Delisiouc! 30
薫さんに、連絡をすることができなかった。連絡したら、オレはやっぱりいらないんだっていう決定打を打たれるんだろうなって思ってた。
我ながらヘタレだと思う。
会社に出ても、部署が違うから、声もかけることなくて数日が過ぎた。
弁当持参で話しかけていた数ヶ月前が嘘のようだ。
「……きっぱり言われてないのに、振られたって思うところが、誠ちゃんらしいわよねー」
美緒子ちゃんが山菜うどんをすすりながら呟く。
「云われないと駄目なの?」
オレがそっけなく云うと、倉橋も頷く。
「駄目」
「はあ?」
「女に振られるときは、徹底的に振られないと駄目」
「振られたことのない人間二人がナニを云っても説得力ないんですけど!」
オレがそう云うと、倉橋はうどんの汁を蓮華ですくう。
「振られたことぐらいあるさ」
「はい?」
「お前に」
「美緒子ちゃん、こいついっぺん殺していい?」
「だめ」
美緒子ちゃんが即答する。
なんだよ、やっぱ、キミはアレかよ、なんだかんだいいながら幼馴染のこの男が好きなのか。
「あたしが先に殺るから」
「……愛と憎しみは紙一重ですか……」
「おお、いい台詞、出典はなーに?」
「オレ」
「じゃいいこと云う誠ちゃんはぁ、どうして薫ちゃんに連絡しないのさあ……ねえ、連絡してあげたら?」
「どうして?」
「男だから」
美緒子ちゃんはきっぱりいいきる。
「ひでえ、男だから?」
「そーよー、女がNOと云うまで、主張してよ、女は馬鹿でロマンチストで単純なんです。言い続けてくれる男がいいに決まってんでしょ? それがいやだからあきらめるの?」「オレ自身は彼女から、好きだも愛してるも云ってもらえなくても?」
「愛は無償でしょ?」
「愛は平等じゃないの?」
「くっそう、なかなか手ごわいわね、誠ちゃん」
「……」
「じゃ、あたしが何べんでも誠ちゃん好き好き愛してるってゆっても駄目なのはどうしてよ」
「……」
「あたしが今まで本気じゃないとでも思ってんの? ねえ?」
「……」
「薫ちゃんに言う十分の一でもあたしに言ってよ、したら、あたしは倍以上誠ちゃんに愛を叫ぶわよ?」
「……」
そこにオレの携帯が鳴る。
室内はその携帯の着信音だけ響いて、オレは恐る恐る、携帯を見ると、着信は叔父からだった。
ほんの少しがっかりと気の抜けた安心感で、電源をオンにする。
「おー誠ー金貸してぇ」
親父の一番下の弟、義美叔父さんだった。
若い頃は結構、いい加減なことをやってた人で、実家からこの「金貸してぇ」をばっちり実践して、そりゃもー鼻つまみモノ扱いされていた人ではあった。
が、現在は実業家。
喫茶店や、ペンション、レストランなんかを経営してたりする。それなりに立身出世の人なのだ。
「ないです、なんですいきなり」
『いやいや、元気かなーと思ってさ』
「元気ですよ」
『なあ、お前、今、暇? まだえーとなんだ東京でフードコンサルタントやってんのか?』
「……とりあえずは」
『転職の予定は?』
「ないですよ」
『そうかーお前、オレのペンション経営してみねえ?』
「……唐突ですね」
『今度また、立てるんだよーそんでどうかなってさー』
「綾美と莉奈はどうすんですか? 跡取り娘が二人もいるでしょ」
『高校生と中学生じゃん? それに女は嫁に行っちゃうからなー』
オレが盛大な溜息をつくと、叔父さんはいつも調子で言う。
『まあ、考えてみてくれよー、お前、絶対東京には向かないタイプだから! じゃあな!』
最後の最後に失礼なことを言われちゃいましたよ。
面白い人だから憎めないんだけどさ。
「誰からー? なになになんの話?」
「叔父さんから、ヘッドハンティング」
「へ?」
オレは二人の顔を見る。
いいかもしれない。
叔父さんの唐突でいきなりの誘い。
ペンション経営。
叔父さんも大概失礼なんだけど、実らない恋愛と、このふざけた同居とういうか、雑居生活ともおさらばするには、これはいわゆるチャンスかもしれないな……。
そりゃー確かに苦労するだろう、店の経営なんてさ。そんな客と常に顔をつき合わせているのはオレ自身だし。
叔父さんの手前利益出していかないと駄目だし。
……でも。
命がけで何かに取り組めば、今までのことリセットできるかもしれない。
「ヘッドハンティングってナニ?」
「店をやれってさ」
「……」
「……」
美緒子ちゃんと倉橋は顔を見合わせる。
「降矢、オレ(あたしを)を捨てる気!?」
ドルビーサウンド状態で叫ばれて、がっしり身体を二人にホールドされる。
「やかましい! 渡りに船とはこのことだ!いいね、新天地で新たな生活っ! このただれきった生活とも、うだうだする片想いとも一挙に見切りをつけてっ!」
「それ現実逃避だから!」
「逃げるのか!?」
「うるさい! 逃がしてくれ! つかもう、逃げたい!!」
「だって、薫ちゃんはどうすんの!? 薫ちゃんだって、誠ちゃんのこと好きって云ってんでしょ?」
「確かに彼女から、オレが彼とか付き合ってるとか云われたけど! 好きとか愛してるとか云われてないっ! どうしてオレが連絡しなくちゃなんないの? オレはいったよ、好きだよ!愛してるよできれば結婚したいってさ! 云ったよ!?
