アレクの朝は早い、起きて着替えて身支度を整えると、魔女の家の外にでて薬草を摘む。森の魔素を含んだ朝露がついてる薬草が、上質の回復薬になるのだと、ルビィに教わったのだった。蓋付の籠のなかに薬草を集める。
この籠には鮮度を保つ魔法が仕掛けられている。
摘み終わると家に戻り朝食の仕度をする。
『ゴハン』と『ミソシル』をつくる。
なんでも辺境伯爵領では『コメ』という穀物があって。それを綺麗に食べられるようにしたものから作られるらしい。見た事も聞いた事もなかったアレクだったが、魔女に作り方を教わって『ゴハン』が炊けるようになった。
最初は火加減と水加減が難しかった。こがしたり、どろどろにしたりどれも、今ではちゃんと炊けるようになった。
アレクもこの『ゴハン』の甘さにすっかり虜になってしまい、今では失敗することなく作る事ができる。
―――お昼用に『オニギリ』もつくれる『ゴハン』はすごいよね! そうだ『ミソシル』作らないと出汁はもう少しでなくなちゃうんだよね……。この『コンブ』海草だっていうけど、これも迷宮都市で手に入れられるらしいけど。
出汁をとって、根菜をいれ灰汁を救い、『ミソ』を入れる。
―――この『ミソ』も辺境伯爵領から入手してるんだよね……。いつも思うけど同じ国なのに、こんなものみたことないよ。
初めてアレクが『ミソシル』と『ゴハン』を食べた時にそう言った。
ルビィはいつものように、片手で頬杖ついてアレクが食べてる様子を見つめながら、微笑んで「うん、迷い人や記憶持ちが、ダンジョンで作ってるんだよ」と言った。
「ダンジョンって、魔物や魔族がたくさんいるんじゃ?」
「いるよ」
「なのに、『記憶持ち』や『迷い人』が『オコメ』とか『ミソ』とか作ってるの?」
「正確には、ダンジョン・マスターになった『記憶持ち』や『迷い人』が、ダンジョンで作ってる。魔物や魔族も従えてね」
「迷宮都市って……そういうところ? ダンジョンがたくさんあって、魔物や魔族が王都にこないように国の強くて偉い人が守ってて、だから人の出入りが制限されてるんじゃないんですか?」
「ああ〜まあ……そういう部分も確かにあるんだけどね。アタシが生まれた頃は大陸というかこの国は王都西側が、文化の中心だった。東側にでかいダンジョンができて、王弟が辺境伯爵に叙されて東に移り住んだのが、だいたい100年ぐらい前かな。ここの歴史は学校で習ったかい?」
アレクは首を横に振る。
それよりも気になるのは、そのだいたい100年前より前にルビィはこの世に生まれているらしいという発言だ。
しかしそこを遮る事はなく、アレクは両手をテーブルの上に置いてルビィの話に耳を傾けることにした。
「ていのいい厄介払いさ。当時の王弟の方が出来がよかったんだ。この大国を統べるに相応しい人物といわれててね、それにあせった当時の国王が弟を辺境伯爵に叙した。この国を守るべく防衛の主軸として、この森の先にある東側を統治するようにってね。ボコボコ発生するダンジョンエリアに投げ込んでおけば、いずれ、魔族か魔物の餌食になるだろうって腹積もりもあったんじゃないのかい?」
「弟なのに、酷い! 貴族って、家族だけでなく民をも守るんでしょう? 学校の先生はそういってたのに!」
「学校の先生がいうのは正しい貴族のありかただ。でも、富や地位の為に実の親兄弟すらも死に追いやるのも王族だったり貴族だったりするもんだ……だからアレクの親父さんもそういうのに嫌気がさして、普通の平民として暮らしてたんじゃないかねえ……まあ……アタシの勝手な推測だけどさ」
「うん……そうかもしれない……」
