極上マリッジ 12






優莉が乗れるアトラクションをいくつか乗ることに。水族館だけだと思ってた優莉にしてみれば、遊園地のアトラクションも楽しめるとは思ってもいなかったらしく、かなりはしゃいでいた。
帰る間際に莉紗姉と純平君にお土産を買っていると、優莉がイルカのぬいぐるみを持って現れた。優莉にしては珍しい、おねだりなのかな? っと思ったら……。
「りかちゃん、あのね、なるみさんがね、いるかちゃんをぷれぜんとしてくれたのー」
あたしの表情が固まったのを優莉もさすがに気付いたらしい。
「優莉、そういうことは、買ってもらう前に叔母ちゃんに云わないとダメじゃない」
「云ったら、莉佳は反対するだろ」
「優莉が欲しいって云うならあたしが買うわ」
こんな日の想い出が優莉に一つぐらいあってもいい。そう思ってた。優莉ぐらい年齢の子にとって、お土産コーナーなんて誰かの為というより自分の欲しいものを買いたくなる場所なのだ。
「じゃあ俺が買ってやっても、違わないだろ」
あたしが鳴海氏を睨みつけると、優莉はイルカちゃんぬいぐるみを抱っこしたままシュンとしている。
あたしは、優莉を抱き上げる。
「優莉、ありがとう云った?」
「うん、なるみさん、ありがとー」
抱っこされた優莉は、鳴海氏に顔を向けて云う。
「……ありがとう」
あたしも、そう云うと、鳴海氏は優しげに笑っていた。
ストンと優莉を腕から下ろすと、鳴海氏はあたしの持っているお土産の入った紙バッグをスっとあたしの手からまた取る。
「買い物、済んだらかえるぞ」



