HAPPY END は 二度 訪れる 14
口元に広がる笑みを見て、ほっとする沙穂子だったが、そのハンサムぶりに、ぽーっとなってしまう若女性社員がほとんどだった。
「でなきゃ、ここに連れてこないよ。前オーナーよりも、『シゲクラ』を愛しるしね、この会社、このままではつぶれる。そうならないために、自分達でできることはしてほしい。その為に、僕は、時として、前オーナーよりも厳しい条件をつきつけることもあるだろう。でも、ついてきてほしい」
「……」
「うまくいったら、僕はここを離れるだろう。その時、実質的な代表は――――彼女だ」
アルフォンスは珠貴の肩を抱き寄せる。
珠貴は社員達の顔を見つめる。
「わたしが、まだ、若くて頼りないと思っている方も中にはいると思います」「……」
「でも、『シゲクラ』をつぶさない為に、命をかけます」
――――そう、わたしには……ここしかない……。
おじいさまの願いを叶えられなかったわたしが、唯一できるのは、この会社を守ることなのだから……。
それから、珠貴は目の回るような忙しさの中に進んで身を投じた。
アルフォンスに会社経営のノウハウを学びつつ、契約する会社への挨拶周り、プレゼンには必ず、営業のメンバーと付き添う。
アルフォンスが云った、見た目で判断されることもあるという言葉は、嘘ではなく現実で、珠貴が身につける高級ブランドのスーツを見て、珠貴を上役と、判断する取引先の重役達も存在した。
「……また若いお嬢さんだ」
先代の『シゲクラ』とは親しくしていたハウスメーカーの重役の言葉だった。このハウスメーカーは、今度会社の設立記念でる注文住宅の新シリーズを発表したばかりだ。
そこのモデルハウスに展示するインテリアを他社競合コンペで選択することになっており、営業がそこへ是非、参加させてほしいとねじ込んだ。
「だいたい二代目に年齢が近いし、また、潰れかねないんじゃないかね」
「この高槻ホームさんと前オーナーとの確執はわかります。長いお付き合いの高槻ホームさんをないがしろにして、ライバルメーカーに鞍替えしたんでは、お付き合いをお断りになられるのは当然です。ですが。私どもは是非、こちらの高槻ホームさんとのお付き合いを再会させていただきたい」
「モダンといいつつやすっぽいデザインのインテリアは願い下げだ」
「当然です」
珠貴は頷く。
アルフォンスが生意気だという表情をしてみせる。
一緒にきている『シゲクラ』の営業マンは、珠貴の堂々とした、トークに唖然とする。
「私どもも、会社再生をかけてます。その代表製品が『クラシック・シリーズ』家具の『シゲクラ』が設立からずっと手掛けてきた商品の復刻です」
「……」
唸りながら、珠貴の提供するパンフレットをめくり始める。
「高槻ホームさんが、お客様に住居空間をオススメするにふさわしい、重厚なデザインと機能性のファニチャーは、わたくしどものポリシーと合致するものと思われます。シゲクラがユーザーに多く受け入れられた家具の復刻」
「……」
「家を支えていく道具です」
「……しっかりした弁舌ですな」
「……恐れ入ります」
「わかりました。検討しておきましょう」
「ありがとうございます。原田さん、お見積もりをご用意してください」
「は、はい」
珠貴は差し出されたお茶を手にする。
「『シゲクラ・クラシック』ね……」
「……」
「甘すぎず、尖りすぎない、生活に密着し、かつ安っぽくない。先代の心意気を感じさせるデザインは、ファンでしたよ」
「わたしもです」
「重倉さんは、先代の血縁の方ですか?」
「……孫にあたります」
以前の珠貴なら、こんなに胸を張って堂々と重倉祥造の孫娘であることを語らなかった。
会社のみんなにも、余所にも……。
でも、今は、対外的にも、堂々と公言する。
死してもなお、業界には通りがある祖父の名前を出すことは、珠貴自身を仕事へと追い立てる。
――――それでいいのよ。
仕事をしていれば、他のことは何も考えられなくなる。
考えなくていい。
アルフォンスのことを、想う時間が少しでもなくなればいい。
おじいさまの家の庭で抱きすくめられた腕の強さも、あのキスも思い出さないぐらいに忙しくするのがいい。
オフィスに戻ると、アルフォンスの姿を視線で追ってしまう自分に、気が付き、それを沙穂子に指摘されてから、珠貴はプレゼンや、営業に回るようになった。
いつか離れていくアルフォンスに惹かれてしまうことがないように。
距離をとることにしたのだ。
その方がいい。
生意気と言われても、何にも負けない強さが欲しいと、珠貴は思うのだった。