ゴールデンウィークの次の週末、慧悟の実家に挨拶に行ったんだけど……彼の実家は、都内の閑静な住宅地にあって、お坊ちゃまだったんだわ、やっぱりって感じ。
何もかも予想通りー。
ただ、予想に反していたのは、お義母様でした。
菊田さんとか慧悟とかの話だと、家事ダメなお嬢様な感じでそのまま大人になられたのかと思いきや、違ってました。
もちろん、お義母様、綺麗な人でした。
慧悟はお母さん似なんだね。
慧悟のお母さんは、モデルみたいに背が高くて、ショートカットで項が綺麗で、慧悟やお兄さんを産んだ年には見えない……黒のパンツスーツを着こなして、出来る女、バリバリ実業家キャリアウーマンタイプだったってことが意外。
「待った? 待たせた? ごめんなさいねえ、バタバタしてて。ウチの人は戻ってきている?」
「オヤジはまだだよ」
慧悟は呆れたようにお母さんに云う。
「まあ、忘れてるんじゃないでしょうねっ!」
「さっき電話あったよ、先に始めてろって……」
「あ、そう」
お義母様はあたしをじっと見つめる。
心臓がバクバク云ってる。
「美紀子さんはふんわりなキュートなお嬢さんだったんだけど、慧悟は美人系が好みだったのねえ」
び、美人系……っ!? 耳慣れない単語にあたしは言葉も出てこない。
「つわり、ひどいんだって? 慧悟になんでもやってもらいなー菊田さんも手伝ってあげてね」
「そこなんですよ」
「何? 菊田さん」
「莉佳さんは、なんでもご自分でやろうとして、吐き戻しがつらそうなんです、妊娠なんて女性にとっては神様がくれたお休み期間ですよ」
「菊田さん詩人〜」
お義母様のちゃかしにも慣れているのか、菊田さんはそこはスル―。
「奥さまがお好きだと訊いて、莉佳さんは、オペラを作られて持ってこられたんですよ」
「うっそ、キャー! 見せて見せて〜」
慧悟のお母さんなんだから、年齢的には50代後半〜60代前半なんだよね。多分。
仕事をしているから? 感性が若いの? 見た目も若く見える。
菊田さんが冷蔵庫に冷やしていたオペラをテーブルに出す。箱を開けて見せると、お母さんは両手を握りしめてあたしの作ったケーキを見つめる。
オペラはビスキュイ生地にクリーム、ガナッシュにチョコレートと丁寧に層を重ねないといけないんだよね。結構職人泣かせだったりする。工程の途中で温度が高いとクリームとチョコが溶けだしたりね。腕が問われる一品ですよ。
「スッゴイ! 綺麗!!」
恐縮です。
「あ、ねえ、結婚式のウェディングケーキ、もしかして自分で作る気?」
あたしは慧悟を見る。
つわりのひどさで、結婚式への具体的な日程とか内容とかは全然考えも及ばないのが現状なんだよね。
「何も考えてなくて……入籍はしたので、式はしなくてもいいかなって……実家には両親はもういませんし、うるさい親戚もいない……と思うので」
「叔母さんがいただろ」
慧悟が云う叔母さんとは見合いのセッティングの際に間に入った叔母さんのことだと思う。
まあ、一人や二人は何か云う人が出てくるかもしれないけれど……。
「えー慧悟のお嫁さんのウェディングドレス姿見たい〜」
「ドレスなんだけど、おふくろのところで伝手はない?」
「あるある。マタニティウェディングのドレスでしょ?」
「ああ」
「心当たりがあるよ」
「じゃあ頼むわ」
「……?」
「ああ、コレ、とりあえず私の名刺」
名刺には、リトル・ムーンっていうのが社名なのか、そして、下に肩書きが……代表取締役……鳴海小夜子って記載されてる。
「え? 社長?」
「旦那の会社は別よー、あたしの会社よ。お洋服作ってるのよ」
……服飾ブランドの会社社長……ってことですか?
