極上マリッジ 7






「ちょっと、結婚式て何よ」

あたしは問い返す。

「結婚すること」
「誰と誰が?」
「俺とキミが」
「なんでっ?」
「当然だろう、子供ができてれば、親なんだから」
「そんな出来るわけない―――!!」
「どうして? やることやっただろ?」
確かに子供が出来ちゃうようなことを、この目の前にいる男とやっちゃったけどさ!
出来るわけがないっていうこの言葉は、子供にかかってないわ。
結婚って言葉にかかってんのよっ! 
あんたと結婚なんて出来るわけないじゃないの!
何を考えてんのよ。
そう思いながらも、自分の身体のことながら、ちょっと不安になってきた。
あの夜……というかもう夜明け前は、そこまで気が回らなかったというか力尽きたというか……。
子供……。
あたしは姪の優莉を思い出す。
優莉はいまでこそ幼稚園児だけど、赤ちゃんの頃もあった。
あたしがミルクをあげたりおしめだって変えてあげたりもした。
ほわほわしてあったかくて、できたたてのパンみたいに柔らかくてもちもちしてて……。
自分が意外にも子供が嫌いじゃないと優莉に教えられた……。
それが……あたしにも?
いやいや、待て、慌てるな。
もしかしたらって話で、今後そうなるかなんて神様にしかわからない。
そんなことの為に、今日のコレを仕組んだこの男は、一体何を考えてるのよ。

「……できてなかったらどうすんの?」

あたしは眉間に皺を寄せたまま尋ねた。

「その時は改めて結婚を前提に付き合う」

「……誰と?」
「キミと」
「誰が?」
「俺が」
「ちょ、なんで結婚前提なのっ!?」
「せっかく見合いもしたことだし?」
「断る!」
即答した。
「そもそもなによ、この見合いっ。見合いって何よ!? 一発やった女に逢うためにわざわざ見合いをセッティングってどーなのさ。渡部オーナーから訊いたなら直接連絡取ればいいじゃないの」
落ち着いて冷静に考えなくちゃと思いつつも、言葉がパーンと飛び出してしまう。
「連絡とりたくてもとれなかったからね。恥ずかしがり屋の誰かさんが、逃げ出した後だったから。だから使えるツテを使ったまで」
飄々とした彼の言葉。
連絡とりたくてもとれなかったて……そりゃ、あの日は慌ててたけど、この部屋には何も残さずに出て行きました。
けど、オーナーもオーナーだわ。
個人情報保護法ってアテになんないわね。
この部屋でたら真っ先にオーナーに連絡とってやる。

「云ってただろ?」
「何を?」
「ドラマチックな恋愛の出逢いなんてないって」

そ、それは……云いました。
確かに、あの夜。愚痴るように呟きましたが、覚えてたのか。
あたしが云ったこと、この人、忘れてなかったんだ……あんな、なんてことない愚痴だったのに。
片想いの相手が結婚しちゃって、気持ちを打ち明けないまま、失恋したあたしの他愛もない愚痴。
それ、覚えてて、こんなこと、演出したってワケ?
そりゃー、これはある意味ドラマチックな出逢いってことになるけど。
あんな他愛もない愚痴にいちいち、付き合っちゃうわけ?

「それに、さっきも云ったように、万が一の為の布石。出来てたら今日出来たってことにしたらいいだろ? 渡部に根回ししてもらったら、キミの叔母さんがっつり食いついてくれて、面白いぐらいにハマった」

なんてこと。あたしだけでなく叔母ちゃん、あなたも馬鹿にされてますよ。
だいたいさ、避妊に失敗したから責任とって結婚ていうのも、どうなのよ。
確定ならともかく、かもしれないって状況なのに。
しかもできてなかったら結婚前提のお付き合い?
なんて云ってるけど、なんだかもードラマチック通り越して胡散臭いわ。
馬鹿にされてるとしか思えませんよ。

「あたしの間抜けヅラも拝めて一石二鳥!?」

あたしの剣幕に怯まずに、彼は云う。

「意外と口悪いね、莉佳」

おう、三代続いたチャッキチャキの下町生まれの江戸っ子ですよ。
あんたとは違うの。釣り合わないでしょ。
だいたい育ちのいいボンボンなんだから、もっといいお嬢さんの紹介があってしかるべきだろうし、この男は見た目はいいし、砂糖に群がる蟻のように、女が寄ってきてもおかしかないでしょ。

「俺もそろそろ結婚しときたんだよね」

何よ、その誰でもいいよ的な感覚で『結婚しておきたいんだよね』って。
結婚は誰とでもしていいものだったっけ? そう思わせる台詞。
あんた、結婚をなんだと思ってるの!?
結婚って一生やってく相手とするもんでしょ、愛がないとやってけないよ?
それに結婚を失敗した身内が身近にいれば、愛があっても結婚が続くものでもない現実も知ってるし。
この男との結婚なんてありえない。

「すればいいじゃないの、勝手に、あたしはしないわよ。なんであたしなのよ」
「夫婦生活は身体の相性も大事だと思うわけだ」
おいおい……そりゃ、結婚してりゃ夫婦だし一緒に暮らすし、当然あっちの生活も含まれるけどさ……。
「忘れた?」
「何が?」

「この部屋でいろいろと二人でシタこと」

ニヤリと口角を上げて鳴海氏が笑う。
ちょ、エロイから!! ダメだっ。思い出すってば。
生まれて初めての経験は、僅かな痛みと一緒に骨まで溶けるような快楽。
それに興奮し、歓喜したことも。
それをこの男に与えられた。
あれから何度も、あの夜を夢に見る。
この男の手の平の感触も唇の感触も、声も香りも。
忘れられなかった。身体の芯が疼いて、何かが欠けてるみたいで、何度も眠れない夜を過ごしたけど……。
落ち着け、あたし、冷静になれ。頭を冷やせ。
本気じゃないのよ、これは。
だいたいえっちの相性がいいから結婚てありえないでしょ?
からかわれているだけ。
そうよ、金持ちの暇つぶしよ。
うっかり言葉に乗っていいわ結婚しましょってなったら絶対泣きを見るのはあたしに決まってる。
誰が見てもそう思う。

「バカバカしい帰るわ」

あたしはソファから勢いよく立ちあがる。
勢いよすぎて、クラリと立ちくらむが、ほんの一瞬だ。
足に力を入れて踏みとどまる。

「莉佳」

呼び捨てにするな!

「どこへ行く?」
「帰るのよ」
「送るよ」

あたしは鳴海氏に向かって睨みつける。

「人を馬鹿にするのも程々にしたほうがいいわよ」



捨て台詞には溜飲が下がった。
あの日は、こっそりと音も立てずにこの部屋から出て行ったけれど、今日は違う。
足音が絨毯に吸い取られるのは変わらないけれど、息をひそめてこそこそと出て行くなんてことない。
このホテルのスイートのドアを音を立てて閉めたのは、多分あたしぐらいだろうと思った。