でも、なんでオレだけ? いつもオレだけ?」
倉橋はぱっとオレを離す。
美緒子ちゃんだけがオレに殴りかかろうとする。
「っこんのやろ!」
「怒るな美緒子……まあ、そこまでだろうな。降矢にしてはよくやったよ」
「……」
「結局、そこまでなんだな。お前は」
「……」
「彼とか付き合ってるとか云われてんなら、それでいいと思わないのは、欲がでてきる証拠なんだろう。別にそれは悪いとは思わない。けどな、手に入れたいなら、好きだ愛してるは何べんでも云うべき、それができないならお前は恋に恋してるだけだったって事だ」倉橋は言う。
「まあ、マンションの更新再来月だし、この同居生活に区切りをつけるいい機会だな」
「慎司……」
「気の弱いお前にしては頑張ったよ」
「……あほか! 慎司! 夕食はどうすんの? あんたカレーも作れないのよ!?」
「ま、なんとかなるさ」
そしてオレに倉橋は云った。
「だから、お前も、しっかりやれ」
なんか……やっぱりオレはヘタレで倉橋はイケメンの構図を実感した気がする。
引き際も、思いっきりのよさも、女に対しても倉橋にはかなわないかもしれない。
美緒子ちゃんは怒ってリビングを飛び出してしまった。
愛想、つかされちゃってもしかたないか。
オレはリビングのドアを見つめていた。
そして―――――
「悪いな倉橋」
「いいってことよ。オレの引越しも手伝ってもらったんだし、ギブアンドテイク」
荷物をトラックから降ろして、部屋に運び込む。
くそう、ホントにイケメンは中身もイケメンだなあ。
「今度彼女ときたら割引して」
「そりゃーもちろん」
結局。
オレは会社を辞めて、思いっきりよく叔父の誘いにのって、ペンション経営をすることになった。
このリゾートエリアで新たに建ったペンションで黒字を出すのが当面の目標。
……一人で。
出す料理には自信はあるが、性格上、接客はいまいち不安だ。
叔父からはアルバイトはシーズン中にニ、三人雇ってもいいと許可は貰っている。
「まあとっと、嫁でも貰うことだな」
そんなもの貰えてたら会社辞めなかったし、美緒子ちゃんにも嫌われなかった。
「美緒子はただ拗ねてるだけだろ、そんなに気になるなら美緒子を嫁に貰え」
「いや、無理」
「美緒子なら愛してるだの好きはいうぞ」
「……もう、いいって」
別に美緒子ちゃんに言われてもしょうがないし。
「じゃあ、今、薫さんに言われたらどうよ」オレは倉橋に背を向けたまま云う。
「そりゃ、夢みたいな話……」
そんなありえないし……。
「あの人に、オレはそこまで思ってもらえてたかなぁ」
「思ってた」
背後からかかる声に、オレは慌てて振り返る。
ドアの前に、彼女が立ってた……。
ずっとずっと好きだった彼女。
けど、オレには絶対好きだとか愛してるとか云ってくれなかった人……。
「かお……るさ……」
「もっと待ってくれるかと思ってた……」
……面と向かって云われるちゃうと、気の弱いオレとしてはごめんなさいな気持ちだけど。
「連絡くれなくなっちゃうし、勝手に会社辞めちゃうし……」
「それは……その……」
だって薫さん、オレのこと……。
「云ったよ、嫌いじゃないって」
オレは薫さんに近づく。
夢じゃないよね?
オレの白昼夢?
抱きしめたら、消えないよね?
ほっぺたに触ると、ちょっと冷たい肌の感触。本人だ……夢じゃない……。
「美緒子ちゃんに聞いた」
美緒子ちゃんが薫さんの後ろで手を振ってる。あんたら仕事はどうすんのさ。
オレなんかのところに来ちゃって。
「バカ! ヘタレ! 弱虫!」
オレを突き飛ばそうとするけど、オレは反射的に彼女を抱きしめていた。
ギュウって、腕の中に閉じ込めるみたいに。
「なんで手を離すの? なんで? 好きっていってくれたのに、なんで? 結婚したいって嘘だった?」
「嘘じゃないよ」
「……わたしだって、好きだよ、でなきゃ、会社辞めてここまでこないよ! バカ!!」
オレは彼女の肩を掴んで引き離す。
この人会社辞めたって!? あんなに仕事好きじゃんよ! 辞めてって……。
「なんで……」
「降矢君の傍にいたいからに決まってんでしょ! 責任とってよ!」
「責任……」
「無責任でもいい! もしそれなら今すぐ云って! 好きだ愛してる結婚しようっていうのは嘘で、わたしをからかってだけって!」
「そ、んなっ! からかってないよ! 本気だったよ!」
「過去系なの!?」
「突っ込むとこそこ!? 好きだよ今だって!」
「じゃあ、いいよね、わたしがキミの押しかけ女房になったっていいよね!?」
いいに決まってんジャンよ!
もう!
子供みたいにわんわん泣きじゃくる彼女を抱きしめて、何度もキスをする。
なんだよ、この逆転の構図。
人生って、ほんと、ナニがあるかわからない。
とりあえず、泣きじゃくる彼女を幸せにする為の夕食のメニューをオレは考え始めていた。
おいしいって云ってもらえる料理を。
食べて幸せだって、思える料理を。
この人がいて、オレはすごく幸せだよってわかってもらえる料理を。
オレは作るんだ……。
END