Extra ラスト・ゲーム 5回表




4回裏で追いついたアローズ。
この5回表を守って、次、逆転したいと思う。
迎えるバッターは8番。
バッターボックスに入る前に素振りをする。

――――……打つ気だよ。

キャッチャーは横目でバッターボックスに入るトーキチを見た。
野球のユニホームを着てはいるものの、その身体つきは少女だった。
この子がマウンドに立って、今まで投げていたと思うと、不思議だと彼は思う。
マウンドに立つ時は、憎らしいほど、ピッチャー然としている。
今まで対戦した相手で手強いピッチャーは何人かいた。
しかし。やりにくい相手だというのは確かだ。
4回裏。
アローズキャッチャーの4番は打って、同点に追い込んだ。
だけど、その後のアローズのバッターを三球三振でしとめてしまった。

――――こういうメンタルな部分で強いピッチャーは苦手だ。

下位打線だし自分のピッチャーには大丈夫だと、言い聞かせておいた。
だけど、こうしてバッターボックスに入るこの彼女は何をしでかすかわからない不気味さがある。

――――前打席はセーフティだった。脚で稼いでいた。こいつがまた塁上に出れば、三田村のヤツはどうかな。ちょろちょろされると、コントロールに出ちゃうんだよな。

進塁させなければ問題はない。
キャッチャーはサインを送る。
マウンドのアローズのピッチャーは頷いて、第一球を投げた。

「ストライク!」

速球のストレートを、見送ったのか手が出なかったのかとにかくストライクを一つ。
三田村の球速は尻上がりに調子が出る。
トーキチは構えていたバットをおろして、深呼吸をしてから、また構える。

――――塁に出る。

脳裏にちらつくのは、前回このキャッチャーに打たれた場面だ。
4回表でヒデが逆転してくれたのに、あっさりと同点に追い込まれた。
ここで自分が獲り返さないと。

――――最後にヒデに甘えっぱなしなんて、プライドが許さない。

「ツーストライク!」

速球に手が出ない、三球目も同じ球だろうと、トーキチは思った。

――――ここで打たないと!

三球目相手ピッチャーが投げた。
バットを素早く振りきる。
一二塁間を抜いて、余裕で一塁ベースを踏むが、トーキチ自身は納得していないようだった。
ノーアウト一塁なのだから、もっと喜べばいいのに、もっと高い目標があったのか、ベースを踏んだ時に、「ダメだ」と呟いたのを、アローズのファーストが聴きとっていた。



ベンチにいるファイターズのメンバー、その中でもヒデがコメカミをがりがりと掻いて、その様子を見ていた。
「トーキチ、また無茶なスチールとかやらかすんじゃねーか?」
岡野がバッドを選びながら呟く。
「怪我したら元も子もねーぞ、あいつわかってんのかよ。誰だよ、最初、今日のトーキチ調子悪そうだって、云ってたヤツ」
「おめーだろ」
岡野の呟きにヒデがつっこみをいれる。
「じゃじゃ馬め、走りやすいようにゴロ打ってやれよ」
バッターボックスに入っている島田の耳には多分聞こえていないだろう。
「あー、あとで云ってやーろー」
岡野が足取り軽くネクストサークルへ向おうとする。
「云えば? 今のあいつにそんな軽口を切り換えす余裕はねーよ」
強気に言い放つが「多分、そうだと思う」とヒデは心の中で呟く。
その様子を見て、相原が吉岡に呟く。
「そうは云っても、あれだよな、『じゃじゃ馬』なんて云われた――――って訊いたら、トーキチさんが怖いよな」
「オレにはそんな勇気はねえ」
その会話がヒデの耳に入る。
「岡野、やっぱ今のは黙ってて!」
ヒデが叫ぶ。
ネクストサークルに座ってる岡野はその一言を聞いて、俯いた状態で肩を震わせ笑いを抑える。
島田が三振でバッターボックスからベンチへ戻る時、メットの下で笑いを押し隠そうとしている岡野を見て首を傾げていた。

――――へんなところで笑わしてくれるよ、お前の相棒は。

岡野は一塁上にいるトーキチに視線を送る。
トーキチは「当然運んでくれるんだろうな」的な視線を返してきている。

――――そんな顔してればヒデじゃなくても『じゃじゃ馬』云うぞトーキチ。

セーフティを狙いたいところだが、どうだろうと、岡野は思う。
シュートが云い具合に入ってストライクをとられる。

――――ホント内側に曲がるなあ

次の球も同じシュートがくるかもしれないと予想して、スィングするがこれはツーストライク。
前打席、上手く運べなくて島田がビビっていた。トーキチがすげえ、怖いって。

――――このピッチャーもいいけどさ……てか、このバッテリーがいいのか。

ちらっと相手キャッチャーを見る。ヒデよりもなんだか。

――――ヒデよりもクレバーなタイプだよ。

岡野は苦笑いをする。こんなことをヒデに面と向っていったら、「なんだとう!」と腕まくりして、叫ぶに違いない。

――――うちはピッチャーがすげえからな。

一塁ベースから離れてリードをとるトーキチを見る。
ピッチャーが投球フォームに入る。

――――今度はベースに返してやりてえな。

三球目、岡野はボールを内野に転がす。
ボールはワンバウンドしてショート正面。
ボールはショートのグラブからポロっと零れた。が、素早く本当に素早く、零れたボールを素手でつかんで、セカンドへ早急。
スライディングしたトーキチだが、審判はアウト。
セカンドはすぐさまファーストへ送る。
パシっとボールがファーストのミットへ収まった瞬間に岡野が一塁ベースを走りぬける。

――――ゲッツーかよ!

「アウ! スリーアウト! チェンジ!」

岡野の俊足をもってしても、間に合わなかった。
ショートがそこで取りこぼしていたら、ワンナウト一、二塁が決っていた。

「今の……ショート、ラッキーだよな」
岡野がトーキチと一緒に戻る時、トーキチは呟く。
「うちの野手は実力で上手いよな、岡野、そうだよな?」
「おう。とりあえず、ファーストに打たせてみろ、俺がアウトにしてやんぜ証明してやるよ」
パンとトーキチの背中を叩く。
トーキチはほんの少し笑う。
そんなトーキチの横顔を見て岡野は思う。

――――大丈夫、オレ等のピッチャーも、変化球ならすげえからな。負けねえぞ。

ベンチにもどって、お互いグラブをはめる。
「行こうぜ! 守るぞ!」
「おう!」
全員揃えて、声をあげて、グラウンドへ走り出した。