HAPPY END は 二度 訪れる 27
「カートライト様ですか?」
マンション近くの道路でハンドルを握りながら、梶本が問いただす。
移動中、不意にかかってきた電話は、アルフォンスからだった。
「うん、成田なのかな?」
「そうかもしれませんね」
「そのままNYかもしれない。梶本さん、このままマンションに戻っちゃダメ?」
「カートライト様がよければ」
珠貴は溜息をつく。
さっきの電話でアルフォンスに云っておけばよかった。
今日はもう、吉野は会社へ介入することはないし、このままマンションに戻ってもいいかと。
みんなを護れたんだよと、そう胸を張って報告しておきたかったなと思う。
「至れり尽くせりのホテルはお嫌ですか?」
「贅沢に慣れそうな自分が怖いんですよ」
そうはいうものの、彼女が贅沢に慣れることのない人物だというのはわかっている。
マンション下に車をつけると、「すぐに戻るからとここで待っていてください」と梶本に告げて、屋内に入って行った。
珠貴が部屋の鍵を開けると、玄関に見慣れた女性の靴があった。
玄関に自分以外のでも、知人の存在がわかる靴があるとほっとする。
15までは、自分の住居する玄関にあったのは、自分の靴と母親の靴だった。
「園田さん!」
「お嬢様! おかえりなさいませ」
「来てくれてたんですか?」
「ええ、たいしたことはできませけれど……お洋服を取りに戻られたのですか?」
「ううん、お仕事」
珠貴がそういうと、困った人だと云う表情で珠貴を見つめ、そんな表情してくれる存在が傍にいるのは嬉しいことだと珠貴は思う。
血の繋がりがなくても、梶本は父で、園田は母代わりかもしれないと、時折思ったりもするのだ。
「いくつかホテルの方へお送りしましょうか?」
「うーん……じゃあ、お願いしようかな……」
「スーツでお仕事着と、プライベートと、ルームウェア……」
園田はそう呟きながら、小さなクローゼットに入ってる高級ブランドのスーツを選別始め、珠貴がパソコンを立ち上げて、データをUSBメモリに移行していると、ドアチャイムが鳴った。
園田が荷物の選別を止めて玄関へ向かおうとするのが、珠貴は「わたしがい出ます」と園田を珠貴は手で制して、玄関へ向かう。
小さな部屋を移動するとき、「もしかして、アルフォンスかな?」と珠貴は淡い期待を抱いたのだが……、玄関のロックを外した瞬間ドアノブが勢いよく周り、ドアが引かれ現れたのは、吉野だった。
「……」
その表情に珠貴はギョっとした。
背筋に冷たい汗が走る。
昼間の時と、顔つきが全然違う。
憤怒の形相で珠貴を見降ろし、襟首を締め上げてきた。
「このアマ!」
その怒声を訊きつけて、園田が慌てて玄関へと足を運ぶ。
吉野和也が、珠貴の襟首を締め上げている様子を目にして慌てて和也を引き離そうとする。
「おやめ下さい! 和也様っ! お嬢様を離してください!!」
「うるせえっ! このババアッ!!」
園田を片手一本で、振り払おうとするが、園田も引きさがらない。
「なんでお前がこのマンションにいやがる!? お前はウチで働いてるはずだろうっ!!」
吉野に負けじと園田は怒鳴り返す。
「お給金を頂けないのでお暇を頂いてます!!」
「この餓鬼がお前に給料払ってるってか!? どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」
吉野は、珠貴から一瞬手を離して両手で振り払うと、狭い玄関のところで揉み合い、園田はガツンと頭を強く壁に打ちつけられて、気を失うようにして倒れた。
その様子を見て、珠貴は園田に手を伸ばそうとするが、吉野に突き飛ばされる。足元がもつれるが踏みとどまる。踏みとどまったら、また襟首を締め上げられた。
「ぐ……」
「よくも、恥をかかせてくれたなっ!」
バシッと思いっ切り平手打ちされた。
平手打ちされたものの、珠貴は自分の襟を締め上げる吉野の手を噛みついて、睨みつける。
「こっっのっガキっ!!」
容赦なく珠貴の左頬に吉野の拳が入る。
「ほんっとに可愛げのねえガキだなっ! てめえはっ!! どこの馬の骨ともわからねえ女が産んだ孫だけあるぜっ!」
殴られて、口の中を切ったのがわかる。口の中がしょっぱいと感じた。
しかし、珠貴は泣き出しもせずに、吉野を睨みつける。
「あの会社は俺のもんだ!」
「違う! あの会社は今は、アルフォンスのものよ」
「あの男をたぶらかして、お前が手に入れる会社だろうっ!? 淫売の血は争えねえなっ!」
珠貴の殴られて仰向けに倒れた珠貴の上に馬乗りになって、今度は左拳で珠貴の右頬を殴りつける。
「ジジイが死んだら俺のもんだと思ってたのに!!」
――――あの会社は、おじいさまのもの!! 例え亡くなっても!! その魂は社員に残ってる!! わたしにも!!
「あんたのものじゃないわ!」
「このっ! アマ!!」
涙一つこぼさないで、暴力に屈することのない珠貴に苛立ちを感じる。
ここで泣きだせば溜飲も下がるが、こうまで徹底抗戦されると、徹底的にいたぶってやろうと嗜虐的な感情に取りつかれた。
「要は、お前を満足させればいいんだろっ!! 可愛がってやるよ。外人よりも日本人の方がナニは硬くてイイっていうぜ」
あまりの言葉に、珠貴は呼吸が止まりそうになる。
「大人しくしてれば、気持よくさせてやる! そしたら、あの会社の権限を俺によこしなっ!!」
「ふざけるなっ!! 誰があんたの云う事なんて訊くもんですかっ!!」
絶叫したつもりだった。
しかし、その声は散々殴られてのしかかられている珠貴が言葉にするには、かすれ声にしかならなかった。
梶本は運転席のバックミラーから、車の後ろについたタクシーからアルフォンスが出てくるのを見て、車から降りた。
「カートライト様、もう東京に? もしかして先ほどのお電話は、会社からでしたか?」
「ああ、珠貴は? 部屋?」
「はい」
梶本は頷く、が、梶本の視線がアルフォンスの肩越しの何かに向けられているのをアルフォンス察した。
そして梶本の視線を追う。
梶本はビルとビルの隙間にあるコインパーキングに視線を集中させていた。
「梶本?」
アルフォンスの横を通り過ぎて、二、三歩、コインパーキングの方へ歩み寄りそして踵を返す。
「カートライト様……」
「うん?」
「あの車、吉野様の車です」
梶本は赤いポルシェを指差してそう云った。