アレクお留守番する





 「じゃ……いくけど」
 「いってらっしゃい」
 「すぐ戻るからね」
 「大丈夫です、ちゃんとお留守番します。魔術の勉強もします」
 「あー遅くなるようなら連絡するから」 
 「え……どうやって?」
 ルビィはアレクの小さな手に腕輪を嵌める。
 「真ん中の赤い石がぴかぴか光ったらアタシの連絡だからね」
 「……?」
 「試してみようか」
 ルビィは小さな金属のカードを取り出す。
 「自分の部屋に戻って」
 アレクは言われたとおりに自分の部屋に戻る。そうすると、ピカピカと腕輪の石が点滅した。
 「ピカピカしてる……」
 アレクはそーっと、点滅する石に触れると『アレクー聞こえるー?』っとルビィの声が腕輪から聞こえる。
 「ええええ! 何これすごい!! ルビィ聞こえます! わたしの声聞こえますか!?」
 『聞こえるよ〜。どう? これならどんなに遠く離れていても連絡できるでしょ?』
 「はい!!」
 『一日一回ぐらいは、アレクからも連絡してね』
 「はい!!」
 自分の部屋からルビィの私室へ戻る。
 「石に触れると会話が終了するからね」
 「これ、ルビィが作ったんですか?」
 「迷宮都市にある」
 「……迷宮都市……」
 「ダンジョン攻略するメンバー同士で連絡するアイテムの一つ。ま、現在はこっちが主流だけどね」
 ルビィは金属の小さな板をヒラヒラさせた。
 「ギルドカードさ、これにいろいろ情報を詰め込んでる。攻略者以外に連絡つけるために開発されたのがその腕輪」
 「へー……」
 「じゃ、今度こそ行ってくるよ。いい子で留守番するんだよ」
 「っはい!! いってらっしゃーい!!」
 アレクは元気よく両手を振る。
 その様子を見てルビィは微笑む。
 扉をあけてクローゼットぐらいのスペースにルビィが入ると床下の紋章が白く光ってその姿を消した。

 「ふわぁ……すっごーい……ルビィの魔法……」

 アレクは両手を組み合わせて、誰もいなくなったそのスペースを見つめていた。

 「さて、今朝摘んだ薬草で回復薬作らなくちゃ」

 アレクは腕まくりをして調剤部屋へ歩き出した。




 「お帰りなさいませ、ルビィローズ様。予定よりも遅いお帰りで」
 転送装置から足を踏みだして、室内のドアをあけると、初老の執事とおぼしき男が恭しく一礼する。 
 「ただいま。コレ、清書して、学院の教務担当者に配送を」
 ルビィが歩きながらバッグから取り出すのは、アレクが整理整頓してくれた書類の束だ。
 執事はルビィに付き従いながらそれをスマートに受け取る。
 「アタシの留守の間に変わりはない? ダンジョンの方はどう?」
 「はい、安定しております。何度か、アダマント様からご連絡がございました」
 ルビィは舌打ちする。
 「あの若造、人をさんざんっぱらこき使いやがって」
 そう毒づく。
 「そうだ、ジャック、レベッカを呼んで頂戴」
 「かしこまりました」
 「ニ、三日はこっちにいるけど、すぐに森に戻るわ」
 ここ数年は、森から拠点をこの迷宮都市の館に移った女主人の発言に、執事は目を瞠る。
 執務室に足を運んで、バッグとローブをソファにほおり投げる。
 懐からアレクに見せた薄いギルドカードを取り出す。
 カードに指を滑らせ、耳に翳す。
 
 ―――この若造には、まだ知らせたくないわね……。

 『ルビィ?』
 
 カードから若い男の声が聞こえる。

 「森から戻ったわ、何度か連絡したんだって?」
 『うん、新しいダンジョンの攻略手伝って。多分今回のはでかくなる、でかいと半年作業だからさあ』

 男の声は、うきうきとしており、弾むような口調だ。

 「無理」

 ルビィは即座に答える。
 懐から愛用の長い銀の煙管を取り出して火をつける。

 『なんでだよー……森の火事は沈下したんだろ?』
 「したわよ、でもちょっと忙しいの」

 ドアノックがして執事とメイドがお茶を持って入室してくる。

 「アンタの部下を使いなさいよ、新しいダンジョンが出来るたびにアタシを投入してたら後進育たないわ」
 『そうなんだけどー……つれないなー』

 ポットから香り高いお茶が淹れられて、ルビィのデスクの前に音もなくおかれた。
 
 『学院の成績優秀者をぶっこんでやれば?』
 『え?』
 『実践よ、机上のレクチャーや訓練だとわからないでしょ、ダンジョン、学院の現在の実践って攻略済みのダンジョンのみだったでしょ』
 
 煙管を盆に置いて、カップを手にして一口味わう。

 『すげえ……死んだらどうするの?』
 「そこはベテランを随行させる、学生の中にもいるでしょ、『転生者』とか『トリップ』してきたヤツが。そういうの入れておけば案外いけるんじゃない?」
 『え〜だってそういう子たちって、この世界きて数年とかじゃん。それに一学年に一人とか二人だよ。大人だと生産特化に走ったり、すでにダンマスやってて、内政に勤しんでるよ。学生が手に追えないエリアに入ったらどうすんだよ』
 「アンタが考えなさいよ、アンタの国だろ、『リレミト』とか『ルーラ』とか魔道具に仕込んでやれよ」
 『ちょ……『リレミト』とか『ルーラ』って……ドラ○エファン? やりこんだ? もしかしてルビィ、ファミ○ン世代? 復活の呪文書き写したクチ?』
 『やかましい、切るわよ』
 『やだ、切らないで、ルビィ年上でも愛してるから〜 ていうか、ルビィ天才〜』

