極上マリッジ プロローグ






……頭が痛い。
胃がムカムカする。
明らかに二日酔いの症状。
胃が痛いにも関わらず、身体は水分を求めているのがわかる。
あんまりにも居心地いいから眠りたいけれど……。

ちょっとまて。

ここはあたしの部屋じゃないよ。いつも使用している寝具より数段上質の肌触り、部屋の空気とか光の加減で、目を開けずとも、自分の部屋じゃないってことはわかっていた。
それでもって何より、自分が一糸纏わずの状態で寝具に包まっているこの事実。
おまけに、おまけにだ。

いる。

自分以外の人間が、このベッドにっ!!
あたしは瞼を開ける。
なにがどうなった?
二日酔いの頭をなんとか回転させてみた。
根本的な記憶喪失かもしれない、まずは自分の名前と年齢を思い出そう。
小野崎莉佳、よし、忘れていないぞ。
つい最近までイタリアンレストラン(Frutti di mare paradiso)のドルチェを担当してたパティシェ……独身。
30歳……そう30歳……昨日があたしの誕生日。
それでもって……昨日は同僚であり(年は三歳年下だけど、彼の方がキャリアが長い)片想いの相手だった荻島雅晴の結婚式だった……。

結婚式……。

昨日泣いた、確実に泣いたぞ。
目を開けようとした瞬間、みっともないことに目やにがごっそりだったし。
ああそれよりも。
結婚式。
なんかしたか?
ずっと片想いだった相手に、花嫁の前でちょっとまったコールして告ったりしたか? 
いやいや、ないない、それはない。
花嫁は会社の後輩、田端日和ちゃん25歳。
悔しいけれど、お似合いのカップルだったよ。
あたしと荻島が並ぶより、誰がどう見たって、荻島の隣には日和ちゃんだろ?
都内のレストランで挙式。社内結婚みたいなもんだから、参列者はすくなかったし、こじんまりとしてて、よかったんだよね。
ウェディングドレスはAラインでブーケはラウンド型で綺麗だった。
ちゃんと牧師の前で宣誓して、参加女子は感涙号泣。
荻島のヤツが給料三ヶ月分エンゲージリングに寄り添わすように結婚指輪をはめてあげてた瞬間も、公衆の面前で堂々と誓いのキスをしたことも。
レストランウェディングにしては行き届いた給仕サービスや料理も司会進行から、余興も……うん。
いい流れだった、完璧だった。
29歳、いや、奇しくも30歳誕生日を迎えたこのあたしが、参列した挙式の中でも指折りのスムーズな流れ。
うん、そこに感動したことも覚えてますよ。
二次会。
ああ、仕切ったというか影でこそこそ動きましたとも。
花嫁と花婿が到着する前に、デジカメで撮影した式の写真をプリントアウトしてミニアルバム作って回覧して、新郎新婦登場まで場を持たせたり? 
ビンゴゲームの商品が足りるか確認したり?
幹事をサポートしましたとも。
花嫁と花婿を送り出して三次会。
そこは会社関係者と友人と話が盛り上がった数名でやったはず。
……そこまでは思い出した。
そのあと……どうした? 三次会があったんだ。 
メンバーは誰だった?
オーナーの渡部さん。ホールマネージャーの木下君と経理担当の西田さん。シェフの片岡氏と笹野氏。大崎君と柿山ちゃんに……取引先の方っぽいメンバーが何名かいた……。
うん。
そうだよ、そこで、そのうちの一人で名前も知らないけど(聞いたような気がするけど忘れた)、その男と意気投合というか、その場のノリっていうか、アルコールも入っていたし、失恋したてでヤケ気味ってところもあって……あたし、昨夜……。

ヤッチャッタ。

その言葉と一緒に昨夜のことが記憶の波が押し寄せる。
頭痛と一緒に、身体中が痛い。
使ってなかった筋肉とか関節とか動かしたから余計に。

やばいやばいやばいやばいっ!

隣で眠ってる男を起こさないようにそおーとベッドから起きて服を身につけて、引き出物が入った紙バックを確認して、音もたてずにその部屋から出た。
廊下にも敷き詰められた絨毯は、昨夜の為にピンヒールをはいていたあたしの足音を消してくれて、ラッキーだった。
なんとかエレベーターに乗り込んで、下のロビーにたどり着くと、どこの場所かはっきりした。
都内の高級ホテルの一つだった。
上層階からエレベーターを降りてきたので、多分、あれはスウィートルームってヤツだったんだ。
すぐにそこのソファに座りこみたい衝動にかられたけれど、相手と鉢合わせしたらやばいでしょ?
すぐにエントランスへ出て、タクシーに乗り込もうかどうか迷ったけれど、結局乗った。
とりあえず、自宅付近の地名をあげると運転手は、車を出してくれた。
車がゆっくり走りだした時点で、あたしはシートにもたれかかり、深い深いため息をついたのだった。