「話を戻そう。東の辺境に追い払われた王弟は、この国を守る為にダンジョンの攻略を開始する。国最大の武力を手にしていくのさ。何代か代替わりしてもね。確かに最初は魔族や魔物の防衛って意味が強かったんだよ。けど…40年ぐらい前にアダマント・ペンドラゴンが辺境伯爵なって、一番でかいダンジョンを攻略成功させたあたりから、迷宮都市は現在の状態になっていったんだ。多分……アダマント・ペンドラゴン辺境伯爵は……『記憶持ち』か『迷い人』かどちらかなんだろうよ。魔族も魔物も亜人も獣人も精霊も、時として神すらも、あいつは自分の味方にして、辺境にある最大のダンジョン・マスターになった。だから王都で迫害を受けている獣人や亜人も、あの都市では普通に闊歩してるし、社会的に認められている。そして、この世界と異なる文化を作り上げてきた……『記憶持ち』や『迷い人』達がいた世界の文化の再現といってもいい……下手に王都に流せない文明だよ。ただ……いまだに発生するダンジョン攻略には欠かせないというか、効率的な面が多々ある。新規に現れるダンジョンは、かつて人々が恐れていた魔物や魔族の住処だもの。防衛は当然されるべき第一の問題だからね……ちっと難しかったかな?」
「……だいたいわかりました」
「アレクは賢いねえ」
そういいながら、ルビィはアレクの頬についた米をつまんでとる。
「ペンドラゴン辺境伯爵領、現在、迷宮都市は……このウィザリア大国の領地というよりも独立してる他国みたいなものさ、王都西側の欲の皮がつっぱった王族貴族なんかが横槍いれて領地を返還しろって言っても、無理だろうね……アダマント以外に扱いきれる土地じゃないんだよ……命がおしければ静観するしかないのさ」
米粒のついた指先をルビィは舐めとる。
「お前はそのアダマントの庶子の子……つまり孫」
「……孫……」
「ま……チーレム野郎だからそういうのもあるだろうね」
「ちーれむやろう?」
「……うーん……奥さん以外にもたくさん女の人を回りに侍らせてるんだ」
「えっとつまり、そのお父さんのお父さんはアダマント・ペンドラゴン辺境伯爵なの?」
「正妻の子ではないけどね、正妻ってわかる?」
「……」
「正式な奥さんのことさ」
「……わかります」
「やっぱり賢いねえ……アレクは……」
「……魔女様……だから……魔女様は……わたしが迷宮都市にいくのを止めたんですね」
「……」
「お願いっ、魔女様、わたしをここに置いて下さい」
アレクは祈るように指を組んで椅子から立ち上がり、ルビィの傍に寄る。
「お食事も作ります、お掃除もします、お仕事のお手伝いもしますから、わたしをここにおいて下さい!!」
瞳に涙を貯めて、アレクはルビィを見上げて詰め寄る。
「じゃあ……アレク」
ルビィはアレクの両脇に手をさしてアレクを抱き上げて自分の膝の上に載せる。
「魔女様でなく、ルビィと呼ばないとね」
「ルビィ……」
「お前はアタシの家族だよ」
「ルビィ〜〜〜」
わああああっとルビィの首にすがり付いて、アレクは泣き出した。
「ルビィ〜〜朝です〜〜、起きて〜〜」
「うーん……」
「『ゴハン』と『ミソシル』できました〜〜」
ベッドに倒れていたルビィをアレクは揺り起こす。
「でも出汁がなくなる〜『コンブ』今日ので終了です」
「……そうか……『味噌汁』終了のお知らせか……ナンダッテー!」
がばっとルビィはうつ伏せ寝の状態から腕を使って起き出す。
「おはようございます。ごはんできました、ルビィ」
アレクはにっこりと笑う。
「……癒されるわ……おまえ……」
「おいしくできました」
「起きるよ、アレク」
「はい」
「シャワーあびてくるから」
「タオルです」
はい、とルビィにタオルを渡す。
―――なに、このデキる幼な妻的な存在はっ。
ルビィはそう思うが、ルビィが食事前に『シャワー』を使うのは、アレクにしてみればもはや朝の決まり事だったので、用意していただけに過ぎない。
この『シャワー』……この家の風呂についているもので、アレクが初めて目にした時はものすごく驚いた。
まず家にお風呂があるのも驚いた。
いままで暮らしいて、お風呂なんてものは、貴族の館か、大商人の家か、もしくはそれらの身分の者が使う宿屋に設置で、普通の一般家庭には普及されてない。
