指を絡めあったまま、珠貴とアルフォンスは駐車場まで歩いていく。
歩いている時、「僕が嫌いで、気持がないなら、振りほどいて構わない」と、アルフォンスに云われたけれど、そんなことはできない。
梶本の運転する車に乗った時も、指を絡めたままだった。
アルフォンスが停泊しているホテルのスウィートルーム専用のフロントに、珠貴の荷物がすでにあずけられていた。それを受け取って、アルフォンスの後に続く。
スウィートルームのドアを閉めロックをするアルフォンスの指を珠貴はじっと見つめていた。
この指が、自分の身体に触れた時のことを思い出す。
そんなことを思い出してたら、アルフォンスは珠貴の唇に自分の唇を重ねた。
柔らかくて暖かい唇の感触。
優しく輪郭をなぞり、咥内に入り込み珠貴から僅かな抵抗をあっという間に奪い去る。
舌先で舌先を軽く愛撫されて、快楽の為か、呼吸を求める為か、声が漏れた。脱力しそうになる珠貴の身体を、アルフォンスの腕がしっかりと抱きとめ、彼女を腕の中に包みこんだ。
もう二度とアルフォンスと一緒の夜を過ごすことはないと思っていた。
自分自身がどこかで一線を引かないと、この彼がもたらす官能に支配されそうで怖かった。
そしてそれなしで生きていけるだろうかと、不安で仕方なかった。
でも。
自分の気持ちは、決まっている。
他の存在はないと。
アルフォンスを形ばかり拒んでも、きっと心は満たされないこともわかってる。
「ベッドの真ん中に、枕やクッションを並べて境界線を作る? どうする?」
「そうしたら、何もしない?」
「しないよ」
彼の、長いまつげに影が落ちて、青い瞳に釘付けになる。
「キミが拒むなら」
「……」
拒めないことを知っていてこんな言葉を云う彼をズルイと思う。
二人っきりになれば、いつだって、甘えたくなるし、抱きしめてほしいと思う。
二人の距離が近すぎていたたまれなくなる。
「シャワーを……借ります」
どうぞとアルフォンスは肩をすくめてバスルームへ手を伸ばして、珠貴を勧めた。
着替えの一式を荷物から取り出して、他の荷物はクローゼットの空いているスペースへおき、珠貴はバスルームへ入る。
この前と彼と一緒に入ったバスルームへ独りで入る。
バスタブにお湯を溜めながら、珠貴は唇を指で押さえた。
勢いよく湯船にたまるお湯を見つめて、香りのいい入浴剤を投げ入れた。小さな気泡を作りながら、お湯は乳白色に染まる。
スーツもインナーも脱ぎ捨てて、バスルームに足を踏み入れる。
シャワーで全身にお湯をあててから、髪と身体を洗い、ゆっくりと湯船につかる。
ついこの間、このバスルームでも、アルフォンスに求められた。
その記憶を思い出すと、身体が甘く疼く。
バスルームから出て、ふらりと湯あたりがした。
足がもつれて、身体全体がバスタブの中へ逆戻りした。
激しいお湯の音とバスタブに足がぶつかった音が響く。
「珠貴っ!?」
激しく音がしたので、アルフォンスが慌ててバスルームのドアを開ける。
そんなアルフォンス以上に珠貴は慌てて、彼から背を向けた。
一度は身体を合わせたこともあるけれど、でも、やはり照れくささは、なくならなかった。
「だ、大丈夫、平気。あ、あの、湯あたり……しただけ……ひゃ」
アルフォンスはバスタオルを片手にしていて、自分の服が濡れるのもかまわず珠貴をバスタブから引き揚げてその身体にタオルを巻くと、抱き上げる。
あの日のように。
ベッドの端に下ろされて、バーカウンターから冷たいミネラルウォーターのペットボトルを渡される。
もうひとつ、タオルを持ってきて、珠貴の長い髪から滴る水滴を吸い取る。
バスタオル一枚で、心元ない状態で、アルフォンスにタオルドライをしてもらっていたら彼が口を開く。
「水分とって」
珠貴はいわれるまま、ペットボトルのキャップを捻り、水を咽喉に流し込む。ひんやりと無味の液体が、咽喉に滑り落ちて、全体的に火照った身体がゆっくりと冷めていく。
「どこか、ぶつけたところはないか?」
「うん……足が……当たっただけ、別に打ち身にもならない程度だから」
アルフォンスは絨毯の上にしゃがみ込み、珠貴のむき出しの膝を見て、少し赤くなっている個所を確認した。
「ぶつけてすぐに痛くなくても、後で内出血になるよ」
「アルフォンスもシャワー……」
珠貴にそう云われて、彼は珠貴を見上げる。
「そう云われると、誘われてるのかなって勘違いしそうだな。それとも……勘違いじゃない?」
彼の青い瞳に見据えられて、ドキリとする。
その視線の強さが、今タオル一枚の自分の立場を心もとないものにさせた。
「ち、違う! その、アルフォンスの服、濡れちゃったし! 風邪ひいたら大変だからっ……」
「心配してくれてるの?」
「……うん……」
彼は指先で珠貴の頬をなぞる。
「だって……アルフォンスも……わたしのことを……心配してくれてる」
「……」
「違うの?」
「違わない……」
何故心配するか、彼女にはわかっているのだろうか?
彼女が心配するのは、自分と同じ気持ちだからだろうか?
「明日からタイへ行くんだし、そして……NYにも寄るんでしょ?」
「……うん」
「NY……東京より、寒いんだから……」
NY……多分、彼は彼女の元へ帰るのだろう。
彼が愛した妻の命日は多分来週だから。
祖父の墓前で初めて逢った日。
彼はあの百合を抱えていた。
多分、NYにある彼の妻の墓前にも、真っ白なカサブランカを抱えて、彼女の元へ行くのだろう。
「温度差には気をつけるよ。珠貴も……気をつけて」
「吉野のこと?」
「……珠貴にとって、あの男は初恋だったんだろ?」
「多分……ね……」
「初めての恋の相手が、例えろくでもないヤツでも、キミはとても一途で優しいから情けをかけるんじゃないかなって」
「それは吉野に気持ちを残してるってこと?」
「違う?」
「アルフォンスが……リナさんのことを、想い続けるような、綺麗な感情は、わたしは吉野に対してこれっぽっちもない」
「……」
「あ、ううん、よかったなってことは一つだけある」
「よかった?」
「ろくでもない男と結婚しなくてすんだってことは、幸運以外の何物でもないわよね?」
プっとアルフォンスは噴き出す。
「ポジティブだな」
「そ、そうかな?」
「そうだよ、ほんと、珠貴は面白いよ」
「面白い?」
「うん」
「で、僕と逢ってよかった?」
「……」
アルフォンスは珠貴の手からペットボトルを取りあげて、キュっとキャップを閉じる。
「珠貴?」
「……」
彼に出逢えたことは、言葉になんかできないぐらい幸せ。
そんな気持ちを、どうすれば伝わるのかわからなくて、絨毯に膝まづいてる彼の両頬を、珠貴は両手で包み込んで、その唇に自分の唇を重ねる。
珠貴にできる精一杯の気持ちを小さなキスに託した
。