 ―――ほんとこの男、軽いっていうか……チャラいっていうか……。

 『それに別の俺の国じゃないし。いいんだよ。いつでも王都にこの地を返還しても……最近王都からの使いがすげえうるさい。ってかウザイ』

 軽い口調が一転して、トーンダウンする。
 ダンジョン攻略中に時折見せる、感情の消えた声。

 「王都にもきてるんじゃないの? 転生者とかトリップしてきたヤツが……文化圏を自分のところに持ってきたい奴」
 『……どうだろう……そういう情報はきてない……だいたいそういう人達ってこっちに流れてくるじゃん? ダンジョン一つも丸投げすりゃ、大人しくなるぜ?』
 「そういう人でもアンタに組したくないって奴もいるだろ」
 『……』
 「戦うのは嫌でも、旨みはほしいから、アンタの権力がウザイって思ってる奴だって現れないとも限らないでしょ」
 『なんかさ……そういうの、遊ぶ金は欲しいけど、バイトするのはイヤだからって、勤労に励む気の弱い奴から、カツアゲするヤンキーみたいじゃね?』
 

 ―――……コイツ、そういうことされたことあんの?

 
 「ま、制限しすぎってのが一番かもね、かなり文化格差開いてんじゃないの? 王都より離れた西側羊皮紙使ってるよ、未だに。識字率もかなり低い」
 『え……』
 「何よ、気がついてないの? 連絡いってないの?」
 『あ……あ〜〜もう少し規制緩めるか……やだけど……どれぐらいなら問題ないか、こっちにいるとき相談に乗ってくれない?』
 「まあ……それぐらないらいいかな」
 『で、実践はいいかもね……その携帯転移装置も』
 「それ持たせて、最終試験としてトリップとか転生者のいる数グループぶっこんで攻略させればいいんじゃない? 上手くいけば攻略できるでしょ。ちなみに、その魔道具なら作ってもいいけど?」
 『うっそ、マジで? やった! ルビィ愛してるっ!』
 「儲け8割で」
 『……』
 
 電話の向こう側がうなり始める。

 『……半々じゃだめ?』
 「誰が作ると思ってんの?」
 『6:4で…』
 「7:3、こっちだって忙しいっつの、譲れないね」
 『ワカリマシタ……』
 「様は転送式を最小化して携帯すればいいんでしょ? でもこの転移システム最終的にギルドカードにくみこんでやれば? アタシそこまでしないけど」
 『……』
 「天才って、言ってくれてもいいよ。じゃあね」
 カードから通話を終えようとすると、カードから『最初っからやってくれよ! オニ、悪魔、守銭奴ー!』と漏れ聞こえるが無視した。


 
 「ごめんね、レベッカ呼びつけておいて放置で」

 女中頭とおもわれる女性に通話を切ったルビィは言う。

 「いえ、ルビィ様がお元気そうで何よりです。森へ出かけられて、いつもより長いようでしたので心配しておりました」
 「レベッカにお願いがあってね、10歳ぐらいの女の子の欲しいものを見繕って欲しいの。雑貨とか小物……あとそう服ね」
 「10歳ぐらいの……女の子? ドレスですか?」
 「ドレスもいいけど、動きやすい服、インナーもいるか」
 「かしこまりました」
 「本人連れてきたかったんだけど、西側にいたから。いきなりこっちにきたらびっくりしちゃうと思うんだよね……予備知識をいま少しずつ教えてるんだけど」
 「どんな色がお好みなんでしょう」
 「……あ〜……うー……聞いてないけど、髪は赤、瞳は緑金、魔術展開させると髪と目の色が金に変わるんだよね」
 「……魔術……」
 「アタシの森を三日三晩焼き続けたのよ、初めての魔術だったらしいけど」
 なぜかルビィが誇らしげに笑う。
 「ああそれと……そのかばんに小さいボックスがあるけど、その中身をギルドに売り払って」
 レベッカがソファに投げ置かれたバッグから、アイテムボックスを取り出す。
 「ポーションとかのレベルじゃないから、ダンジョン最層階に挑む攻略者が、泣いて喜ぶ代物よ。ダンジョン攻略ギルドにふっかけてやりな」
 「ルビィ様が作られたので?」
 「いいや。森で拾った子が作ったのよ、ちょっとレクチャーしただけで作ったんだよねえ」

 うふふと嬉しそうに笑う。
 森が焼かれていると連絡を受け、この館を出て行った時とはうってかわって上機嫌の女主人の様子にレベッカも戸惑う。
 執事は表情を変えない。

 「そのうち、ここに連れてくるわ」
 「はぁ……」
 「して、そのお嬢様のお名前は?」



 「名前は、アレクサンドライト。多分アダマント・ペンドラゴンの孫」



 執事は目を瞠り、女中頭は叫びだしそうになるのを堪えるため、両手で口を押さえた。