ENDLESS SONG15
「由樹さんとオーナーが、前にバンドを組んでいたのはオレも知ってる。スカウトの時、一緒にいたから」
「……」
店を出てタクシーを待つ間、奏司は云う。
「オーナーは今日たまたまスケジュールが空いて、由樹さんに電話をいれたらしくて、由樹さんが呼び寄せて、一緒にツアーの話とか、今日のPVの話とかしてて……」
「調子が悪いの?」
「え?」
「PV撮り直しなんて」
「静さんが怒ってると思って……」
「?」
「それで今日、静さんじゃなくて井原さんがくるし、そういうのが表情にでて、監督の取りたい絵とか撮れないんだって、ほら、オレ、演技系駄目だから」
「私が怒ってるって?」
「だって、無理矢理、キスしたから……」
静はコメカミに指をあてる。
その指の腹でコメカミを揉み解す。
本日、あのTVプロデューサーの断りの為に、静ではなくて、井原ナオが静の代行で奏司のマネを受けていたことに、彼はショックを受けたらしい。
あんまりリテイクを出すので、監督も嫌気がさすし、ナオはナオでオロオロしているところで、石渡が彼女に静は今日どうしたのかと話を振って……今回のことを知るに至ったということだった。
「それぐらいで動揺したように見える?」
中高生とは違うのに、そういうところを気にするあたりが、彼はまだ本当に若いのだと思う。
静だって、わかっている。少し驚きはしたものの、アプローチのある男が行動に出ただけなのだから……。
「じゃあ、さっきの接待はナニ? 静さんは……好きでもな男と、キスもそれ以上のコトも、仕事ならって割り切るタイプなの?」
睨むように静の顔に視線を向ける。
静はタクシーに向って手を上げてる。
タクシーはゆっくりとハザードを点灯させて、2人の前に停まる。
「奏司は明日学校でしょ?」
「そうだよ、1時限からあるよ」
「……」
奏司の家の沿線はそろそろ最終になるかならないか……。
「静さんのところに泊めて、今から戻るのめんどくさい」
「……教科書は?」
「学校。打ち合わせの時、監督は時間を押すタイプだって云ってたからね」
「……」
「悪いコトはしません、イイ子でいるから」
「……」
静は自宅の方向を運転手に伝える。
運転手はそのまま車を支持通りに運び始めた。
タクシーの中では、奏司は黙ったまま、外の景色を眺めている。
静も普通ならスケジュール表に目を通したり、携帯のメアドの確認をしたりするところだけれど、さすがにそんな気にはなれなくて、黙ってガラス向こうの景色を眺め、運転手に道の指示を与えていた。
タクシーから降りて、マンションのエントランスまでのアプローチにあるガーデンエリアの舗装部分に足をつけると、奏司は驚いたように、マンションを仰ぎ見る。
湾岸エリアに林立する高層タワーマンションの一つだ。
静は靴音を響かせて、エントランスへと向う。
「あの、静……サン」
「何?」
「ここ、実家?」
「実家は逆方向よ、自宅」
「……もしかしてこのマンション住まい?」
「そう」
「……」
奏司の沈黙を不思議に思いつつ、オートロックドアを開けて、エレベーターに乗り込む。
「賃貸……なわけないよね」
「?」
「こんな高層タワー型マンション……」
軽い機械音と一緒に、エレベータは停止する、内廊下を歩いて、部屋のドアをキーで開ける。
センサーで自動的に玄関のライトが点灯し、静はヒールを脱いでスリッパを出す。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
「座ってて、ご飯は食べた?」
「……」
リビングに通すと、奏司は高層階の夜景を食い入るように見つめる。
最初、ここに引っ越してきた時、静もこの夜景には魅せられた。
気分を変えるために引越したのは正解だったと、その当時は思った。
「静サン」
「?」
「アンタ、どうしたの? このマンション……」
「何が?」
「独身OLが払える額じゃないだろ、てか、ここ賃貸じゃないだろ?」
「パトロンに買って貰いましたと云えば納得?」
「……」
「そんなに、自分に価値があるとも思えないけれど、ココは親戚の持ち家、海外出張なんで留守を預かるみたいなもの、一応、格安の賃貸契約で借りてる」
「ホント?」
「嘘ついてどうするの、意味ないでしょ」
奏司は力が抜けたように、ストンとソファに腰を下ろす。
「……もう、驚くことばっかりだ……アンタって人は……」
「ビジネスとは別の副業でもやってて、ココを金持ちのおじさんに買ってもらったとか想像した?」
「した。ばっちりした」
「バカね。ずっと一緒にいて、そんな時間がないの知ってるでしょう」
「……」
「マネージャーなんてね、プライベートな時間なんか睡眠時間ぐらいしかない」
アイスティーを奏司の前において、そのとなりに座る。
「ごめん、でも、正直云うと静のプライベートも全部……欲しい」
その手で隠していた顔を静にむける。
切れ長の瞳とつり眉。
至近距離で見ても、カッコイイとは思う。
が、個人的感情はなるべく押さえてないと……、この目の前にいる彼に悟られてしまう。
「静は綺麗だから……周りの男がほっとかないの、知らない?」
「知らない」
「そんな切り捨てるように云わないで……自覚してよ、少しは……」
怖いと云われることはあっても、綺麗とは云われたことはない。
それに……。
「音楽があれば別に何も要らないから、誰に何を云われても気にしなかった」