ENDLESS SONG2




新人の顔合わせまでに本社に戻る。
プロデューサー石渡由樹と、担当する新人の顔合わせだ。
上から回ってきている試算の数字内で総て収めなければならないし、売り上げていかなければならない。
果たしてそれができるだろうか?
これから会う『彼』に抱く期待と不安。
アーティストがその数値に達するまで、自分はそこまでサポートしていけるだろうか?
本社の駐車場に車をつけると、バンッとのドアを勢いよく締めて、ロックする。
バッグのサイドポケットから社員証を引っ張り出して、首に下げる。
透明なカードケースからカードを取り出して、駐車場脇に設置されているレコーダーにスキャンする。
カツンとヒールとコンクリートのセッションが駐車場に響き、静はエレベーターのボタンを押した。


指定された会議室に5分前に到着。
ノックをして、ドアを開けると……。


少年が―――――そこにいた。


少年といっても子供のようなあどけなさはもうなくて、どちらかといえば青年いってもいいだろう。
ブラックのジーンズと白いシャツのコントラストが、際立つ。
伸びきった身長は180センチはあるかもしれない。
今時珍しくカラーリングしていない艶やかな濡れたような光沢の黒髪。
そして……まっすぐに……というか不躾に静を見つめるその瞳は、どこか鋭く冷たかった。
まるで何かを警戒する猫科の動物を、静は連想した……。

――――――なるほどね……ルックスで惹かれたのかしら? 由樹さん……。

静は、薄い度の入った眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
この業界で間近にボーカリストを見てきた静も、彼ならば10代20代の女性には受けがイイだろうということはすぐにわかる。
見た目の要素はとても大事だ。
ただ問題は中身がそれに伴うか、否か?
有名プロデューサーがプロデュースする最初の一回は、プロデューサーのネームバリューが半分以上は効いている。売れなければ……1stと2ndとの売上の差が激しければ世間は1発屋というだろう。
駄目な人材は3回目以降はとばなくなって、そのままポイだ。
惰性で続けてもつくFANは少数。
もしも収益が得られなければ、売り方を換えていくしかない。

―――――そうなったとしても、コレなら潰しは利きそうね。

レーベルが彼との契約を渋っても、このルックスなら別の売り込み方もある。
しかし、数字が達しなかった時点で売り方を換えていくことになれば、静は、歌恋の話しを本気で考えてみようかと思った。

―――――私が、望むのは……ボーカリストであってアクターじゃないしね……。

「キミが神野奏司君ね」
「……」
「担当マネージャーの高遠静です」
「女の……ひと……?」

奏司が左手を差し出す。

「私が女だということで、気に入らなければ、石渡プロデューサーに直接言いなさい」

静の、女性にしては低い声が、会議室に響く。

「それに、左手の握手はさよならの時にするものよ」
「……知らなかった……オレ……左ききだから」

慌てて右手を差し出す彼。
右手の掌をよく見ると、斜めに皮膚が盛りあがった一線がある。
切り傷の跡だとすぐにわかる。
人指し指と中指の間の付け根から、手首にかけて斜めにざっくりと。
静は躊躇うが、それは、他人から褪めたといわれる表情で押し隠すことができた。
ニコリともせずに握手をする。

「セイって名前だけ訊いて、男の人だと思っていたんです」

それは確かに間違えられる。
仕事の上で、名刺を頼りに掛かってきた電話で静がでると、「女性だったんだ」という声を訊いたことも一度ではない。
握り締めた手が、大きくて冷たく、そして少し力強いと感じた。
しっかりした節のあるが形のいい指先。
マイクを握り締めた瞬間を想像すると……やはりビジュアル的には申し分ない。
ドアノックがして、ドアがあけられる。

「あー、奏司、早かったねえ」

ドアを開けて姿を表したのは、音楽プロデューサー石渡由樹だった。
その昔はやはりバンドも組んでいたが、バンド解散後プロデュース業に専念している。

「どう? リクエストに答えて選んだマネージャーだよ。『クルス・マリア』の移籍に感謝するべきだな」

由樹は、誰もが見惚れるような、花のような笑顔を向ける。
性別も年齢も超越した顔がそこにあった。
綺麗な―――――という形容詞がぴったりの、彼、石渡由樹。
彼の作り出す曲は、必ず現在のヒットチャートに乗る。
静が、憧れて、尊敬してやまない、音楽を作る人……。

「よろしくね、高遠さん」

彼にそう言われて、静は頷く。
……10年前に、一度会ったボーカル志望のオンナノコの顔を、彼が覚えているわけはない。
由樹が、静に握手を差し伸べる。
が、静は自分の手が、この目の前の神野奏司に握られたままの状態なのに気がついた。
奏司は静の手を離そうとしない……。
わざだろうかと静は奏司を見上げる。

「神野君」
「名前で呼んで」

――――――――……初対面の相手にいきなり名前で呼べと?

「これから長い付き合いになるかもしれないんでしょ? アンタがマネージャーなら」
「……」
「オレがアンタの名前を呼ぶのも駄目?」
「……離しなさい」
「ねえ、だめ?」

静は呆れて彼を見上げる。
由樹がその状態を見てクスクスと笑う。
静は溜息をつく。

「……離しなさい奏司」

静の言葉を訊いて、彼が少し微笑んだような気がした。
鋭さのある瞳に、柔らかな印象が加わる。表情の一つが、絵になるタイプだ。
つい彼の一挙手一投足に惹かれ、目を奪われる。
この業界で、たくさんの芸能人と会う機会があるものの、ここまで静自身が惹かれる人物にはめったにない。

――――――間違い無くこのルックスは売れる。あとは?

「よろしくね、静」

許可してもいないのに、呼び捨てされて、静は眉間に皺を寄せた。その皺を察して由樹は云う。

「奏司、相手はお前よりも年上なんだからせめてサン付けで」
「静サン」

静は眉間に刻んだ皺を深くして、聞こえるように溜息をついた。