ほんとうにバリバリ実業家なんだ。なら家事には手が回らないでしょう。
仕事に夢中で稼ぎまくって菊田さんを雇ったのかな……そんな経緯が自然と想像できてしまうわ。
「美紀子さんが双子を産んだ時に試しに作ったベビー服が、結構ヒットして、そういうのも取り扱ってるから、莉佳ちゃんも赤ちゃん産んだら作ってあげるね」
「あ、ありがとうございます」
「女の子がいいわあ、美紀子さんところは男の子だったから、女の子の服を力入れて作ってみたいわあ」
「どっちでもいいだろ」
慧悟が呆れたようにそう云い放つ。
「もちろん男の子でもいいけどね」
そんな話をしてると、ドアチャイムが鳴って、菊田さんが出迎えに玄関まで小走りに走って行く。
リビングに現れた慧悟のお父さんは、渋いオジサマって感じ。口髭と、こめかみに混じる白髪とか俳優さんが演じる実業家タイプを想像してみてください。それが最初の第一印象。三つ揃いのスーツがお似合いです。
ここの家の男性ってスーツが似合うわ。ああ、お母さんがそう云う風にコーディネートしてるのかな?
「いらっしゃい」
「はじめまして、小野崎莉佳です」
「え? もう入籍したんでしょ?」
慧悟のお父さんはそう云った。
「は、はい」
あたしは慧悟を見上げる。
え? そこまでもう報告してるの? してるのか……。
「じゃ、うちの娘だ、莉佳ちゃん、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「みてみて〜莉佳ちゃんがオペラ作って持ってきてくれたの〜」
「おお、綺麗だなー大変だっただろ?」
「作成自体は、工程が細かいケーキですね」
「パティシェなんだってね、さすがプロだ」
「ありがとうございます」
作品を褒められることは、慣れているので、そこは、職人気質で返事はできるんだけど……。
「お支度整いましたよ」
ダイニングテーブルには、菊田さんの手料理が所狭しと並べられていた。
が、慧悟のお父さんとお母さんはそろって云う。
「えー着替えたいー」
「……お着替えしてください」
菊田さんはこの夫婦に慣れているのかツッコミ一つ入れずに、厳かに一言云うのだった。
シャワーをして、チノパンにダンガリーシャツになったお父さんと、ストンとしたルームウェアのワンピに着替えたお母さんが、テーブルについて、食事をしながら話したのは結婚式についてだった。
「何にもきめてないのか?」
「決めてない」
「生まれる前には挙式するんでしょうね」
「それはする」
「あ、あの……あたしの体調が今よくなくて……慧悟さんもそこを気にされてると思うんです……」
「……うーん」
「ま、安定期に入っていから挙式するのが普通でしょうね、でも、そんなにつわりたいへんだと、つらいわねー二時間我慢できる?」
「……大丈夫といいたいんですが、こればかりは」
あたしは正直に云う。
「だよねえ、えーと今、9週だっけ? だいたい12週〜15週で安定期に入るんだよね、一ヶ月後ねえ。あんた場所を検討してるの?」
お母さんの言葉に、慧悟はバッグから透明なクリアファイルを見せる。
「マタニティウェディングの経験がある会場とかスタッフがいるところを見つけて、候補をいくつかピックアップしてきたから、莉佳も含めて今、決めてくれ」
「へー。あ。ここホテルでもやってるーランチブッフェ美味しいところだったわよ、ここ、ホテルもいいわねー」
「ゲストハウスとか専用もよくないか? ほら、一組限定とかも、うるさくなくていいだろうし」
「ほんとだー、二次会もそのままだってよ、莉佳ちゃん」
「……」
二次会も参加される気ですか? お義父様お義母様……。
「莉佳ちゃんはどういう式にしたいの?」
「……どういうって云われても……」
自分の結婚式なんて……全然想像もつかないよ!
「自分の結婚式なんだぞ、ここで自己主張しておかないと、俺達が決めちゃうぞ、いいのか?」
……その強引なところが慧悟にそっくりです、お義父様。
顔はお義母様に似たけれど、中身はお義父様に似たのね……慧悟……。