優莉はチャイルドシートに座って、イルカちゃんぬいぐるみを抱きしめたままぬいぐるみとお話ししていたみたいだったけれど、15分もすると、スヤスヤと眠ってしまった。
「眠ったのか?」
車を走らせながら、鳴海氏は尋ねた。
「優莉はね」
疲れたんだろうな。いつもよりもはしゃいでいたし。
「莉佳も眠っていいぞ」
「……」
そうはいかないでしょ。そりゃー今日の誘いは鳴海氏からの申し出だったけれどさ、何から何まで姪っ子のいい休日の想い出作りをしてもらって、あげく帰りの車で爆睡するほど、ツラの皮は厚くはないつもりだ。
車は高速に乗りあげて、そして観光名所でもある大きな橋の下にあるJCに入った。やっぱり優莉は起きなかった。おトイレタイムだからなー。ここを逃すと他にあったっけ? もしここで起きないで首都高に入ったら……首都高にこういう場所あったっけ? 子供は待ったなしがきかないもんね。
あたしがちょっと困った感じで優莉を見てると、鳴海氏は云う。
「莉佳は降りてくれば? 俺が見てるから」
「でも……」
「起きたら連れて行くから」
ここでいちいち口論する気はなく、素直に言葉に甘えて、あたしはお願いしますと云って、車から離れた。
帰りに、缶コーヒーと、紅茶を買って車に戻った。鳴海氏は、助手席のドアを開けて立っていた。
「優莉ちゃんは眠ってるので、莉佳はこっち」
助手席に座れと云うのか!? いや、見合いの席の帰りに座ったことはあるけどさ。目が覚めたらどうすんの!?
「ほら」
背中を押されて、助手席に押し込まれた。
ほんとにゴーインな男だなこの人! 
「ゴールデンウィークのバーベキューなんだけど」
鳴海氏が運転席に座り、シートベルトをして、エンジンをかける。
「お姉さんもご一緒に誘ってみて」
一瞬、あたしはもしかして、鳴海氏はあたしじゃなくて、莉紗にターゲット絞ったの? などと思ってしまう。
「人数が多いといいだろうし、友達も誘ってみて」
「……」
なんだ、単純にメンツあわせか。
「俺の甥っ子達は小学生なんだけど、優莉ちゃんとも遊んでくれると思うよ、面倒見いいしね」
「甥っ子……さん?」
「ああ、兄の夫婦とその息子も一緒」
家族ぐるみってヤツですか!? ちょ、ちょっとまて、それってさ、いや、まさか。
「正式なご挨拶前に、そういう機会を設けて置くのもいいだろう?」
「は?」
「は? じゃない」
だって、あんた今なんっつった? 正式なご挨拶ってなんだ? それってその結婚のこと?
「な、鳴海さん」
「慧悟」
名前で呼べというのか!? いやつっこむところはそこじゃない。というかそこだけじゃないというべきか。
「まだ詳しくは決まってないから、そのバーベキューの話を決めるのに一度食事がてら話そう、今度の金曜日、夜7時に迎えに行く。予定あけておいて」
気持ち的には『なんでお前の家族とバーベキューせなならんのじゃ!!』と叫びたい気持ちでいっぱいだった。が、でかい声でギャースカ反論したら優莉が起きてしまう。
本当にこの男は自分の思い通りになんでも進ませると思ってるのか!? 合わない、あたしの性格には合わない。オレ様大嫌いだしね! 振り回されるの大っきらいよ。主導権握られて、アレコレ指図されるなんて我慢ならないわ。仕事は別よ、金が絡むから。でも、私生活は違うでしょ? 
この年まで彼氏なしなんだから、かなり自由気ままにやってきたの。片想いでもう好きな男に対して気遣いして疲れるのに、好きでもない相手に気遣いできないじゃんよ。普通誰でもそうじゃない? 
だけど好きでもない相手とやっちまってんのに説得力ねえって、ツッコまれそうだ……。
「鳴海さん」
「だから慧悟」
「鳴海さん」
あえてあたしは名字に敬称をつけて呼ぶ。
「あたしと鳴海さんはあわないよ」
「それは俺が決めるから」
「そういうところが嫌いなんだけど」
あたしは一拍おいて、溜息をついてから云う。
「優莉をダシにしてあたしと接点をもとうとするのはやめてよ」
よっしゃ、よく云ったあたし!
「わかった」
え? な、何? なんだ〜話せばわかる人なんだ〜、よかった……。
「じゃあ莉佳が直接俺の誘いを受けるならしない」
……んだとぉ!? あっさりと了解したのは何? あたしがあんたに合わせればいいってことかい!?
「莉佳が俺との結婚を考えてくれるなら」
なんでそうなるのよ!? あんた、あたしが今あんたのこと嫌いって云ったよね!? そこスル―なの!?
「誘いも受けないし、結婚もないっ! だいたい、なんであたしよ!?」
「優莉ちゃん起きるぞ」
くっ、あんたいま優莉をダシにしないって云ったばっかじゃん。もーやだ、こいつと話してると頭痛くなる。マジで頭痛がする……
「云わせてもらうけど、鳴海さんは趣味じゃないの」
「最初の夜はそうは思えなかった」
「それは、酒のせい、ノーカウント」
「だから、改めて考えてみれば? 俺との付き合いを前向きに」
「鳴海さんにお似合いの女性は、たくさんいるでしょ? あたしと違って、モテモテでしょうが」
「やきもち?」
「つきあってもない男にやきもちやいてどーすんのよ」
「一度は寝たこともあれば独占欲もわかない?」
「わかないわね」
嘘だ。頭痛を堪えて云い返す。
この人に巻き込まれたくないと思うのと同じぐらい、実は、もう、このままこの人の手に落ちてもいいと思ってる自分も確かにいる。
あの日の夜も、キスも……もう一度、この人とならいいとは思うし、今、他の男と付き合ったとしてもそこまでの関係にはなれないだろう。もちろん交際も結婚にも気持ちは動かない。
なら、鳴海氏でいいじゃないのよと、姉なら云うな……。
だけど、この人にそうやって惹かれるのは自分だけじゃないと、安易に想像できる。
「莉佳が心配したり気を揉んだりするような……そんな女はいないよ。女と付き合ったことが無いとは云わないが、莉佳が想像するよりも少ないだろうし、結婚を考えるような付き合いはない。だから、莉佳を選んだ。問題ない」
「……」
「嘘は云わない」
車はあの見合いの日と同様に、車は首都高の6号線を抜けて、あたしと優莉の住む街並みへ向かう。

「嘘を云わないのは、わかってる」

そう、わかってる。この人は嘘は云わない。
だって、あたしと結婚したい理由をきちんと云わない。




好きだから愛してるから、結婚をしたいと……この人はまだ、一言も云わないのだから……。