのふわふわがボリューム感たっぷりでおなかを目立たなくさせている。
あたしにはちょっと可愛すぎるかなって思ったけれど、莉紗姉とお義母様と菊田さんが、絶対にコレにしろって主張する。

「絶対、絶対コレ!」
「コレよね!?」

自分達が着るわけでもないのに、莉紗姉とお義母様は盛り上がる。
ま、こればっかりはしょうがないよね、女子なら盛り上がるもんね。あたしだって莉紗姉の結婚式の準備の時は盛り上がったもんね。

「莉佳ちゃんカワイー! キレー!!」

そして女性陣の中で一番盛り上がっていたのは優莉だった。
ぱちぱちと手を叩いて、目をキラキラさせている。

「おひめさまみたいー!」
「じゃ、女性陣の満場一致でコレで」
「さっきのミカドサテン素材も捨てがたいけど、重たいのよね」
「生地がですか?」
莉紗姉の質問にお義母様は頷く。
「すてきー」
「優莉ちゃんもお姫様ドレス、おばちゃんが用意しておくからねー」
お義母様の言葉に、莉紗姉はギョっとする。
「そんな」
「いいのよ、私の仕事上、そういう伝手はあるし。やっぱり女の子は可愛いわあ、着せ甲斐があるわあ。莉紗さんもフォーマルドレス用意するわよ?」
「いや、黒のスーツがあるので」
「唯一の身内の挙式なんだから、冠婚葬祭で役立つブラックフォーマルも悪くはないけど、もう少し……」
お義母様のつめよりを遮るように、菊田さんが莉紗姉に云う。
「黒留袖、着られたらいかがですか?」
その意見にお義母様はうんうんと頷く。
「いいわね、夏場に敢えて、黒留袖。暑いけど妹の門出よ、着ちゃいなさいな。選ぶわよう! 黒留袖っ! 莉紗さん! 家紋は!?」
あたしは莉紗姉の肩をポンと叩く。

――お任せした方がいい。
――マジですか?

アイコンタクトで会話がなされる。

莉紗姉は、結局押し切られる形で、花車の模様にブルーグレイのぼかしが入った黒留袖を、お義母様は、吉祥文様に鶴をあしらった柄の黒留袖を選ばれた。
「で、慧悟さんの衣装はどうしたのよ、莉佳」
「それが、先日仕事帰りに決めてきたみたい」
「衣装合わせの時に前撮りで写真とっちゃえばよかったんじゃない?」
「……そこまで気が回らなかった」
「あ、いや、あたしも、もっと早く云っとけばよかったよね、あんたの体調もあるし、当日しっかり撮ってもらえばいいか」
あたしは頷いた。



そして、当日。
会場の新婦控室で叔母ちゃんは「お兄さんにも見せてあげたかったわ」なんて涙ぐんでいた。
そして叔母ちゃんの旦那である叔父さんごめん。バージンロード一緒に歩くことになって。
叔父さんは飄々とした人だから、気にしてないみたい。
というか、「妊婦でもバージンロードなんだよなあ」なんて、呟いて、叔母ちゃんに強烈な肘鉄を食らっていた。
そんなに大勢はいない親戚だけど、父親の葬儀以来の集合だから、これで亡くなった父親も一安心よね、なんて会話が中心だった。
そこに、元職場のメンバーがわらわらと挨拶に控室に入ってくる。
その中央にいたのは……。
旧姓、田端日和。現在荻島日和の姿があった。
もちろん、あたしが彼女の旦那に片想いしてたのは、このメンバーでは誰も知らない。
みんな結構お祝いムード。
もちろん、プラトニックだったし、過去は過去なので、あたしも日和の登場に胸を痛ませることは当然なくて、逆に照れくささ全開。
「きゃー、莉佳さんおめでとうございますー!」
「日和」
「もうー! 彼なんていないってゆってたのにっ! 大嘘つきじゃないですかー!! やーん、ドレス素敵っ! おめでとうございますっ!」
先々月に挙式を挙げた日和が、感極まった状態であたしの両手を取って握手する。
いや、あんたの結婚式が縁でこうなったのよ。
「もう隠れてこっそりとあんなイケメンと付き合うなんてっ」
「あ、えーとその……そうじゃないのよ」
話すといろいろあるのよ。
「しかもおめでた二乗だそうで!」
「うん」
そこは否定しない。
「大丈夫ですか? あたしなんて最近むくみひどくて〜」
むくみ?
おい。なんだそれ。
もしかして。
「莉佳さんはいつですか? あたしは来年1月なんですけど」
それって。
「ママ友メールしましょうね」
若干、照れが入っているものの、いつものお日様みたいな日和スマイル。
あたしは思わず椅子から立ち上がった。
「おめでとう日和っ!」
「ありがとうございます!」
「旦那はっ!? 荻島はっ!?」
「『店閉めたら即行でいくからお前、ゆっくり先に行ってろ』って」
カラカラと日和が笑う。
「具合が悪くなったら云ってよ? 莉紗姉、叔母ちゃん、妊婦さんがお客様の中にいるからってプランナーの人にも伝えて」
「わーわー、平気ですからっ! お気づかいなく!!  さっき控室の外で耳にしたんですけど、莉佳さんと違って、あたしは全然、つわりらしいつわりがなくてー発覚したのはやっぱり吐き戻しではあったんですけどね。あたしが雅晴さんのタルト食って吐くってありえないじゃないですかーそれで発覚したんですよ」
そりゃーアンタが荻島のタルト食って吐くなんてありえないわ。
けど、その吐き戻し一度きりって云ってるし。
う、羨ましい……。
「じゃ、ウェディングケーキはあたしが作ったわけじゃないけど、でも、美味しいと思うから食べてね」
「え? そうなんですか?」
「レシピはあたしが作ったんだけどさ」
「えーそれじゃ、莉佳さんのケーキですよ」
日和も慧悟と同じことを云ってくれた。
「新作?」
「うーん、それなりに?」
「期待するでありますっ」
いや、アンタの味覚は侮れないから、こっちは緊張するわ。
けど、なんで、あたしこんな浮かれた気分でいられるのかしら。

そう。
わくわくして、そわそわして、照れくさくて、でも、すごくすごく嬉しくて、幸せな気持ち。
こんな幸せな気持ちは、多分生まれて初めてだと思う。
新郎の控室にいる慧悟に、今すぐ伝えたい。

――あたし、今、とっても幸せな気持ちだよって。

そしたら、きっと、慧悟はいつもの俺様な調子で、当然だろって、云い切るに決まってる。

そんな慧悟の顔を見るまで、挙式まであと数分――。