地域によって公衆浴場があるぐらいだ。もちろん公衆浴場すらもない地域もある。
ルビィはアレクと一緒にお風呂に入って、いろいろと機能の説明もしてくれた。
それに、ルビィが作る身体を洗う石鹸は、いい香りがして、身体も心もぽかぽかになるものだった。
色石に触れると台所と同じで水とお湯が出てくる。
洗い場のところの色石に触れると、天井近くの丸い置物から雨のようにお湯が降り注いでくる様には、わあわあ言って興奮してしまい、ルビィに笑われてしまった。
シャワーを浴びおえたルビィがダイニングについて、いそいそと給仕をしてくれるアレクを微笑ましくみつめて二人で食事を取る。
「ルビィ、わたしも『ハシ』で『ゴハン』食べたいです。今度教えて下さい」
「……フォークとスプーンでもいいと思うけどね……でもアレク器用そうだからねえ、いいよ、今度アレク用の『ハシ』もそろえるよ」
「ありがとうございます」
「それと……アタシ、今日、迷宮都市にいくから、留守番頼むね」
「え!? どうして!?」
「味噌汁終了のお知らせを聞いたから、昆布買ってくる」
「……『コンブ』だけを買いに迷宮都市まで……」
「いや、昆布だけじゃないけど」
「お仕事も?」
「まあね……」
「あの最近まで書いていたのは、魔術の初歩とか基本の内容でしたけど」
「うん、よくわかったね」
「……ルビィがバラバラにした用紙をまとめたので……でもすごいです。あんなに薄くて綺麗な白い紙は初めて見ました」
西側の寒村では、紙ではなく羊皮紙を使っているし、識字率も低い。
アレクの住んでいた場所はラース子爵領だから、迷宮都市の商品も流通しやすいし、普通に紙を見ることもあった。識字率も高い地域だった。
すべてはラース子爵領の森を挟んだ迷宮都市による影響だ。
だからアレクでも普通に学校に通うことができたので、同年代の寒村の子供に比べれば文字も計算も理解しているほうだ。
しかし学校では黒板に白石を使っての授業だった。
「おうふ……あれはね、学校の教科書というか、テキストというかね」
「そういうお仕事もしてるんですか?」
「うん、ちょっと頼まれてね」
そう言って、ルビィは遠くに視線を投げる。
そしてふと思い立った様にアレクに視線を戻して言った。
「そうだ、アンタの作った回復薬、あれも売ってくるわ。西側には流通させにくい商品だからね、迷宮都市に売り払っておくよ。アンタのお小遣いになるだろう。あたしのバッグに詰めておいて」
「どれぐらい?」
「あるだけ、全部……あ〜10本ぐらいは残しておきな。留守番してるときに怪我とか風邪とかひいたら使うんだよ。あと全部売る」
アレクは食べ終わった自分とルビィの食器を洗い場において、お茶を淹れる。
自分とルビィの分を淹れ、ルビィにカップを渡す。
「回復薬の小瓶は小さいけど、量が量ですよ?」
「どれぐらいあるの?」
「500? ぐらい?」
「……」
「え? 少ないですか?」
「一つ持ってきてくれるかい?」
「はあい」
パタパタと小走りで調剤部屋に行って、一瓶手にしてルビィに渡す。
小瓶を手にしてルビィは中身を鑑定する。
『回復薬:レベルS』
―――迷宮都市で売ってるヤツと遜色ないレベルだな。風邪薬とかのレベルじゃない。
「アレクは上手だねえ」
「ッホントですか!? わたし、もっと頑張ります!!」
「500もあるなら一仕事だね、食器洗いはいいから、この箱に瓶をつめておいて」
箱は小瓶が二つしか入らなさそうなサイズだった。
「薬草を摘む籠と同じだよ。保存ができて、ある程度の量まで収納できる。これに小瓶をつめたら、アタシのバッグにこの箱を入れておいて」
「はい」
早速、箱を手にして調剤部屋へ足を向けるアレクを呼び止める。
「あ、ほら、自分で淹れたお茶ぐらいお飲み」
「はあい」
いそいそと椅子に座りカップを手にするものの、足をぶらぶらさせている、アレクの気持ちは、ルビィに頼まれた作業に向かっているようだった。