Delisiouc! 9




「慎司、あのね、誠ちゃんね、乙女系だって云われたんだってー」
「課長に?」
「いや、女子社員」
「で、落ち込んでいたから、自信をつけてあげようと思ったのよ」
「あそこまでされて、襲いかからないのは逆に我慢強さとしては男だな」
倉橋はネクタイを外して、スーツのジャケットをハンガーにかけている。
「誠ちゃんのダサい眼鏡を外してみたら、童顔ってゆーの? 顔が小さいのに、フレームがっちり黒縁の眼鏡。センス悪い」
そうでもしないと年相応に見えないじゃないか。
ただでさえ、課長は年上なんだから。
「誠ちゃん、コンタクト作りに行こうよ。明日」
「……」
「眼鏡もほら、レンズ傷が入ってる」
紫外線コーティングが剥げているだけです。
「ね? 慎司も明日休みでしょ?」
「なんで俺まで」
オレはいそいそと食事を出していく。倉橋は、それを食べ始める。
醤油皿にヒラマサをちょんとつけると、脂がじわっと広がった。脂乗ってるなあと呟きながら一切を口に入れて咀嚼する。
「明日ブランチしてからいこうよ、あたしが誠ちゃんひっぱり出すと、慎司夕飯食いっぱぐれるわよ」
「それだけじゃなくてお前もメディアに露出してきたから、降矢と2人で出歩きにくいってのもあるんだろ」
「そうなの! 1人でも出歩きにくいの〜」
彼氏に頼むとかしろ。あ、ごめん。別れたんだ、つい最近。
付き合っている人と別れたのに、そんなに落ち込んでいるようには見えなかったけれど、やっぱり、あれなんだよな、淋しかったりするよね。
そうか、そういうのもあって、さっきのような暴挙にでたのか、うん、納得した。
マネージャーに頼むわけにもいかないもんね、プライベートでお買い物なんてさ。
「ま、いいか、暇だし」
折原さんにつきあってあげるあたりが、倉橋も優しいよね。
どうしてこの2人は付き合わないんだか……。
「えーと、じゃ、出発は12時半、ブランチはね11時ね、じゃあね、お邪魔しました〜」
彼女はタイムスケジュールを一方的に通告して、オレ等の部屋を出ていき、現在居住の同階の1号室へ戻って行った。
11時ブランチか……パンでも焼くか。ジャムもあったし、サラダと、卵はあるよな。
「夕飯は、外にするか」
「え?」
「会社の連中が薦める店がある。降矢の参考になるかもしれないからな」
「あ、ありがと。でも……倉橋いいの? 予定とか……」
「予定?」
「彼女とデートは?」
「ああ、今。フリーだから俺」
ふうん。そうなんだ。折原さんもフリーだし……。
「付き合っちゃえばいいのに」
「誰が?」
「倉橋が」
「誰と?」
「折原さんと」
そういうと、倉橋はブッと麦茶を吹き出した。なんで吹き出す。汚いなーもう。
オレは布巾でテーブルを拭く。
「な、なんで、俺が美緒子と」
倉橋は茶碗をオレに渡す、お代わりね、はいはい。じゃあ、お前がテーブル拭いておけよ。
「お前、美緒子と付き合いたいと思うか?」
そう云われちゃうと…………うん、ない。
付き合いたいとは思わない。
オレは倉橋に茶碗を渡す。
「だろ?」
えーでも、それって、オレだけじゃなくて倉橋もそうなの?
「俺はお前がどうして美緒子に落ちねーのかが不思議だ」
「だって、好きな人いるし」
「それそれ、その好きな人に会う前に、美緒子のこといいなとか思わなかったのか?」
「……え、それは……考えたこともないし。だいたいそう思うのも、オコガマシイというか、もったいないというか、そもそも、オレに話しかけてくる時点で不思議な子だなとは思ったけど、だってさー、あれだけ綺麗で可愛いのが話しかけてくるンだよ」
「そうだよ、普通はそこで舞いあがるだろうが」
「ばっか、倉橋、オレみたいなのが、あのレベルの女の子と普通に会話するなんてな、実際の所はありえないわけよ。それなのに、会話が成立してるじゃん。ブレーキかかるよ。勘違いすんなよと、だいたいあのレベルはオレなんかを相手にするわけないだろうがって、万一舞いあがってその気になって、実はからかってましたーなんてされたら、生きていけない」
「そんなことするようなヤツか?」
「そうじゃないのは最近わかってきたけれどさ、それより、オレは倉橋が付き合わないのが不思議だよ。お似合いじゃん美男美女で」
「幼馴染は近すぎてダメっていうパターンなんだよ、オレと美緒子は」
「近すぎてダメって?」
「互いの家の内部事情まで知りすぎてんの、そうなると面倒くさいし恋愛感情なんて湧かないの。兄弟みたいなもんだよ」
そんなもんかな。同年の幼馴染なんていなかったから、オレにはよくわかんないや。
「美緒子も家庭事情はヘビーだからな、あの顔からは想像もつかねーけど」
「ヘビー?」
「本人からその内云うだろ、降矢は気に入られてるから」
「気に入られてる……」
「まあ、云わなかったらマジだな」
「……マジって何が?」
「お前に惚れてるってことだ」
「ははっへんな冗談だなあ、倉橋」
ありえねえ。
オレの呆れたような表情を見て、倉橋はため息をついた。



