極上マリッジ 21






マンションに戻ると、菊田さんが夕飯の支度をしていた。
あたしも手伝っていたんだけど、やっぱり途中で気持ち悪くなりトイレに駆け込むこと二回。
二回目吐いて、キッチンに入ろうとしたら、菊田さんにキッチンに入るのを阻止されたよ!
「莉佳さん、横になっていて下さい」
「だって……」
「体調が安定したら、こういうことをなさってください、わたくしの仕事がなくなってしまいます」
……菊田さん、お料理ベタな鳴海氏のお母様と鳴海氏の義理の姉の美紀子さんのところはいかなくてもいいの?
「莉佳がいると、かえって菊田さんの邪魔になるよ」
「鳴海さん!」
「ほらこっち」
小さな子供を呼びつけるように、リビングのソファに座った鳴海氏はあたしを手招きした。
さっき散歩がてらに買った本を、リビングのテーブルに広げている。
あたしはしぶしぶリビングのソファに座る。
「莉佳は、助産院がいいの?」
「なんで助産院?」
「莉佳の住んでいた地域的にはありそうだろ?」
そりゃーばりばり下町ですがー。
「わかんない……」
「俺的には、やっぱり初めての子だし、何かあったら大変だから医療処置ができるような病院がいいんじゃないか? つわりもひどいからな」
「……うーん……」
「何? まだ気持ち悪い?」
「少し」
「ほら、横になる」
そう云って、鳴海氏はあたしの頭を、自分の膝の上にのせた。
膝枕ってヤツですよ!!
こ、この態勢は緊張して、買ってきた本や雑誌に目を通すところじゃないよ!「つわりがきついって云うし、計算すると、6週〜8週ぐらいかな? まだ性別はわからないんだよなー」
性別、気にするんだ……男の子が欲しいのかな……。
そりゃ会社社長なら跡取りは欲しいよね。
むしろ、そこが重要? この人はきっと子供が出来ていたら、あたしじゃなくてもプロポーズして結婚しそうだな。
……膝枕されたまま、真剣に育児書とか読んでいる鳴海氏を見上げると、そんなに子供が欲しかったのかなって思う。
そりゃ35歳だもんね、子供の一人ぐらいは欲しいかもね、生活に困っているわけでもないしさ。
あたし、こうやって流されていくのかな。
相思相愛って奇跡なのかな。
自分に気持ちがない相手と……。
「鳴海さん」
「何?」
「あたしのこと……」

――――あたしのこと……好き?

もし、好きって云われたら?
あたしは、もっと前向きにこの先を考えていけると思う。
でも、そうじゃなかったら?
聞きたい……。
でも、この人は恋愛もたくさんしてきて、この状況で好きじゃないなんて云わない気がする。
好きだと云われたとして、それが真実か、その言葉を信じるのかどうかはあたしの気持ち一つなんだよね。
何も云われないままの方がいい?
あたしって、最低。
自分が好きならそれだけでいいはずなのに、相手にも同じぐらい想ってもらいたいなんて……。



