ENDLESS SONG7
神野奏司の、ファーストシングルは、CMとドラマの主題歌のタイアップがきまり、数日前からオンエアされている。
ドラマはサスペンス仕立ての恋愛モノで、10代、20代の視聴率が高い。
相変わらず「石渡由樹のメロディ」だが、ボーカルが男なのが新鮮だと、好評価で石渡自身も「まあ、狙いどおりだからいいか」と周囲に洩らしたらしい。
あと1週間もすれば、店頭にCDが販売される。
その前に、静はラジオとTVに奏司を引っ張りまわさなければならない。
「本日のゲストは、神野奏司クンです」
公開型のスタジオで、DJと対面しながらのラジオ出演。
DJがゲスト紹介をした瞬間に、黄色い声と、奏司の名前を呼ぶ。
ガラス向こうの早くも奏司のFANになったオンナノコ達のグループが足を運んで来ている
ようだった。
「TVドラマ、『最後の電話』今、視聴率いいみたいで、どうですかー、初シングルが、こうやってガンガンTVで流れているの」
「なんかまだ実感わかないですね」
「そうなの?」
「自分の声を客観的に聴くことに、あまり慣れてないからだと思います」
「あー、そうなんだよねー。録音した自分の声って違って聞こえるもんね」
「そうなんです、げ、オレこんな声だったのかーって」
「わかるわかる。でも、奏司クンの声はかっこいいじゃない。それでもってルックスもさあ。そのうちドラマ出演のオファーもくるんじゃない?」
DJはガラス越しに彼女達に同意を求めると「サイコー」と声がかかる。
「聴きました? 皆様、最高ですよ、最高。声だけじゃないんすよ。オレなんてこう、濁声ですから? カツゼツだけ命ですから? おい山ちゃんプロデューサー、『シャベリ、かみかみですから』とかいうな!」
ガラス越しに公開の様子を見ているリスナーもいて、笑いに包まれる。
「そんな神野奏司クンのファーストシングル、今月の12日に発売です。まずは1曲、局紹介やってみる?」
「いいすか?」
「やっちゃってください」
「えー、本日、12日発売のファーストシングル。「ラスト・コール」聴いてください」
イントロが流れる。
その間、マイクは
off にして、DJと私的な会話がされている。
19歳に見えないね、学校はどうしてる? 等、質問のテンポ、それらの答えに対するコメントに、スルっと対応できる。
その様子を見て、顔合わせ当初に感じていた不安は解消されたと、静は思う。
TVでも、ラジオでも、この調子で自分をアピールできれば問題無い。
確かに問題はないと思っていたが……。
別のところで問題は入ってくる。
スタジオを映すモニタールームで、静は眉間に皺を寄せていた。
「す、すみません……注意させますんで……」
「まあね、うちの奏司は今年デビューだし、そうそう話題にはならないとは思っていますけど」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げて、カメラと静の横にいる数人の女性マネージャー達とを交互に視線を配る。
TV、JMCT(Japan
Mugic Counte
Tv)の録画でのことだった。
「問題になるのはそっちでしょから、本当に注意してくださらないと」
静の声は『氷の女王』の異名に相応しいぐらいの温度で、その言葉を発した。
普通の女子高生をアイドルグループとして売り出すのは、80年代頃から日本の芸能界では何回か繰り返されていることだ。
今回のTV録画に、アイドルグループ「ラブ・ピーチ」も一緒だった。
オン・エア中以外に、彼女達の言動はいささかなっていないもので、スタッフのテンションも下がっている。
まあ若い可愛いオンナノコグループだからなあと、にやつく男性スタッフもいないこともないが、この業界長いのだから、タレントの態度が悪ければビジネスのモチベーションは下がる。
大声での私語はまだ可愛い。
そのぐらいの声で挨拶ぐらいきちんとしろと、いうのがあるが、もちろん挨拶なんかしない。
咽喉が乾いただの、つかれただのをカメラが回ってない状態ならいいだろうで、やっている。
しかも……。
「神野さんってえ、本当に19?」
「あ、老けて見えるっていうんじゃなくてぇ、大人っぽいってゆーかー」
「石渡さんって、かっこいい?」
「ねえ、今度、合コンしませんかあ?」
モニター室に丸聞こえである。
「あと半年ね、このままだと。最近数字もとれてないんでしょ?」
静の云う「半年」とは、このラブ・ピーチのタレント寿命を指している。
薄いレンズ越しからモニタの状況を見て、呟くが、「ラブ・ピーチ」のマネ達には叱責のようにも感じられる呟きだ。
「あ、これ、あたしのメルアド」
「ずるい。あたしもー」
「あたしもー」
「連絡下さいねー」
奏司の手にメルアドの紙を無理矢理握らせる。
奏司は自分の撮りが終ると、スタッフに挨拶してからプロデューサーと並んでモニタルームに入ってくる。
プロデューサーは、一部の隙もない敏腕マネージャーの姿を見ると、溜息をつく。
静はプロデューサーに軽く頭を下げる。
「高遠さんみたいなマネがついてれば、マシになるんだろうけれど」
「私と仕事はしたがらないでしょうね、ああいうのは……」
「そうだろうねえ、ちやほやされて舞いあがるのは仕方ないけどね、だけど、神野クンはしっかりしてるよ。あの石渡さんのプロデュースだからもっと天狗になってるかもとか思っていたんだ、彼女達同様に」
「まだデビューしたてですから」
「ま、最初が肝心だしね、御苦労様」
「お疲れ様です。お先に失礼します」
奏司はプロデューサーにそういう。
「……普通はこうなっていいんだよな」
プロデューサーもモニタの中にいるアイドルを見て、奏司をもう一度見る。
彼女達は多分、プロデューサーにこうした挨拶もないのだろう。
「静サン、コレ」
奏司はさっき彼女達から渡されたメルアドのメモを静に渡す。
「彼女達によく言い聞かせなさい、できなければ、私からそちらの事務所にお話しますが」
そのメモを静は『ラブ・ピーチ』のマネ達に渡す。
「よく言い聞かせますんで」
「申しわけありません」
米搗きバッタのように謝るマネージャーを見て、静は溜息をつく。
「行くわよ奏司」
「今度は何?」
「女性誌のインタビュー」
「音楽雑誌じゃないんだ」
「明日はソレよ」
「静さん、ゴリ推ししたでしょ」
「でなきゃ、君は今回の女性誌のインタビューで発言してくれそうもないから」
「期待に添えるように頑張りますよ」
その会話と共に2人を見送りながら、「ラブ・ピーチ」のマネ達は溜息をつく。
「迫力……」
「うちらアイドル事務所とは違うわけかあ……」
「だけど神野くんはカッコイイよね」
「うん。多分すぐにブレイクするでしょ、バックも協力だし」
「とはいうものの、よく、あの年増のマネについて行ってるよ」
「あの人、でも30前だってよ。老けて見えるよねえ。普通なら男のマネをつけそうだけど……やっぱり実績があるからかしらねえ?」
「え?」
「だって、あの人「クルス・マリア」の元マネだったんでしょ?」
「そうなんだあ……、あーあたしも若いオトコノコのマネやってみたいよ」
モニタを見て、彼女達は一斉に溜息をついた。