翌朝。
11時のブランチはオレが焼いたパンと苺酒につけ込んだ苺から作ったジャム。甘さを加えて煮たたせたけど、チョッピリ、アルコールは残ってるかな。
まあそこが大人の味かも。倉橋は好んでつけてくれていた。
サラダとベーコンエッグ。ヨーグルトにコーヒー。折原さんはカフェオレ。

「ジャム美味い」
「うん、思っていたよりはイケル」
「誠ちゃんカリカリベーコン上手〜」
「前に折原さんが食べたいって……あっ! なにすんの!」
オレはこれでもコーヒーはブラック派なんだよ、どうしてオレのマグにミルク入れる!?
「美緒子って呼ぶんでしょー!」
「……折原さんじゃダメなのね」
「そう」
本当に、こういうことをするのが、この子らしいというか。
「長年、折原さんだったからなあ」
「名前で呼ばないと砂糖も入れるよ」
「はいはい、気をつけるよ。倉橋、コーヒーは?」
「いる」
コーヒーメーカーから倉橋のマグに注ぎ入れる。
「パン美味いな」
「うん、柔らかーい」
「ほんと? 醗酵時間が気になったけど、上手く膨らんでくれた」
「いいなー、慎司、これだけご飯美味しいと、文句ないよねー」
「そう、あとは降矢が女だったら結婚するわ、俺」
なんですと!?
結婚は双方の合意がないとできないんだぞ! いや、その前にオレ男だし。
「そーだよねー。誠ちゃん女だったら。バージンだもんねー、しかも料理上手なんだよー」
み、美緒子ちゃん……その発言は問題ですが。
「うわあー、いいなーどこかにいねーか、そういう女」
「タイムマシンに乗って昭和にでも行かない限り無理だよ?」
「だよなー。ドラえもんができるのはまだ先だもんな」
「そーそー。でもいいじゃん、いっそ男でも。あたし、一緒に暮してたら、もうどっちでもいいから、やっちゃうよ」
「あーあーお前はそういう女だよ、はいはい。食ったら化粧してこいや」
「はあい」

なんかもー、昨日倉橋が兄弟だって云っていたのがわかるわ。
オレがみんなの食事の後片付けをしている間。倉橋は洗濯物を干している。
べランダの陽射しがリビングダイニングの方まで入ってくる。
今日は暑くなりそうだ。
程なくして折原さん……じゃなくて美緒子ちゃんがやってくる。
お出かけ仕様。
可愛いワンピースにボレロ(多分この服は。なんかのブランドなんだろうけれど)バッグはヴィトン。(これはロゴでわかるぞ)昨日の夜念入りに塗ったネイルとペディキュアにネイルストーンがキラリ。髪は毛先をゆるくアイロンをあててクルクルっとしてる。

「お出かけ準備完了。可愛い?」

彼女は小さな女の子みたいにクルリンと回った。