「お食事、できましたよー。早いようですけれど、いかがされます?」
「莉佳食べられそう?」
あたしは首を横に振る。
できたてのお料理は食べたいけれど、吐き戻しそうでそれが怖い。
菊田さんごめんなさい。
「ありがとう、いいよ、後で頂くことにする」
鳴海氏がそういうと菊田さんは頷く。
「そうですか、では、あとでお召し上がりください。わたくしはこれで奥さまの方へ戻りますので」
「うん」
菊田さんが帰り支度をして玄関へ向かうのを鳴海氏と二人で玄関先までお見送りする。
菊田さんは靴を履くとあたしと鳴海氏の方へくるりと向き直る。
「いいですか、無理は禁物ですよ、大事なお身体なんですから、明日も参ります。体調のよさそうな感じでしたら近々、ご実家の方へ一度お越しください」
「……はい」
ああ、そうやってやっぱり流されちゃうのかなー。
「それから、ぼっちゃまも」
「何?」
「念願叶って奥さまを迎え入れて、ラブラブなのはいいことですが、莉佳さんに無茶はさせないでくださいましね」
「わかってる」
「こちらのことでございますよ」
菊田さんはそっと紙袋を鳴海氏に渡す。
「莉佳さんも、嫌なら嫌っていいんですからね、こういうことは」
「?」
な、何?嫌なら嫌って……。結婚のこと?
菊田さんは紙袋に視線を投げる。
何が入ってるの? それ。
「赤ちゃんが産まれたら、存分にシテくださっても結構でしょうけど、期間中は、今少し自重していただいてくださいませ。お若いんですからどうしてもって時もあるかと思い僭越ですがご用意していただきました」
「?」
「それでは、また明日」
「はい。お気をつけて……」
菊田さんは何度か頷いてドアの外へと出て行った。
出て行かれると、気になるのは鳴海氏の持つ、その紙袋の中身だ。
何を用意した?
「鳴海さん」
「慧悟」
「菊田さん、何をくれたの?」
「……あとでわかるよ」
今教えろ、なんじゃそりゃ!
「ノートパソコン、リビングに持ってくるから、近くの産院を探そう」
「教えてよ!」
スタスタ歩いていく鳴海氏の後を追いかけて詰め寄る。
「それと、明日はいろいろと買い物に行こうか」
「何を買うの?」
「いろいろと」
「いろいろって?」
「赤ちゃんグッズとか」
「まだ先でいい!」
「マタニティ用品とか」
「……」
いや、それは多分必要だろうけど……一人で行ける。
「あと他にもね」
「行かない」
「莉佳、いちいち反抗しない」
「だって教えてくれないんだもん」
「気になる?」
「気になるよ!」
「後で使うよ? いい?」
その言葉に何か含みがあるようだったけれど、好奇心に負けました。
「いいよ」
鳴海氏がすごく嬉しそうに笑うんだけど、でも……ちょっとどこかなんか……あたし、失敗した?
「撤回なしな」
何がなんだかわからないけれど、またも退路を断たれました!?  
鳴海氏はあたしの腕を掴んで、抱き寄せる。
「今、使おうか、せっかく用意してくれたんだし」
「今? だから何?」
片手であたしを抱き寄せて、あたしの手に届かないように紙袋を掲げる。 
奪い取れない。畜生、この男、無駄に高身長なんだから!
「使っていいんだよな?」
「いや、だから、中身を確認させて」
チュっとあたしのおでこにキスをして、紙袋を持ったまま廊下を抜けてリビングのメゾネットの階段を昇っていく。
あたしはその後ろを追いかける。
何よそれ!
鳴海氏は、寝室に入っていくあたしは追いかけてベッドサイドのテーブルに置かれた紙袋に手を伸ばすと、鳴海氏が背後からあたしを抱きしめた。
「使っていいって云ったよな?」
あたしは紙袋から中身を取り出す。
その箱を見た瞬間、ショックで紙袋を取り落とした。


――――前言撤回させてください!!



あたしのバカバカバカ!!
菊田さんも菊田さんだー!
何を用意したかと思えば!!
明るい家族計画!! コ○ドーム!

「莉佳もせっかくOKしてくれたし、菊田さんも用意してくれたし」

艶っぽい重低音があたしの耳元にダイレクトに響く。
全身の血が逆流しそう。
これを今、使うって……使うってことは……。

「大丈夫、初めての時と同じぐらい優しくする」
「な……」
「怖い?」

怖いよ!
怖いっていうのは、その行為によって、自分が更に自分の意思を持たなくなることだ!
あたし自身の意志の弱さが怖い!!

「ノ、ノートパソコンで、産院探すんじゃないの?」
「あーとーで」

子供みたいに可愛く云うな! そんなに可愛く云っても、人の服の上から身体をまさぐるその手はなんだ!?

「ダメ? でも、さっきいいよって云っただろ? 莉佳」

ずるい!

「痛くなったらやめるから」

この策士――――!
心の中の絶叫すらも、キスで塞がれてしまった……。